トスカーナ 「進行中」 In Corso d'Opera

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2006年 04月 27日

スペインの画家、Miquel Barceló

先日好きな画家のひとり、ドメニコ・ニョーリについて触れたが、今回はもうひとり、ミゲル・バルセロMiquel Barceloを紹介したい。初めて彼の作品をまとめた形で見たのは1994年ロンドンのホワイト・チャペル・ギャラリーでの回顧展である。

f0097102_1713266.jpg1984年から1994年までの制作を展観するものだった。1957年生まれの作家であるから若くして世に認められたことになる。80年前半、ナポリのLucio Amelioギャラリーにての個展、その後すぐニューヨークのLeo Castelliに画廊作家として選ばれたいきさつをみてもわかる。かれの作風はニョーリとは対照的。ニョーリが「静」であるなら、バルセロはまさしく「動」の表現である。ひとつ共通するのはバルセロがスペイン、マヨルカ島生まれであり、70年代までその地で制作発表し、島とはその後も切っても切れない縁、一方ニョーリも晩年マヨルカ島に移り住んで制作していたことである。余談になるが、マヨルカ島はアートのエネルギーを培うところのようだ。私たちふたりも何回か行ったことがあるが、島自体の魅力もさることながら、首都パルマ・デ・マヨルカには世界優数の現代美術の画廊がある。
ニョーリの静鎰とした時間の静止したような空間構成に対して、バルセロの表現は怒濤のごとくすべてを渦にまきこむようなエネルギーがある。様々な要素を突っ込んだごった煮のスープのようなものから純粋な美が抽出される。アンビバランスな美。ティントレットの光と動き、レンブラントの色彩の深淵、タピエスの抽象、80年代、90年代初期の彼の表現はそんな要素がまざりあったかのようである。焼き物作品も多く制作している。また最近ではパルマの大聖堂のための制作も手がけているらしい。


追記
アレの表現をみているとニョーリとバルセロの両者に惹かれる理由がわかるのです。ニョーリの作品の持つ神秘性、目に見えるものの背後の何かの表現。それはアレが常に目指すものです。それと同時にバルセロの醜と美、天使と悪魔の狭間のような表現、これもアレがときどき奔放になり、内蔵に訴えるときに出てくる表現です。やはり芸術は2元性をもつものなのでしょう。

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by jamartetrusco | 2006-04-27 17:20 | Arte (芸術)


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