2006年 11月 03日


ある霧の朝寝室の窓辺にてシルエットと化したビルバ。

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霧は朝晩すべてを覆い隠す神秘のベールである。
霧は下にある物も音もすべてふさいで沈黙と静寂の世界を生む。
空気が粒子となって見える瞬間。
大気と大地が触れるとき。雲が下界に降りてくるとき。

イタリア語ではnebbia、英語ではfog.

ロンドンの有名な霧はその昔暖炉で石炭を皆が燃やしていたからだと聞く。
だから石炭を炊くことのなくなった今では自然現象以外の霧はあまり見られない。
この街に住み出した当初不思議と目に入ってきたのは霧下でもよく見えるためのオレンジ色をした街灯であった。
飛行機の上からぼーっと浮かんでくるオレンジ色の都市ロンドン。

ロンドンの霧に満ちた夜景の幻想美を極めた作家としてJames Abbott McNeill Whistler(1834-1903)ウィスラーの右に出る者はいないだろう。アメリカ、マサチューセッツ生まれであるが、その後イギリスに移り住む。
北斎にも影響を受けた構図もさることながら、産業革命後の工場の立ち並ぶロンドン、テームズ河沿いのバタシーの霧に被われた寂とした風景。音のない風景である。

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霧にまつわる恐怖映画作品
ザ・フォッグという1980年制のジョン・カーペンターのゾンビを扱った映画があった。
アメリカのある漁村にて100年前の怨念を果たそうする亡霊たち。
霧が効果的に扱われたホラーである。
つい最近リメイクもあったがこちらの方は観ていない。


世にも怪奇な物語 (1967)
霧の効果が恐怖へとつながる一作。
エドガー・アラン・ポーの怪奇幻想小説3作を映像化した、ロジェ・ヴァディム、ルイ・マル、フェデリコ・フェリーニ3監督によるフランス、イタリア合作のオムニバス映画。
その3作目の「悪魔の首飾り」。フェリーニのすべての特色が恐怖映画に使用されるとどうなるか、という典型のような映画。テレンス・スタンプ演ずる人生落ちぶれつつある有名役者が球をもった悪魔の少女の幻影を見る。最後には霧に満ちる深夜、行き止まりの道へ車ごと突っ込み命を立つ。この霧のシーン、少女の顔の恐ろしさが相まって、なんとも恐怖感を導く効果であった。

スリーピー・ホロウ(1999)大好きなジョニー・デップ主演のティム・バートン監督映画の舞台も霧に満ちていた。ティム・バートンならではのブラックユーモアが混ざったゴシックホラーである。


霧の持つ幻想の美しさとその背後に隠れる未知なるものへの恐怖感。
奥深い森林や山道を被う霧景色。
ドラキュラやフランケンシュタイン、切り裂きジャックやジギル氏とハイド。
これらに霧はつきものである。

自然の現象と人間のある種の心理反応とのつながりは実に面白いものである。
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by jamartetrusco | 2006-11-03 02:17 | Natura (自然)


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