2010年 03月 23日

Inner Landscape-內經圖

随分前に西欧の文化史にある解剖図について書いたことがあるが、近頃、道教のより精神性
高い人間の内部の把握により共感を覚えるとともに、この深淵にはまりこみそうである。
内景園とも書けるに違いないこの人間の心身を説明する中国の人体解剖図。
それは解剖図というより内なる人間の頭脳、内臓含めた手足の除いた胴体部のすべての機能
を自然や事物に喩えて漢詩にて顕したかなり秘儀性の高いものである。道教にある陰陽の
宇宙の理に則った理解である。人間の体を小宇宙とみなす思想である。
人間の体は自然の存在する図式やエネルギーの合わさったものが内在するだけでなく
超自然的な景色と神性も宿している。故に体は山川、神々の聖宿すべて内包した完成した
宇宙世界を象る。具体的な図式では頭は9つの九龍山脈、眼球は月と太陽(陰と陽)、
すべてをつなぐのは水や土の道流、森林、星流などなど。
描かれる人物ー牛飼いの子供や機織りの娘などーはすべて中国の星座を象っている。
要するに宇宙の、自然の法則が体内にも流れており、人間を生かし続けているという
ことであろう。

何もかも科学と化学で解明していこうとする現在の医学が横行する中で、人体に対する
こういった理解は古代の人間に属するもので単なる神秘主義と片付ける向きもあろう。
しかし最近ますます感じるには人間が目に見えない「何か」ーそれが神として捉えられても、
他の道徳的理念であってもーに対して畏れを感じなくなり、さらに自身と宇宙とのつながり
を感じなくなって以来この世界の、自然の調和が崩れ出したのではないか。
それは物質的満足などでは癒されないのである。
このような思想は西欧の、特にエトルリア文明のアルケミアー錬金術ーの神秘主義にも
近いものがある。東洋と西洋との縦横、左右の捉え方の違いがあるにせよ。
宇宙の深淵へと近づこうとすることは東西の違いを越えた人間の営みの意義ではないだろうか。

この日曜日、イタリアの美術紹介TV番組"Passepartout"にて、ミラノに1956年に辿り着き、彫刻家マリノ・マリーノに師事し、今でもこちらで活動を続けるアズマ・ケンジロウとう80歳を越える作家と、番組を担当する美術評論家,フィリップ・ダヴェリオとのインタビューを見た。作家としてどのような作品を制作するのかあまり知らないのであるが、そのどこか
飄々としてユーモアを含めながら、制作と人生観にひとつの悟りを開いたかのようなアズマ氏の人となりに感銘を受けた。自分のエネルギーと力の源泉は"Vuoto"である、「空」である、と言うアズマ氏。「空」であるからこそその中に何かを受け入れることができるのだから。
道教の思想に繋がる禅的人生の把握。師匠であるマリーニはトスカーナ出。アズマが師事して当初
師の作品を模そうとうして必死だったとき師がいみじくもいさめた言葉「私はエトルリアのルーツがあるが、あなたは別の文化から来ているのだから、それを発見しなさい。」
アレもエトルリアの精神文化に通じているので語ったにはエトルリアと日本の人生観はどこか
近いところがあるのではということである。日本に初めて来たときに何の違和感も感じなかったというアレであるので実はエトルリアと道教は近いのかも、などとかなり飛躍した考えが頭を巡った。こういうfegatoー内蔵に響く理解というのは案外正しいことがあるものである。


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by jamartetrusco | 2010-03-23 22:56 | Natura (自然)


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