トスカーナ 「進行中」 In Corso d'Opera

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2010年 11月 29日

肯定的な生き方の導く処

アントネッラがトスカーナに戻ってきた。フランスでの20年来の人生に終止符を打ち、
フィレンツェに帰郷した。ビデオアーティスとして制作を始め、当時の詩人であり、
前衛音楽家である夫のアントニーとの作家同士の共同制作の展開とその後の決裂、
その後もさまざまな出会いや別れ、引っ越しなどを繰り返しながらその都度、作家
としてのアイデンティティーを深め、人間として、女性として、母としての
魅力を益々増していく彼女と、長い間知り合いではあったものの、急速に親しく、
懇意となったのは彼女が日本に来る決心をした2008年のことである。
フィレンツェの典型的な富裕階級に生まれた彼女であるが、お父さんはクロアチアの
血縁を持つ。故にフィレンツェが最高の場所と信じて疑わない保守派の”Firenze Bene"
(フィレンツェの家柄の良い子息子女の意味)の同族と違うどこか国際的な感覚を持つ人であった。
それでも深く話し、長く会話したことがなかったのであるが、いつだったのだろうか。
彼女が息子同伴で来日しようと決めたのは。持ち前の対人関係と広報力の手腕でフィレンツェ人
でありながらフランスでのアートの助成金を獲得し、2008年展覧会を開催するという
目的でうまく来日が叶った。
暑いまっさかりの京都で短いながらもビデオインスタレーションを手伝い、2週間程の滞在中
に様々な交流ができたおかげで彼女のひととなりを深く知ることができた。
心を分かち合える友人というのは長く知るということではなく、一回の会話でも即座に決まる
のだと実感したのもこの時である。
その後彼女の住むフランスの古い町トロワのアトリエを訪ね、彼女の公私ともどもの人生に近づいた。
そしてちょうど一年前、フィレンツェを訪れていた彼女が新しい出会いを打ち明けてくれた。
初恋の人であり、数十年ぶりに再会した、フィレンツェに住み働く彼のことを。
10代の初恋の人との久々の再会、そして再び恋に落ちる、なんてドラマチックだろう。
そして現在フィレンツェの新居の改装完成までヴィッキョの彼の家族の家に住んでいる。
フィレンツェ北部の田舎の美しい家で新生活を謳歌しているアントネッラ。
彼女と会うと常に学ばされることがある。それはアントネッラの人生への肯定的な生き方、
常に機嫌良く楽しそうに、笑いとともに明るく生きる、その様である。
彼女の中に不満や怒りのエネルギーを感じたことがない。
常に前向きに生きるその姿勢はまた常に彼女を助ける人を生み出し、良い状況を生み出していく。
2008年に初来日したときもたまたま明きがあったフランス文化会館のアーティスト
レジデンスの家に泊まることができた。素晴らしい環境のヴィラ九条山である。
そしてユーロが円に対してもっとも強く、ユーロを換える彼女にとっては最高の時期でもあった。
8月半ばまで滞在したが、リーマンショックはその約一ヶ月後である。
トロワのアパートもこの不景気な時期に売れた。すべて契約を終えてフィレンツェへの引っ越し。
彼女には幸運の女神が常に微笑む。
それは幸せを身をもって感じ、機嫌良く生きる彼女の肯定的生き方の賜物であると思うのである。
古くから知りそして新しく知る彼との人生を享受する彼女を傍らに、人生の生き方への
心境地をあらためて学ばされた思いである。
Viva Antonella!

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by jamartetrusco | 2010-11-29 18:42 | Vita (人生)


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