2015年 02月 16日

最後の砦

大家さんの庭にあったプラタナスの大木が無惨にも切り倒されてしまった。
樹齢どのぐらいだったのだろう。切り倒された幹の直径をみただけでもかなりの
幅があるので少なくとも70〜80年、いやもっとかもしれない。

大家さんの庭にあった木々、一体この20年で何本切り倒しただろう。自然の力ー
強風で倒れた杉の木も含めて10本以上?
松の木もあった。ヤシの木もあった。夏の暑さもややしのぐことのできる木陰。
松の実をひろって喜んで食べていた娘はいくつだっただろう。
その松の木が庭から消えてすでに10年は経っているだろう。
今では40過ぎの長男が生まれた祝いに植えたと聞いているヤシの木。
ひょろひょろと延びたその頂上にヤシの木らしい葉っぱをはやし、月影に映る
その姿は夜景にも似合っていたものである。
大きな葉っぱで落ち葉はきは大変だったけれど堂々とした大木だったもくれんの木。
大家さんの家を蔦っていた藤の木。
この家に住み出してからの20年。木が一本、また一本と切り倒される度に
悲しい気持ちになったのに、自分の子供の誕生とともに植えた木を切り倒して
平気でいられるこの家の大家さんの神経は一体なんだろう?

自分が植えた木だから切り倒すのも自分の自由、という人間のおごりか?
一本の木がある時までに成長していくその中に自然の生命の大切さなど
いっさい感じないのだろうか?
若気の至りでなにも考えずに植え過ぎてしまって壁を崩してしまった杉の木を
切り倒して以来、家を壊すのでは、また外壁を崩すのでは、という心配から
次から次へと木を伐採してきたこの大家さん。
そのお陰でどれだけこの家の住居空間が変わってきたのも気づかない。
木の壁なしに容赦なく吹き付ける風当たりが強くなり、湿気は下の野原から直接
上がってくるので冬の朝の寒さは厳しくなり、また直射日光を浴びる夏にどれだけ
暑くなり木陰の涼しさを欲するか、そのような自然の法則は全くおかまいなしである。

このプラタナス-最後の砦が切り倒されてしまった先週月曜日。
2月9日。
この大木のために記録しておこうと思った。


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by jamartetrusco | 2015-02-16 17:53 | Vita (人生)


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