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2009年 01月 14日 ( 1 )


2009年 01月 14日

ボルジア家発祥の地ー華麗なる町Xativa

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チェーザレ・ボルジア、ルクレチア・ボルジア、法王アレッサンドロ6世。
ボルジア家を代表する逸話多い人物達。法王とチェーザレは毒殺されたのか、または黒死病によるものか、真実は歴史が知るのみ。
ボルジア家にまつわる暗殺、政略結婚、陰謀などなどを語る塩野七生著の歴史小説
「チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷」という本をずいぶん昔、ルネサンスにのめり込んでいた頃、実に興味深く読んだのも記憶浅い。黒髪でハンサムなチェーザレ・ボルジア、ピサ大学にて勉学したバレンシア公。絶世の美女ルクレチア、そして悪名高き法王アレッサンドロ6世。良きにせよ悪しきにせよ個性豊かな歴史上のこれらの人物に心惹かれ興味を覚えたものである。歴史的にて稀にみる悪人とか悪皇帝とか、毒気のある灰汁の強い人物のほうが記憶に残るのはどういうわけだろう。

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ニコロ・マキャベリが著書「君主論」の中で「マキャベリスト」ー権謀術策の理想的君主ーの代表とみなすチェーザレ・ボルジア。人間としての魅力とともに政治家としての才能は抜群であったに違いない。
このボルジア家、イタリア・ルネッサンス後期の君主王国、ウルビーノやマントバやフェラーラなどの地域と深く関わるというような曖昧な記憶があった。
しかし今回のスペイン、バレンシア地域での滞在にて、「あーボルジア家はもともとスペイン出身だったのだ」、ということを思い出した。新鮮な驚きとともに。

法王アレッサンドロ6世の生家があるXativaーJativa(バレンシア語ではシャティーバ、カスティリア語ではハティーバ)。この町はバレンシアから少し内陸に入った古い城下町。ふたつの山頂を渡って高台にそびえるボルジア家の城塞は圧巻である。スペインの建築の特徴であるやや黄色い硬質の石造り。陥落不可能に見えるしっかりした造りである。ローマ帝国、ムーア人支配の時代などなどの歴史を経たこの地域を代表する質実剛健な城である。まさにスペインならではの城。いったいどれだけの血肉の戦いが繰り広げられたのだろう。

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城下町もその時代の趣きをそのまま残した勇ましく高貴な建物が多い。
冬の太陽の下、静かに佇む知る人ぞ知る人のこの古い町。その美しさと歴史の深さに感動した。

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アレッサンドロ6世は法王でありながら愛人に子供を生ませ(チェーザレやルクレチアはその子)身内に権力を与えて身の回りを固め、汚職と退廃の代名詞、史上最悪の法王という汚名があるが、一方15世紀末期のフランス、スペインの侵略が高まる混乱のイタリアをその巧みな政治手腕にて乗り切った政治家法王を代表する人物とも言える。この時代の法王は聖職者というより政治家としての面白みがある。
当時のヨーロッパ内の各国の権力争いの歴史は一読の価値がある。
その後イタリアの各都市は力を落し、航海国スペイン、ポルトガル、そしてフランスの力がヨーロッパを制覇することとなる。

シャティーバの町を歩きながらスペイン出でありながらイタリアに多大な足跡を残したボルジア家の歴史に思いをはせた。


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by jamartetrusco | 2009-01-14 22:11 | Storia (歴史)