トスカーナ 「進行中」 In Corso d'Opera

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2012年 01月 28日

Enigma of Kaspar Hauser

ドイツの映画監督Werner Herzogーヴェルナー・ヘルツォークの映画は終止一貫して
あるひとつの数奇な夢にObsession「固執」を抱く人物や人生を描くことが多い。
典型はアマゾンの山奥にオペラ劇場を建てた男の話を描いた「フィッツカラルド」や
伝説の都市エルドラドを探す16世紀のスペインのコンクィスタトーレー征服者ー達の
群団でその首領となる軍人のアギーレの狂気を描く「アギーレー神の怒り」、最近では
アラスカでグリズリーとともに生き、最後にはグリズリーに恋人とともに殺されるティモシー
トレッドウェルの生涯をドキュメンタリーとして語る「グリズリーマン」など。

すべて狂気と正気の狭間を生きる人間の心理と夢の執拗な追求を描いているようだ。
常にそこには神と人、自然と人との関わりと対立がある。
いかにもドイツ的な精神性と自己認識、ロマンチシズムと幻想性に満ちている。
前から見たいと思っていた「カスパー・ハウザーの謎」をついに見た。
ハーツォック魂が隅々まで行き渡った幻想的な叙情性と人間の心と頭の複雑な関係を
淡々と語る不思議な映画である。

カスパー・ハウザーは19世紀前半の実在の人物である。
17歳頃まで小さな牢獄に監禁され人との接触もなく生きていたと思われる。
生年月日も不詳。ある日突然ニュールンベルグの街に駐屯していた大尉宛の手紙を持って
立っている姿を街で発見されたという。

映画は人との接触なく水とパンのみを食べ、馬の玩具のみで遊ぶ、話すどころか歩くことも
ままならないカスパーがある日マントの謎の男によって外に連れ出されるところから始まる。
そしてニュールンベルグの街に手紙を片手に置き去りにされるカスパー。
大尉と街の世話役達は皆この謎の野生男をなんとかしようとするが拉致があかない。
話すこともできないから。そして最後には厄介者ということでサーカスに渡され、見せ物になって
いるところを見たダウマーという宗教哲学者が引き取り、いろいろと教授する。
面白いのは少しずつ言葉を口にするようになったカスパーと宗教者達や家政婦さんとの
会話。
子供のもつ純粋な疑問と鋭い認識力があり、既成概念に犯されていない人間の魂とその力を見せる。
19世紀当時の自然科学的な立場からこの不可思議な存在を分析しようとする学者達や
また野蛮人を扱うようにこの男のパトロンになろうとする貴族。
カスパーに宗教、神の存在を教えようとするが、論議が空しく響くのが印象的だ。
最後には最初のマントの謎に人物によって殺されてしまうのであるが、遺体解剖で頭脳の一部
が異常に発達していたというのがわかるところで終わる。

話は実在のカスパーの話に比較的忠実に進んでいくが、全体に流れる淡々とした物語構成と
すべてがまるで幕に被われた儚い夢のごとくに見え、その美しい画像とともにカスパーの世界に
また彼の眼から見た現実の向こう側に取り込まれていくのである。
そして演ずるブルーノ・Sのオーラが凄い。もともと役者ではなく独学で楽器を習得した吟遊詩人のような
音楽の語り人である。

ドストエフスキーの「白痴」のごとく、真実を述べ神に近い存在であリそれ故死ぬしかなかった
かのようなカスパー。
狂気と正気、白痴と超人的感性、野生と懐柔、神、自然と人。
寂々とした物悲しさに満ちた美しく枯れた空と海のあるカスパー・ダヴィデ・フリードリッヒの
「海辺の僧侶」やドイツの画家ゲラルド・リヒターの「雲」を彷彿とさせるような映像。



ドイツからのみ生まれる美と色がある。映画が絵画となり音楽となり文学となり歴史となる時。

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by jamartetrusco | 2012-01-28 22:12 | Cinema (映画)


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