2007年 02月 11日
ここのところエトルリア続きである。 エトルリア文明は神秘に満ちていることは以前も書いたことがある。 その文明がローマ帝国に吸収されて以来2000年経った今でもエトルリア人がどこかか来たのかはっきりしていないし、その言語の起源も解明していないのである。 その宗教、儀式、人生哲学などを知ると驚くほど超越していることがわかる。 エトルリア文明の研究者のRaymond Bloch氏によるとエトルリア人がギリシャやローマ人と明らかに異なるのは彼らが神や運命に対してそのまま身を任す、宇宙から与えられた運命には逆らわないという点である、とのことだ。その点においては主体ではなく受け身の姿勢である。 要するに流れる水に身を任す、自我を通さない、という哲学に通じるのである。その精神性は多分に東洋のそれに近い。 バチカン美術館蔵の腸卜師のブロンズ像 彼らは身の回りの自然とその営みを「宇宙の大法則に従うものとして」見なしていた。 であるから自然の現象は宇宙ー神ーが人間の義務や未来の運命を示す指針であった。 故にエトルリアにはこの人間の行いのすべを予言するindovino(易者)やsacerdoto(司祭)が存在した。彼らは鳥の飛行をみて吉凶を占い、生け贄となった動物の肝臓を腸卜した。稲妻や雷鳴を読むことに長け、自然の驚異や災害を予言し、その恩恵を仰ぐことも防ぐこともできたのである。なんとも素晴らしい自然との共存ではないか。 こうしてみるとレオナルド・ダ・ヴィンチの人間の体は宇宙の仕組みを体現する、という概念もこの思想と相通じるものである。エトルリアの神秘を血に受け継ぐトスカーナ人ならではであろう。 今でも我々は空を仰ぎ、風の向きを感じ、鳥の往来を見ては季節や天候を確認する。 ナマズが動くと地震が来るとか、鼠が逃げ出したらその船は沈む、などという説もあながち嘘ではあるまい。 肝臓占いの図 追記: 明日から22日までお休みします。ロンドン、ミュンヘン、アムステルダム、パりの駆け足旅行。 帰宅後旅で見たもの何か書ければと思います。
by jamartetrusco
| 2007-02-11 20:23
| Storia (歴史)
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