トスカーナ 「進行中」 In Corso d'Opera

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2006年 04月 21日

Tazze ー 茶碗

茶碗のシリーズは98年に制作された。ちょうど娘の生まれた年である。
その前の年97年にイタリアのファエンツェという焼き物で世界的に有名な街の国際陶磁器博物館にて「樂」の展覧会が開かれた。この展覧会はその後パリの日本文化会館、オランダのプリンセホフ美術館と巡回した。国外に樂歴代の作品が持出されることは初めてという大変意欲的な展覧会で、日本の樂を知る人にとっては必見の展覧会であった。「らくやき」という言葉は焼き物用語として広く知られており、世界においてもひとつの陶芸技術としてその道に携わる人なら知らぬことのない名称である。しかしその発祥、歴史、哲学、樂家がいかなるものかなどなど知る人は意外と少ない。そのような状況の中で、樂家当代が日本の樂の真の姿を理解してもらえるようにとの思いで実現した展覧会であった。

この展覧会は実にアレにとっては開眼的なものとなったのである。その後のアレの表現方法を根本的に変えるほど強い衝撃を与えたのである。茶の湯の樂茶碗、それは西洋社会から見れば食器のひとつであり、茶を飲むためのささいな器である。しかし茶の湯においての茶碗は茶室の空間をともにする亭主と客人との精神的邂逅の重要な媒介である。時と空間を越えた茶室の中で使われる茶碗に内包された意味は大きい。日本の精神、芸術文化をささえる禅の哲学や侘びの美学などをその小さな空間の中に一気に抱え込み発信する。

そのような茶碗を前にアレは今までイタリアにて触れることのなかった日本の芸術の中の物事の「本質」そして「抽象」を知ることになる。この場合の「抽象」というのは単なる抽象画としての意味ではなく物事の本質を見極めるときに必然的に到達する「抽象」化である。具象的表現の中にも抽象は存在する。レオナルド・ダヴィンチの絵画などまさに好例だ。具象が具象でとどまる時、それは自ずと現実の模倣と化す。そういった意味での本質を見通す目をこの樂茶碗は教えてくれたのである。アレにとって西欧のマエストロがダビンチであるなら、東洋のマエストロは樂である。
400年という年月を経てなお変わらず伝統を守り続けそこに革新を見いだそうする樂歴代の世界に、繰り返すことから生まれる新たな創造という逆説的な真理をアレは確認したに違いない。

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by jamartetrusco | 2006-04-21 01:18 | Arte di Ale(アレのアート)


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