2011年 06月 13日

もろもろ思う

自分の使いなれたコンピューターがないのでいまいちブログの更新はもとより仕事も進みにくい。
そろそろ修理が完了ということであるが、すべて初期化されてしまうようで保存してもらったデータ以外はすべて消えてしまうというので、なんとも悲惨。
I photoとかI Tuneに入っているデータはどうなるのだろう。
それでも仕事はなんとか支障なくこなしているからありがたいと満足するしかない。
娘に感謝。

それ以外にこの週末に起きた辛い出来事。うちの猫のミヌーの子猫3匹のうち一匹を娘の友達に
もらってもらった。
最初は一匹だけとっておいて他はあげるつもりでいたのだが、3匹の存在になれてきて、そして
そのかわいさに日ごとに心温まる体験をするうちに、あげるのがかわいそうになってきた。
こうなったら夏日本に行っている間の2ヶ月誰かにアルバイトでえさだけやりにきてもらう手配を
して皆とっておけるかも、とアレとも話し合って合意した。
しかしそう思う前に約束してしまった一匹だけはあげなくてはならない。
娘の友達だからなにも心配ないのだが、いざいなくなると思うとなんとも辛い。。
とりわけ3匹を本当に気を許さずに世話をしている母猫の姿をみていてますますその辛さは増す。
1匹消えたらどうするだろう、と想像するだけで気が重くなる。

いったい一般的に皆猫を飼う人は子猫が生まれると皆知り合いや友達にあげてしまうのが
当然のように聞いていたので、そんなものかと思っていたのだが、実際に母猫、子猫の関係を目の
当たりしてそんな簡単なものではないということをこのたび実感したのである。
母猫が子猫に対して抱く注意力、愛情、それは人間のそれとまったく変わらない、いやもっと
本能的に強いものに思う。子供を虐待するなどというへんな親が横行する現在を思うと猫の
親子のほうがよっぽど愛情深いと思う。

いよいよ一匹を親子でとりにくる土曜日。夕方7時ごろ、まだまだ明るい庭にて遊ぶ3匹の子猫たちから一匹だけ引き離して連れて行くなんて見るに見かねて、アレに頼んで私は部屋にて隠れていた。母猫が気がつかないうちに持っていってもらった。

その後がまた最悪。ミヌーはどこにいったのかと探し回る。声を出しては存在を探したり、
庭をうろうろしたり。ずっと悲しげな様子で探し回るのである。
なんという残酷なことをしたのだろう、と気がとがめてとがめて、こちらまで涙がとまらなくなる。一つの家族の調和を崩したとしか思えないからである。
たかが動物なんて言えないのである。

今日あたりやっとあまり考えなくなり残った2匹とともに平常に戻ったように見えるが、それでも
こんなことは二度としたくないと心に誓った。
この2匹はどんなことがあっても母猫から巣立つまではそばに置いておこう。

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by jamartetrusco | 2011-06-13 22:12 | Vita (人生)


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