2011年 04月 08日

四角いコロッセオのあるEUR

ローマの南西、海へとつながる地域で、地下鉄のB線の終点近くにムッソリーニ統治下
ファシスト時代に作られた新興都市の一群の建造物がある。1942年のローマ万博に備えて
作られた都市計画だが、大戦突入のため万博は実現されることはなかった。
ローマには多くの史跡があり、ここまで足を延ばすことは通常あまりないのだが、今回の
滞在中に友人のおすすめのイタリアの民族音楽のミュージシャン達の演奏会がここにある
伝統文化博物館にて開催されることもあり、その前に周辺を探索する機会を得た。
主にビジネス街なので週末になると人気のなくなるこの地域。
初夏のような強い日差しを満身に浴びながら土曜日の午後のまるで都会砂漠のような
通りを歩くとデキリコのシュールリアリズムの絵にある光景に入り込んだようである。
イタリアのファシスト時代の建築物は政治的独裁主義の多くのプロバガンダ的芸術が
常にそうであるように、どこか気味の悪い自信満々ぶりがあり以前は受け付けなかったのであるが、
近年になりある程度その質を理解できるようになった。
それは使われている建築素材が「本物」であるということ。
イタリアにて本物の素材を使って建てられた公共建築物というのはファシスト時代がほぼ最後と
言えるほどである。それ以降に建てられた建物のお粗末さは目も当てられない。
もちろん有名建築家による多大な費用をかけた音楽堂とか教会とかは別として。
その意味ではこのEUR地区を歩いてひとづつの建物の石造りの重厚さは本物であるだけに
その意義を示す。
またその規模の非人間的大きさは古代ローマの皇帝建築、またはナポレオン時代のフランス
のそれを思わせる。
たぶんムッソリーニ自身、皇帝としてありたい自分を想像しながら設計したに違いない。
独裁的人物の権威象徴主義的美意識はいつの時代も同じである。
特に目を惹く建物は「四角いコロッセオ」と呼ばれるイタリア文明館。キリコの絵に登場する建物
のような半円形のアーチ型の窓が建物全体を被う渾名の通りローマのコロッセオの様式を想起させる。
この地区にはその他に古代ローマ文明博物館、中世文明博物館、民族博物館、イタリア伝統文化
博物館など集まっている。
民族博物館と伝統文化博物館の2館に入ったがさほど大きくないものの良い収蔵品である。
土曜日の午後だと言うのに入館者は我々の他に数人というまるでなんのために開いているのか
わからないぐらいである。おせやおせやの観光客でごったがえすローマの観光名所に嫌気がさした
方にはこのEUR見物はおすすめである。
深閑とした空気に包まれた超現実的な建造物の彼方に古代ローマの礎を見た。

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by jamartetrusco | 2011-04-08 18:54 | Viaggio(旅)


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