トスカーナ 「進行中」 In Corso d'Opera

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2006年 05月 08日

食生活について一言

今日はちょっとイタリアの(というより私たちの)食生活について一言。初めてイタリアに来たとき(12〜13年前)はリラ使用プラス、円高もあり、とにかくなんでも食生活が安く感じたものです。その当時90,000リラ(当時で5000円ぐらいの感覚)も出せばスーパーの大きなcarrello (車かご)一杯の買い物ができました。外食も昼は10,000〜15,000リラ出せば「今日のメニュー」ーフルコースといかないまでもパスタ、メイン、コーヒーのセットーぐらいいただけたものです。 夜のレストランはアンティパストから始まり、最後の食後酒までフルコース、ワイン込み、たらふく食べて50,000リラぐらいでした。ですからあまり考えることなく食費は使っていました。
ところが、ユーロが導入された2001年以降、とんでもないことになってしまいました。露骨に物価が倍増したのです。年々の物価の多少の上昇は否めないものの、倍はひどすぎる(これは食だけに限らずガス、電気、水道も含めて)。
パンやバーでのコーヒー一杯など、人々が毎日支払うような最低限の価格はあまり変わりませんでしたが、他のものはあれよあれよという間に上がり、ピザもユーロ以前なら20,000リラ出せばピザ屋にて十分食べられたのに、今や20ユーロは最低。20ユーロは40,000リラです。レストランで夕食などすれば一人40〜50ユーロは普通になってしまいました。以前の倍です。ですから最近では外食も稀になりました。
そしてスーパーの買い物も必要最低限のものを買ってすぐに50〜60ユーロ(7000〜8000円)飛んで行きます。買い物は下の町グレーベでするのが常でしたが、グレーベは年々観光客が増え、物価も高いので、今では毎日のように買わねばならないパンなどの必需品以外は隣町かフィレンツェにてするようにしています。

アレなどはユーロ大反対の一人で、共通言語もなく人々のコミュニケーションもまだおろそかなのに、貨幣だけ共通にして何の意味があるのだ、と怒っています。私も本当にその通りだと思います。またヨーロッパ共同体の国間の良いところを享受できるならいざしらず、イタリアは車の保険や、銀行の手数料、赤ちゃんの粉末ミルクなど未だにヨーロッパ一高いそう。いったい何の得があったのかしら。すべては実体のないmulti nazionale (世界をまたにかけた大企業などもろもろの大物達)の懐が潤っているだけのような気がします。

こんな状況なので、毎日の食卓も工夫をこらし、なるべく冷蔵庫にあるものを有効利用して、食いつなぐというような生活です。野菜はそれでもまだ旬のものは比較的安く手に入るので、野菜中心のメニュー。また昼か夜か一回はパスタ料理。パスタもソースの材料次第で色々工夫ができ満足感もあるので食卓にはかかせません。
それでもイタリアの風土、旬の食べ物の豊富さ、気候の良さなどのメリットのおかげで裕福でなくとも美味しく楽しい生活はできる、というのは事実です。

昨日は旬の丸ズッキーニ詰めトマトソース煮を作りました。簡単で満足感の得られる一品です。日本で丸ズッキーニは手にはいるのかしら。
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中をくりぬいて、その中身をよく刻んで、みじん切りモルタデッラハム(ひき肉でも良いかも)とnoce moscata(ナツメグのことですが、こちらではこのように実として売っていて削って使います)
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そしてパルミジャーノレジャーノ、卵一個、塩こしょうを入れて混ぜ合わせ、またズッキーニの器に戻します。
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そしてトマトソース(にんにく、バジリコ、オレガノ)の中に入れて煮込みできあがり。それだけだとちょっと水っぽい丸ズッキーニにトマトの味と香料さまざまがよくしみて美味しいです。
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緑色の丸いズッキーニと赤いトマトの色が、なんとなくイタリアらしい。



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by jamartetrusco | 2006-05-08 18:27 | Cibo (食文化)


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