トスカーナ 「進行中」 In Corso d'Opera

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2006年 08月 28日

箱?

アレの絵画作品。最近彼の中で煮詰まってきている「箱」のシリーズの中の2作。

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まだ未公開なのであるが、わたしの好きな2点であり、展覧会の主旨を私なりに少し考えている。ここのところ7〜8年シリーズにて作品制作を行っているのであるが、一貫して彼の中にあるのは自然の中にある表象、目にみえるもの、事物、物体の背後にある歴史性、精神性、神秘性、本質、そして魔力などを見極めることであっただろう。友人であり優れた作家、美術評論家、教育者であるエルダ・トレスが去年の夏京都のイタリア文化会館での2人展のための小冊子のために書いてくれた文章がある。その冒頭で語ってくれた言葉はアレの制作をうまく表現してくれている。

「過去十数年アレッサンドロ・ヌティーニの仕事を追いながら、その基盤となる創作哲学の厚みと深さをこの眼で確認してきた。伝統に対するこだわりがあるがこそ可能性の広がる現代性、一見して意義のない「かけら」の中に断片的にせよ大宇宙のすべてを内包する小宇宙を見極める眼、有限と無限、形あるものと形なきものの間の絆、さらに自然と作為というもう1つの二元性 - それらすべてが作品の中で渾然と混ざり合う。作家が極めようとする「知」に秘められた奥義は、その作品の中で顕現化する。」

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アレの描く一見「箱」や「煉瓦のかたまり」に見えるものは実は彼の頭の中に渦巻くトスカーナの、さらにはエトルリアの大地と自然、そしてそれに根ざす宇宙観、世界観が反映されているのである。描くもの自体は抽象化されているが実はそれは実際に煉瓦であり、箱である。存在のパラドックス、迷路、表裏一体とも言えるような対極を持ち合わせていると思う。あたかもそれはひとつの記念碑である。たぶんある心の様の。表出する形にはその背後に隠れた精神の地層があるのである。というようなわけでなんとかこれを展覧会のテーマとして提案書を作らなければならない。

ただ、こんな風にしちめんどくさく作家の意図などを考えているるのは端であって作家自身は実はまったく違う方向で制作していたりする。エベレスト登頂を果たしたイギリスの登山家ジョージ・マロリーは、なぜエベレストに登ろうと思ったのかという質問に対して、こう答えた。  "Because it's there"ーなぜなら山がそこにあるから。
制作もそんなものかと思う。

単純かつ複雑な作家の生き様を身近に見ながら、展覧会のためのテーマの必然性などを考えると、批評家などにはつくづくなりたくないわ、と思うのである。
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by jamartetrusco | 2006-08-28 23:12 | Arte di Ale(アレのアート)


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