トスカーナ 「進行中」 In Corso d'Opera

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2008年 11月 06日

映画「ストーカー」における新たなる発見

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ロシアの誇る映画監督アンドレイ・タルコフキーの映画は20代に初めて観てから常に頭の片隅に光の残照のように残るものであった。
殺伐たる寒さの冬の日に生きる勇気を与えてくれるいくばくなる光のような、子供の中にある恐れと憧憬を映像化したような、人間の、あるいわタルコフキーの奥底に潜む痛いばかりの感性の鮮明なる露出のような。人間の魂の悲壮感を根底にしながらそこに見いだしうる神々しい歓喜の混じったような。
代表作は「アンドレイ・リュブロフ」、「惑星ソラリス」、「鏡」、「ストーカー」
「ノスタルジア」「サクリファイス」。
「アンドレイ・リュブロフ」「鏡」と「ストーカー」の3作は人生の様々な岐路に観たい作品である。

つい先日「ストーカー」を久々にDVDにて見た。
そして驚いたのに、20代当時記憶していたのはタルコフキー独特の自然や人間の生き様の細部の映像のひとつの完成された視覚的体験であり、内容はほとんど理解していなかったのである。20代の感性と今の感性の違いと、置かれた立場の違いによる理解力のレベルの違い。名作は年齢を経てさらに名作となる。

水の表現や捨てられた塵屑や壊れたガラス片でさえひとつの美的映像の頂点へと導いてしまうこの監督の映像の素晴らしさには以前と同様の感動を得た。
しかしそれ以上に感動したのは、映画を通して語られる静かでありながら脈々とした人間の存在の長編詩である。生きる意味を新たに噛み締めることのできるその言葉の数々である。その中で心にずっしりと残ったのはもっともたやすい言葉でありながら実行するにもっとも難しい真実である。このように生きることをモットーとしたい。

思うがままに行くがいい、
信じるままに。
情熱などあざ笑え。
彼らの言う“情熱”は心の活力ではない。
魂と外界との衝突でしかない。
大切なのは自分を信じること、
子供のように無力となること、
無力こそ偉大なのだ。
力には価値はない。
人は無力かつ無防備に生まれ、
死ぬ時には乾いて固まる。
木もそうだ しなやかに育ち、
乾いて硬直し枯れてゆく。
硬直と力は死と隣り合わせだ。
柔軟さと無力さは生の源、
硬化したものに勝利はない。

万物には価値がある、意味と理由が。



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by jamartetrusco | 2008-11-06 22:44 | Cinema (映画)


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