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2006年 04月 04日

Pensatrice ー 作家人生20年

私がアレと知り合った93年の夏、彼はフィレンツェに小さいスタジオを持っていました。このスタジオをただで貸してくださっていたのは、不幸にも自殺した画家の息子の代わりにアレを大事に思ってくれていたヴィッキョに住む今は亡きモーロ夫人でした。今でも彼女のご主人や娘さん一家との交流は続いてます。
この夫人のおかげでアレの作家としての生活が始まったとも言えます。それ以前の彼は今では想像もつきませんが、フィレンツェのファッションブランドの老舗グッチに経理担当として働いていました。彼の伯父さんがベルトやバッグの金具などに使われたGCマークの考案者で、グッチの下請けとして鞄など作っていたこともあって入社したそうです。10年ほど勤めたものの自分に全く合わない仕事をすることに耐えられなくなり、80年代半ばに幼少からの情熱であった絵の道を歩むことに決め、退社します。
その頃はとにかく周りにある素材、捨ててある箪笥の扉板やら厚紙やら、手当たり次第に絵を描いていた時代で、そんな全く先の見えない時期に無償でスペースを貸してくださったこのモーロ夫人は今でも彼の心の大恩人です。 

86年にフィレンツェのDolce Vitaというカフェバーで、初めての展覧会を開きましたが、そのとき出品したのがこの"Pensatrice"「考える人」です。 20年前のアレの作家としての第1歩を象徴する作品です。当時から一番惹かれる芸術家はレオナルド・ダ・ビンチでしたから、どこかその影響もほのかに感じられる絵です。彼にとってこの"Pensatrice"は魂のよりどころとなる作品のようです。

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その頃の絵はすべてイタリアの伝統的な絵画の手法を使い、自然の動物脂の膠などを媒体とした下地の上に油やテンペラで色彩を施していました(そのためかびなどがはえやすくて、現在住む田舎の家にて保存するのは骨の入ることです)。20年前絵画の修復工房などに短期間出入りしながら技法を学び、その後は試行錯誤、自身の経験から生み出した絵画技法を続けています。

人生とにかく自分の信念一筋に制作し続けていくこと、また途中であきらめないこと、そうすれば必ず残るものはある、というモットーにてとにかくひたすら頑固に、身勝手に、でも純粋に作家人生を歩んでいる人。ものつくりというのは職業ではない、という真実。アレと私(そして今は娘の未奈も)の人生は互いの生き方が完全に一つの輪となって絡み合っているのでどちらの存在もひとつの輪を構成するのに不可欠なのです。最近つくづくそれが見えてきました。
今年は主人が作家として歩み始めて20年(作家人生では未だ宵の口)、私との結婚記念
10周年とひとつの区切りの年、新たな地平線が見えてくれば良いな。




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by jamartetrusco | 2006-04-04 00:38 | Vita (人生)


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