トスカーナ 「進行中」 In Corso d'Opera

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2012年 07月 30日

Mal di Mare

海から帰ってくるといつも悲しくなる。魂を置いてきてしまったような。
いわゆるホームシックの情感に近い空虚感に満ちる。
体と心が完璧に海の無限なる水により純化された後にまた現実の生活の
汚れにまみれてしまうような感覚。
夏の暑さを逃れて海辺に滞在するというバカンスの意味以上の大事な
何かがそこにある。
海辺で滞在するイタリアの人のほとんどは太陽で日焼けするのが目的の
ような気がするが、まったく本末転倒であると思う。
海は水に触れ、頭からすべて海に埋もれて体中で海を感じなければ
その恩恵を被ることはないと思う。

海辺の休暇観光客達を相手にさまざまなおみあげものや衣類その他を
売るアフリカ、セネガルの男達、女達がいる。イタリアでは彼らを
Vuoi Compraと呼ぶ。「買いませんか?」という意味であるVuoi comprare?
というイタリア語から来ているのである。
この人々は暑い炎天下の中、重い商品を持てるだけもって浜辺の端から端まで
売りに歩くのだが、彼らの中にはとても感じよく、回りで太陽を浴びているだけの
異様なイタリア人達より数倍も頭も良いだろうと想像できる気丈な若者達がいる。
その中の一人が語ってくれたこと。
セネガルでは海は心がなえているとき、嫌なことがあったとき、悪い要素を
体に感じているときにのみ海水に入ってそれらを洗い流すものなんだ、と。
それ以外に海に入るということはないんだよ。自分はまだこの夏一度も海水を
感じていない、と。

私が海に入って体感することと共通する海の力。
そこには本来の人間と海との関係が存在しているようだ。
海から離れて感じる悲しみは海の原始的な力から遠のくことへの
ホームシックであるのかもしれない。
アフリカに滞在した人々がよく口にする言葉、Mal d'Africaーアフリカ回帰と
共通する人間の本能と根源的な生き方へのノスタルジア。

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by jamartetrusco | 2012-07-30 21:36 | Vita (人生)


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