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2006年 08月 22日

エトルリアの墓跡と岩窟道 Tombe Etrusche e La Via Cava

Sovanaのを出て車で数分行ったところMonte Rosello, ロセッロ山の斜面に沿ってエトルリア時代のいくつかの重要な墓跡がある。
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そのひとつは1843年イギリス人の考古学者SJアインスレーによって発見されたTomba della Sirena 「人魚の墓」と呼ばれるものである、木々や草のかげに隠れ全貌は想像の域を出ないが、凝灰岩の岸壁に彫り込まれた人魚を象ったフリーズとその脇下を飾る人物像は今でもはっきりと認められる。紀元前3世紀半ば頃のものらしい。まるで自然の山の一部のように見える墓跡である。

エトルリアの墓にはいくつか種類があり、この墓はtomba a edicola 「礼拝堂型墓」と呼ばれる。その他にtomba a tempio 「神殿型墓」、tomba a dado, tomba a semidado, 立方形、半立方形墓、または単にcassone 「長持ち型」、camera 「部屋型」、nicchia、「壁がん型」、colombari「納骨堂型」などなど。

この墓のすぐ近くに実際に足を踏み入れてみなければその素晴らしさを経験するのは不可能であるLa Via Cava di San Sebastiano 「聖セバスティアンの岩窟道」がある。

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岩窟道としては、もうひとつこの近くにあるIl Cavoneに比べれば規模は小さいが、その雰囲気は特に美しいものだろう。岩窟道というとわかりにくいが、要するに山の岸壁を彫り出して作り上げた道である。この道は歩行するのみの使用であるため、人が一人通りのがやっとの狭さである。そそり立つ山の岸壁の狭谷を通る感じで、エトルリアの神秘の入り口に入っていくようで震えが来るほどの感動を得た。
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映画「ロード・オブ・ザ・リング」の第3部「王の帰還」の中でアラゴン、レゴラス、ギムリが死者の谷に入っていく部分があったがそんな感じである。このような峡谷の道はエトルリアの人々が必要にかられて山間を彫り出したのだと思うが、現在のような機械がない彼の時代にすべて手でのみを使って通り道を彫り出したこの人々の超人性には脱帽するしかない。エジプトのピラミッド、ローマのコロッセオの凄さの例もあるのであまり驚くことはないだろうが。

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この後もうひとつの墓跡へ。今でも神殿の趣きを残したTomba Ildebranda、「イルデブランダの墓」。時代はやはり紀元前3〜2世紀頃。辛くも残っているフリーズの破片や柱の様式からギリシャ様式に近いと言われている。神殿型の上部の記念碑と地面下に対称に位置する埋葬室が2部屋ある。埋葬室はさらに古く紀元前4世紀頃とされる。埋葬室へと降りる入り口をdromosと呼ぶらしい。このdromosをおりるとせいぜい3メートル四方ぐらいの空間だろうか、そこは薄暗くひんやりとしている。昔は宝など一緒に埋葬されていたのだろう。もしかすると壁画などもあったのか。いまではこけむした岩しか見ることができないが、それでもしっかりと輪郭を残した格天井があり、エトルリア人の手技をそこに見た。

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by jamartetrusco | 2006-08-22 01:35 | Viaggio(旅)


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