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トスカーナ 「進行中」 In Corso d'Opera

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2007年 10月 05日

密かなる美の美

6月頭久々に訪れたニューヨーク。そして必ず足を運ぶのはメトロポリタン美術館である。巨大な美術館であるため訪れる度にある程度絞ってみるようにしている。今回の最大の再発見はローマ、ギリシャの新たに刷新した展示ギャラリーである。

時間をかけてゆっくり見るとおやっと気がつく控えめながらも光を放つ美術品の素晴らしさもこういった世界有数の大美術館ならではである。誰もが見にいく目玉コレクションの影に隠れてその存在に気がつく人もほとんどいないのだが、こういった小さな芸術品にこそ、その当時の人々の生活感や世界観が映し出されているような気がする。そして作り手の思いや手触りや息吹が伝わってくる生々しい作品である。

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ギリシャ、ヘレニズム期、紀元前1世紀から2世紀頃に作られた3つの小さな彫刻。テラコッタによる女性像と老人の姿に戯画化されたエロス。そしてブロンズ像の走る男。
解説によるとこの女性像は老女ではなく極度に病んだ若い女性像であるという。
着ている衣装の具合から若女であることがわかるらしい。そしてこの悪魔的な老人が何故にエロスなのか。神話にある愛の象徴であるエロスは常に若々しい青年か少年のイメージで表されるのがしきたりである。老人をエロスと化すその皮肉はなんだろう。エロスの持つ魔術。一瞬にして老化する愛の行く末を皮肉っての表現だろうか。痩せこけた走る男。オリンピックの肉体美とはことごとく離れた枯れた肉体のランナー。長距離ランナーに違いない。何故走らなくてはならないのか。すべてがギリシャ美から想起する堂々とした均整のとれた彫刻からかけ離れた、「生きる」ことの裏面を露にした人間味溢れた生々しい表現である。

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そしてエトルリア美術の展示室にあった面白い彫刻3つ。舌を出したこの中年男は誰だろう。そして静かに眠るかにみえる衣をかぶった女性像。また意味不明の指の彫刻。
解説などついていないので想像のみに任せるしかないが、ある都市の高名なる人物の墓のためや肖像のための彫刻でないことは確かである。もしかすると職人である石彫り師が自分の自画像や指の形、または横で寝る妻の寝顔をユーモア込めて彫ったのかもしれない。


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もうひとつ、これもエトルリア時代の職人が自分の仕事の象徴として彫ったに違いない道具のレリーフ。石彫のためののみととんかちであろう。店の看板だったのだろうか。素直な表現がなんでもない道具の形の美を惹き出す。

当時の日常を彷彿とさせるこれらの作品は美術品としての価値如何でなく不思議なほどのリアリズムと表現の率直さを持って心に訴えてくる。見知らぬ職人
の持つ力。密かなる事象の、事物の美しさ。
美とは何か、そして表現の技をこれでもか、と主張してくる多くの美術品の中でこのようなマイナーな表現というのに心惹かれるこのごろである。


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by jamartetrusco | 2007-10-05 03:55 | Arte (芸術)


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