2006年 04月 11日

京都との深い縁

わたしとアレの人生において大事な位置を占めている街、京都、この街を語らずして私たちふたりの今までの人生を語ることはできません。今日は少し京都への想いを。
フィレンツェと京都は姉妹都市であり、両都市とも国の心臓部となる古都であること、周囲を山に囲まれた盆地であること、そして街の中心として存在する川、などなど共通する点の多いこのふたつの街。

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もともと東京生まれの私ですが、7年前娘が1歳になる直前の夏、両親共々東京を引き払い京都に移り住むこととなりました。
京都との因縁があるのは父方の大叔父で、今では喫茶店兼ホテルになっている長楽館はその昔、この大叔父であり明治時代の実業家で「煙草王」と称された村井吉兵衛が円山公園の一角に建てた別邸でした。長楽館を訪れる度に、元は遠い親戚の持ち物であったのか、と感慨無量な気持ちにならざるを得ません。そんなわけで父もいずれは京都へ、と常に思っていたに違いありません。今では父は亡く、母ひとり住んでいますが、孤独を感じぬほど京都の水が合ったようです。

私も仕事の関係で京都とは以前より縁があり、引っ越す前1996年には結婚したばかりのアレと3ヶ月ほど住んだことがあります。この経験がアレの表現言語に多大な影響を及ぼしたのは確かです。それ以前はイタリア、フィレンツェのルーツのみに根ざしていた彼が日本の文化の神髄である京都の奥深い文化土壌の洗礼を受けることとなったのです。お寺、庭、仏像、京都の独特の自然感、風物、情緒は作家としての感性を根底から揺さぶるものでした。

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2001年には京都の法然院にて展覧会を行う機会に恵まれ、このために制作した作品がその後の彼の表現方法としてのシリーズ制作を本格化しました。“Frammenti d'Infinito"と呼ばれるこの作品群は、無限なる欠片(断章)のような意味で、イメージのひとつひとつが単独でも組み合わせても成り立つような、縦横、天地自由自在に見ることのできる無限の可能性を秘めたものです。


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1998年制作の初めてのシリーズ作品Tazze(茶碗)からの展開は、このFrammenti d'Infinitoを経て、ある時期の軸となる主題をシリーズ化した作品群ーSassi 小石、Muri 石壁、そして現在制作中のContenitori 内包する器ーへとつながっていきます。

法然院にて毎夕決まった時間にならす厳かな鐘の音や、ときどきお寺の奥から聞こえるお坊さんのお経の響きをききながら、お寺の一室である静かな展覧会場にて過ごした超越的なひとときは忘れることはできません。

帰国し、加茂川を北へ、比叡山を右手に拝みながら帰途の道につくとき、心が自然とうずきます。比叡山は高野山と並んで日本の精神文化の礎、魂のよりどころなのでしょう。お腹の奥底から湧く感動をはどこか本能的なものです。この感覚は近年増すばかりです。
いずれは京都に住むのかしら、、。

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by jamartetrusco | 2006-04-11 00:06 | Vita (人生)


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