トスカーナ 「進行中」 In Corso d'Opera

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2011年 03月 10日

修復の善し悪し

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去年の11月に初お披露目のあったオンニサンティ教会内に収蔵されている
ジョットの手による5メートルにも及ぶ木製のキリスト磔刑図。
ジョット作と認定されたのはつい最近のことである。それまではジョット自身ではなく
その工房によるものと思われていた作品。故に誰からも注目を集めることなく教会の
片隅に蠟燭にすすけて真っ黒な状態で放置されていた。長年の汚れを落とす修復の
作業が開始されたのは2004年。フィレンツェの名高い修復工房のオピフィチオ・デレ・
ピエトゥレ・ドゥーレ(OPD)が着手した。作業の過程で汚れの下にある見事な色彩と
活き活きした人物の表情などが現れてきたのである。そしてそのスタイルはまさしく
様式化された中世の人間表現を打ち破った14世紀初頭の画家ジョットの手に間違い
ないと鑑定されたのである。
修復家の醍醐味まさにここにありき、だろう。
色彩の復元と言っても生易しいことではなく、まずは外気や煤の汚染を取り除くのが
一仕事であり、汚れをあまりに落としすぎて元々の色彩まで取り除く危険性もあるわけ
で、修復家の腕が必要なのはこの過程であると言う。
顕微鏡を使っての細かな作業であると聞く。その後痛んだ部分などを修復して行く
行程に移る。私も短期間とは言え絵画修復のコースを取ったことがあるのでほんの
少しはわかる。
全修復作業が終了し去年の11月6日に公開された。
先日やっと実物を見に行く機会を得た。週日だったこともあり教会内はしーんと静まり、
凛とした教会独特の薄暗がりを通って進むと祭壇の左側のアーチ型の空間に高々と
設置されていた。
あいにく近くまで行ってみることができないため細部の装飾や筆さばきなど
見ることができないのが残念であるが、色鮮やかなブルーの色と対比した金色が目に眩しい
修復前を見ていないので比較はできないが、色彩の鮮明な美しさは十分理解できるものの、
あまりにも鮮やかすぎるという感しないでもない。以前の記事でもやはりジョットの絵画
について書いたのを思い出した。偶然にもちょうど去年の今頃である。

仏像なども色彩が落ちて寂びた感じが良いというのと同じで、修復で汚れを排除することにより、
年月を経た美術品の歴史と重みも洗い落としてしまう、という印象も受ける。汚れも含めてまた
美術品である。
修復の善し悪し、常に問われる問題である。
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by jamartetrusco | 2011-03-10 17:54 | Arte (芸術)


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