2006年 12月 01日
At Home in Renaissance Italy, ルネサンス期のイタリアの住まい展。まだまだ続くロンドンで観た展覧会の話。 これはテーマが異色である。あるようでない展覧会だろう。ルネッサンスに生きた人々の生活空間、風俗をトスカーナ地方ととヴェネト地方いう当時の2大都市のある地域に焦点をあてて見せている。当時の人々がどのように生き、どのように楽しんでいたか、そして家の仕組みはどうあったかなどが具体的にわかる。とは言え今でも残っているのは裕福な家族の謳歌した空間や美術に限るのでかなり限られた図であるのだが。 興味深いのはこの当時のヨーロッパはまだいわゆるFine Artと呼ばれる純粋美術と装飾美術、或は工芸の区別がなかったことである。日本は未だにこの区別がなく故に「工芸」と呼ばれる芸術性の高い「用」の機能のある美術がひとつのしっかりした分野として存在している。工芸という言葉は翻訳するのは不可能である。英語でいうCraftsというと語弊が出てくるし、またDecorative Art(装飾美術)でもないのである。 ルネサンス当時のイタリアもまたしかりである。著名な画家や彫刻家も用の器や装飾を制作したり、家を飾る持ち物一つでその家族の社会的位置がわかるようなオブジェの神聖化があった。裕福な家族や貴族の家に入ると絵画や彫刻に限らず、ベッド、天井、壁の装飾や細工、家具を飾る絵やデザイン、絨毯や身支度をするための化粧箱ひとつにしてもひとつの美術品としての価値を持っていた。工芸品という言葉がまさに当てはまる美術の範疇がしっかりと存在していたようである。 さてイタリア語でいうCasaの定義。Casaは家屋としての「家」と家族、家庭としての「家」の両義を持ち合わせた言葉である。故にCasaは15,6世紀のイタリアにおいて家族の、社会の、活動の中心的位置を占めた。ある程度の家にはかならず、Sala(広間)とCamera(寝室)、Cucina(キッチン)そしてScrittoio (書斎)があった。 Salaでは客人を招いての食事会が開かれたり、音楽会が開かれたり、外からの客を通す公な場所であった。そして家族の地位を外に誇示する場所でもあったので装飾もそれ相応のものである。家紋を施した暖炉や壁を飾るタペストリーや絵など家族の地位の象徴である。そして宴会の際には使用する食器や銀器なども象徴のひとつであろう。キリストが初めて行った奇跡の舞台「カナの婚姻」の絵はヴェネチアの屋敷である。水をワインに変えた新約聖書にある逸話である。ヴェネチアの当時の屋敷での披露宴の様子がわかる風俗画としての興味がわく絵だ。 反対にCameraは家族身内の者のみのなごむ場所。寝台以外にもそこで洗ったり、着替えたり、くつろいだり、刺繍をしたり、というプライベートな空間である。そして出産や死というドラマが繰り広げられるのもこの場所である。 ヴェネチアの15世紀の画家、カルパッチョ作「聖母マリアの誕生」の絵をみるとその当時のCameraの様子がよくわかる。2匹のウサギは多産、繁殖の象徴であろう。 次にCucina. キッチンは通常Salaに近くないところにある。料理のにおいがあまり匂ったり、また皿を準備する騒音など客人に聞かれては困るからだ。大体の場合煙突の煙がでやすい天井裏か地上階にあったらしい。 ヴィンチェンツォ・カンピのキッチン風景の絵は面白い。肉をその場でさばいたり、臼で何かを引くお祖母さんがいたり、パスタを今と同じように延ばしている女性も。そしてユーモラスなのは腸を巡って争う猫と犬の表情。この猫たいした迫力である。猫が勝ち目あり、というのが一目瞭然である。 最後に書斎。ここは当時は男性の領域であった。書庫や収集品などが置かれていた自身の知識や興味の宝庫。15世紀のシチリア、メッシーナ生まれの画家、アントネッロ・ダ・メッシーナの「書斎の聖ヒエロニム」、大好きな絵である。フラマン派の画家ヤン・ファン・アイクやヴェネチアのジョバンニ・ベリーニなどの影響色濃い作品であるが、書斎を飾るエキゾチックな動物やオブジェの数々。まるで博物館の展示室のように明快に並べてある室内である。その室内がまたさらなる建築の中に置かれているという建築を表すために描かれたようなシュールさがある絵だ。そして私自身もこんな自分の好きな本や物を集めた書斎がほしい。 中に入ればそこは自分だけの世界、なんていうのは実に魅力的である。
by jamartetrusco
| 2006-12-01 04:27
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