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2008年 12月 21日

ピエロ・デ・ラ・フランチェスコの卵

ピエロ・デ・ラ・フランチェスコ(1412~1492)のモンテフェルトロの祭壇画、神秘性にあふれる彼のフレスコ画の中でとりわけ謎めいた卵の存在。
聖母マリアの頭上の貝殻の天蓋の下に下がる卵である。
ウルビーノ公のフェデリコ・モンテフェルトロ2世により自身の息子誕生を祝って依頼制作された祭壇画とされている。
この卵の意味について多くが語られており、モンテフェルトロ家の紋章がダチョウを象ることからその卵を描いたという説。卵は真珠の象徴であり、
貝殻の中で男性の介入なしにできる真珠を聖母の無原罪の御宿りに喩える説。
ダチョウは卵を砂漠にて産み落としそして生んだことを忘れてさまよい、ある星をみて卵のことを思い出してもとに戻り温める、という話しがあり、迷える神の子、人の象徴である、という説。
そしてとりわけ卵はイースターエッグに表される生命の誕生、再生の象徴である。

いったいこの卵が何を意味するか、という推論は学者に任せるとして、ピエロ・デ・ラ・フレンチェスコの絵を見て必ず思うことがある。
これほど宗教性の強い絵画を主題に描きながら彼ほど宗教のもつシンボリズムから離れた別の象徴性を表す画家はいないのではないか、と。その意味では15世紀当時の画家の中ではレオナルド・ダ・ヴィンチと並んで稀少な存在である。神秘主義的で、シュールな作家である。
この祭壇画も中心であるはずの聖母マリアと御子、聖人、そしてパトロンであるウルビーノ公の存在よりも卵とその背後の貝殻の方が強い力を持って語りかけてくる。
遠近法に拘った建築物のディテールのほうが強い発言力をもっている。
この卵に秘められた画家の真なる意図を知ることができないのが誠に残念である。
宗教的な意味とはほど遠いあっと驚くような真義が隠されているような気がするのである。卵という根源的な形体、そしてその形体の中にある生命。
ピラミッドが大なるエネルギーの神殿であるならば卵は最小のエネルギーの宝庫のような気がする。
卵がまさにこの絵画のエネルギーの集約された一点であるように思う。
卵と鶏さてどちらが先か、という永遠なる命題を含み持つ気になるピエロの卵である。


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by jamartetrusco | 2008-12-21 01:14 | Arte (芸術)


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