トスカーナ 「進行中」 In Corso d'Opera

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カテゴリ:Vita (人生)( 146 )


2012年 08月 17日

焦げる

海より戻り、毎日オリンピックの騒ぎが続き、その間の
暑さは連日ますます増すばかりである。

朝の7時前はまだ少し涼しい空気が残っているが、
8時になったらもうカンカン照り。
砂漠のような痛いほど照りつける太陽の熱気で
テラスも家もすべてが熱風に包まれているような感じ。
まるで天火のなかにいるみたい。
なにも手につかない。この熱気のなか翻訳の仕事を
集中して行ったせいか、首ははれるし、じんましんはでるし、
どうも不調のこのごろ。

夜も9時過ぎると暑さも少しやんできてやれやれ、と
一服感。その頃になると夜空を見上げればまだ流星にも
でくわせる。今年のピークは8月12日。その前後かなりの
流れ星をみた。
さて就寝しようと思っても、昼間の熱気が石壁を通しても侵入している
のでただただ寝苦しい。
夢だらけのうたた寝のような毎晩。

中世の石造りの家もさすがに21世紀の異常気候には耐えかねる
ようだ。

海辺のひまわり畑の日射にからからになって黒ずんで
きたひまわりのような気分である。

焦土、焦げた大地と石とに囲まれて。
Venerdi Diciasette,
縁起が悪い日といわれる17日の金曜日は我が家にとっては
そうではない。何か良いエネルギーをもらえますように。

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by jamartetrusco | 2012-08-17 18:59 | Vita (人生)
2012年 07月 30日

Mal di Mare

海から帰ってくるといつも悲しくなる。魂を置いてきてしまったような。
いわゆるホームシックの情感に近い空虚感に満ちる。
体と心が完璧に海の無限なる水により純化された後にまた現実の生活の
汚れにまみれてしまうような感覚。
夏の暑さを逃れて海辺に滞在するというバカンスの意味以上の大事な
何かがそこにある。
海辺で滞在するイタリアの人のほとんどは太陽で日焼けするのが目的の
ような気がするが、まったく本末転倒であると思う。
海は水に触れ、頭からすべて海に埋もれて体中で海を感じなければ
その恩恵を被ることはないと思う。

海辺の休暇観光客達を相手にさまざまなおみあげものや衣類その他を
売るアフリカ、セネガルの男達、女達がいる。イタリアでは彼らを
Vuoi Compraと呼ぶ。「買いませんか?」という意味であるVuoi comprare?
というイタリア語から来ているのである。
この人々は暑い炎天下の中、重い商品を持てるだけもって浜辺の端から端まで
売りに歩くのだが、彼らの中にはとても感じよく、回りで太陽を浴びているだけの
異様なイタリア人達より数倍も頭も良いだろうと想像できる気丈な若者達がいる。
その中の一人が語ってくれたこと。
セネガルでは海は心がなえているとき、嫌なことがあったとき、悪い要素を
体に感じているときにのみ海水に入ってそれらを洗い流すものなんだ、と。
それ以外に海に入るということはないんだよ。自分はまだこの夏一度も海水を
感じていない、と。

私が海に入って体感することと共通する海の力。
そこには本来の人間と海との関係が存在しているようだ。
海から離れて感じる悲しみは海の原始的な力から遠のくことへの
ホームシックであるのかもしれない。
アフリカに滞在した人々がよく口にする言葉、Mal d'Africaーアフリカ回帰と
共通する人間の本能と根源的な生き方へのノスタルジア。

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by jamartetrusco | 2012-07-30 21:36 | Vita (人生)
2012年 06月 15日

海の主

夏の家を探した。
いつも訪れるバラッティ湾のそばを中心に。
最近は人が多くなって昔のようにはいかなくなっているけれど
それでも美しさで語ればトスカーナの海岸線の中では一番
と思う。
トスカーナの人々だけが知っている隠れ家だったのだがだんだんと
他の地域の人達も知るようになり、今では北イタリア、北方ヨーロッパの
家族連れが多い浜辺となった。
湾であるから荒波が来ないということと遠浅という利点が幸か不幸か
家族連れを多く引き寄せるのである。
我々もその例外にもれないのだが。

それでもまだまだ人が群がる浜辺を避ければまだ静けさを楽しめる
海辺であるー美しい海と鉱物の混じった黒っぽい砂。
トスカーナの海岸線はあちこち試したのだが、やはりバラッティ湾は
心に残る。
背後に松林があり、そしてエトルリアの遺跡のあるポポロニアの丘が
海にそそり立つ。
廻りは美しい自然のみ。私の幼少時代の海の景色を想起させる。
懐かしい香りがある。
昔からあるカフェレストランも全く変わらず。変わらないことの良さをつくづくと
感じる場所。

なるべく人を避けて泳ぐ浜辺ー4時頃になると必ず現れるご婦人がいる。
犬2匹を連れて。
ご婦人はスマートとは言えない体型であるが水に入るとその泳ぎぶりは素晴らしい。
まるでイルカのように、なめらかに、楽しそうに泳ぐ。
愛犬はご主人の泳ぎぶりを誇るように吠える。
毎日毎日欠かさず必ず同じ時間に現れる彼女。彼女の存在を気にかける人は
どれほどいるのだろう。

今回家探しでバラッティ湾に歩いて行ける貸しアパートに声をかけてみた。
もう時期は遅く満杯だったのであるが、なんとこのアパートの経営者が
このご婦人であった。
ついアレが「もしかして犬を連れてくる方ですか?」と聞いてしまったぐらいである。
一言だけ「そう」と答えた彼女。ぶすっとした表情から何かがこぼれた。

それ故最後に自分で貝に手書きしたアパートの名刺をくれた。時間があるときに
楽しみでしているのよ、貝は本物よ、と説明してくれた。
暗黙の内の意思疎通があったような気がした。

バラッティ湾の門番のような彼女の存在。
この海の真の主と思った。
会えてとても嬉しく思った。名前はフランチェスカ。

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by jamartetrusco | 2012-06-15 04:07 | Vita (人生)
2012年 05月 14日

花、果実、そして猫

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4月はだいぶ悪天候が続いたけれど恵みの雨のおかげで5月に入って急速に花が咲き始めた。
今年の芥子の花の赤の色の美しさ、そしてその咲きぶりは例年を上回る美しさだ。
そしてアレの世話をする上の庭の杏の木も過去になく多くの実をつけている。
このまま熟してくれたら6月には大収穫となる。
雨の量、その後の太陽の具合が花や果実の実りに最適だったのだろうか。
本当に春の色満ちあふれる野原である。

今年の夏は帰郷せずにここで過ごす予定である。例年アレの展覧会やらなにやらで夏は
京都で過ごすことが多かったが、今年は久々にイタリアの夏を謳歌することになる。
テラスで過ごす美しい時間を残して帰郷するのはやや心残りであることは確かである。
夏のイタリアはやはり一番好きだから。イタリアの美しさ、香り、音、すべて一番絶頂に
達するのはなんと言っても夏である。
イタリア、夏、太陽、光、海、地中海の空気の香り。そして夕暮れ時からテラスで過ごす
時間の美味しさよ。
これを楽しまなくてはイタリアに居る価値は半減するというもの。
特に文化的な刺激の少ない田舎暮らしの我が家では。
気候の悪い時は大都会にいるほうが刺激もあり数倍も楽しい。

さて4月24日にロンドンに発った日、その日以来モモが姿を消している、という知らせを
ロンドンで聞いた。帰ってきてももちろん戻っていなかった。
そうこうしている内に2週間経ってしまった。最初は雄猫だから雌猫を追いかけて遊んでいる
のだろう、そのうち帰ってくるよ、と言い聞かせていたけれどあまり姿を見せないとさていよいよ
だめか、とも思えてくるものだ。
そうしたら数日前突然と夜戻ってきた。
大型の猫であるので、もつとずっしりした体重が半分になったかのようにがりがりに痩せて。
母猫も妹猫も胡散臭いこの猫は誰?と半信半疑。牽制するような態度。
これだけ痩せて帰ってきたということはとにかくあまり食べていなかったということ。
雄は雌を探すときは食べないのだろうか?それともただ単に迷っていたとか。
やっと昨日から3匹で遊び駆け回る。またグループの一員に受け入れられたらしい。
唯一変わったのはその鳴き声。失踪前はミャーという高音が低く押しつぶされたような
だみ声になってしまった。
はて、声変わり?


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by jamartetrusco | 2012-05-14 23:52 | Vita (人生)
2012年 05月 11日

Wordless

言葉が出ない時。
何を語ろうかと思っても何も語れない。
言葉が空しく響く時。
説明すらする余地がない。
今ただ単に美しい光が生きることの
価値を教えてくれるだけである。

否定的というのではなく、なぜか
「無」という感覚。

そんな大それたものではないのだが、
空を見て光を見てそれだけで価値が
あるような、そんな気分のこのごろ。
言葉とは?

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by jamartetrusco | 2012-05-11 04:09 | Vita (人生)
2012年 04月 10日

Un mese passato e tanto successo

最後に投稿してから早くも一ヶ月以上が経ってしまった。
3月は大震災の1周年の日に日本に帰国。
それから様々な出来事があり、仕事をして4月2日に戻る。
そしてロンドンの姉夫婦が7年ぶりに我がキャンティの田舎を
訪れる。
余り広くはないがなんとか我が家に泊まってもらい、毎日
よく食べ、よく飲み、昼寝をして、という心身リラックスの
数日を過ごす。
都会に住んでいる人が田舎に滞在するとよくあることだが
なぜか食欲がすすみ、そしてよく眠る。
空気のせいか、静けさのせいか。
おかげでこちらまで久々に田舎の良さを味わいながら楽しい
時間を過ごすことができた。
自分の家にいながらの休暇気分。なかなかおつなものである。

今年の日本の3月は春とは思えない寒さで梅がやっと五部咲き、
桜はいつのことやらという感じであったが、こちらが発つ頃には
少しずつつぼみがほころんできたらしい。
くらべてイタリアは不在中には何回も25度を記録するような
まるで初夏の気候だったと聞く。
帰ってきたら数日は春らしい気候ではあったが、イースターの
日が近づくにつれて天気は下り坂。4月8日の日曜日は雨模様、
そしてイースターマンデーのパスクウェッタは天気は回復するもの
のかなりの寒さ。アペニン山脈の近くではすこし雪まで積もったという。
イースターの日はどういうわけか天気が良いということは滅多に
ない。ヨーロッパに住んで記憶する限りいつもうすら寒くて雨が多い。
日にちもその年によって3月後半だったり4月前半だったりする
のだが、それには全く関係なく悪天候である。イースターの
ジンクスである。

我が家の工事もおおむね終わりに近づいたようではあるが、雨が
なかなか降らないので埃ぽい。
寝室に中二階を造るという案も座礁した。大家さんに念のため相談したら
簡単にNo!という断り。やはりあまり重い材木を導入するのは家の安全上
怪しいらしい。断らないでやるわけにもいかないので仕方がない。
せっかく楽しい週末の行事であり、また完成も後まじかのところだったのに、
とても残念である。

庭の藤棚も今年は雨不足とずっと工事の埃をかぶり続けてきてどことなく色あせてみえる。
それでも美しく香しい。

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by jamartetrusco | 2012-04-10 22:32 | Vita (人生)
2012年 03月 03日

空しい感覚

ここのところ、冬の寒さがやっと遠のいてきて、春の気配が太陽の光と小鳥のさえずりに
感じられるようになってきて少しずつ心身とも回復しているようである。
しかしこの数週間年齢のせいか、(こういう言葉は口にしたくないけれど)、それとも
冬の暗さのせいか、はてまた田舎暮らしのせいで、どんどん内向的になっている
せいか、それらすべてが組み合わさって、なんとも今のこの人間社会の仕組みや成り立ちに
とてつもなく幻滅している。それ故何をやってもどうも空虚な感じが残るのである。
ブログ書くのもあまり気乗りしない。

人間はいったいなにをもって進歩と呼ぶのだろう。つい50年前まではこの当りの農家では
すべて自給自足だったということ、ストーブで薪を燃やして、部屋を温め、料理の火とし、
水は井戸水、電気はさすがに自分では作り出せないかもしれないけれど、でも無駄使いする
ことなく、質素に暮らす、そんな生活が普通だった、と自家製ワインを作るセルジョは自分の
子供時代を思い出して語ってくれた。
そして山の上から1時間ほどかけて歩いて学校に通ったということ。
もちろん田舎であるからそんなことも可能であったろうが、人間が最低限の生活を維持するのに
お金はさほどかからなかったのである。そして皆なんとなく精神的に豊かだったと思う。
今ではガス、水道、電気はもちろんのこと、住処から何からなにまで普通に働いてもおっつかない
ぐらいのお金を払わないと生きてもいけない。
そして電気が止まったら今度はシステム自体がすべて破綻するようなまるで刃物の上を
歩くような今の人間社会。
人間の本能的、動物的生業を全く通り越して、知らないうちにお金だけが一人歩き
し始めて、昔なら銀行に預金しておけば安心、利息もつくし、なんてい言うのが当然だった
のに、今ではこちらが手数料をはらわなければ口座ももてない、利子なんて全くなし、という
のが当たり前。そして誰だかわからない一握りの強欲な人間達の勝手な投資等々の巨大
な金融ギャンブルのおかげで世界中がおかしくなり、国が破産、そして大した
給料ももらっていない一番底辺の人々がどんどん苦しくなるような税制と社会状況を
作り出してそして「国民よ国を支えるために我慢してれ」なんていうような上等文句に
仕方がなく従っていくしかない99%の人々。

こんな状況が通用して良いはずがない。かといってではどうすれば良いのと聞かれれば
「革命が起こるべき!』と叫んでもなんとなく根拠のない戯言にも聞こえてしまう。
そして自分も革命が起こったらきっと仕事もなにもなくなるだろう、でも何もなくなってゼロ
から始めるのも良いかも、とも思う。

なんとなく空しさだけが頭をめぐるこのごろ。
春の光のその向こうに突破口を見いださなければ。

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by jamartetrusco | 2012-03-03 02:23 | Vita (人生)
2012年 01月 30日

空間を2倍にする方法

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我が家の寝室は天井が比較的高いのでそこに中二階、イタリアで言うsoppalco を造ろうという
案を抱いたのが去年の年末。寝室を上下に分ければ娘と我々の空間が最低限分かれるので
それが目的である。
我々夫婦は寝るだけだから中二階に布団でも敷いて使う。下の部屋はすべて娘専用という考え。
最初はいわゆる工事現場に建てる鉄製の足場を枠組みに床板を乗せればなんて安易に
考えていたのだが、自分の家まで建ててしまう大工仕事万能の友人のアンドレアの意見を
聞いたら木材しか解決法はないとことで、そのプランを続行することに。
昨日お宅まで行ってお昼をともしにしながら木材選びをしてきた。

アンドレアの奥さまのマドカさんは日本人で彫刻を専攻したものつくりの人。
そして大地の香りのする妻であり母である人。子供二人の家族で有機農業を営んでいる。
それ以外に凄いのは自分達の家から工房からすべてアンドレアの作であることだ。
木との対話が好きで家具も自作がほとんどというアンドレア。
私達は大工仕事は皆目わからないので彼のアドバイスのまま頑丈なabete (ドイツマツ)木材を
選んだ。こんなに太い木材は必要なのか、という疑問もあったが、このぐらいでないと床となる木板
をのせたときにしなってしまうと言う。
選んだ木材は四角に削るためにアンドレアの作業場へ。
ありとあらゆる木屑から板から置いてある工房は木の香りが満ちていて気持ちが良い。
この木材はまだ白木の状態なのでこれに木喰虫防止の表面加工をしてそれから
いよいよ家まで運んで組み立て作業を始めるとのこと。
選んだのは梁となる2本と足となる4本の木材。組み合わせるのは釘など使わずすべて嵌め込み
で行うそう。昔ながらの宮大工みたい。

アンドレアとマドカさんは原材料から最後の製品まですべて自分で探し、育て、作ることが
真の人間の生き方であるという信念があり、ふたりで食べる野菜からお肉から、チーズ、
オリーブオイル、ヴィーノまですべて自家製である。
物質的な贅沢でなく精神的、生き方の贅沢を実践されている家族。
つい100年ほど前の人々の生活では当り前だったことが今ではほとんど不可能となり、お金
を払わなければできないような悲惨な現実の中でこういった自然に沿った生活を続けるのは
実に大変なことだ。
マドカさんの作った彫刻が完成まで後もう少しの石造りのご自宅の2階で彼らを静かに
見守っている。

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by jamartetrusco | 2012-01-30 22:08 | Vita (人生)
2012年 01月 02日

初日の出

元旦の初日の出。
モンテフィオラーレ自宅テラス、朝7;40分、薄明の暗がりに遠方の山空を赤く
染める朝焼けを拝む。
今年も健やかに良い年でありますように。

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by jamartetrusco | 2012-01-02 18:53 | Vita (人生)
2011年 12月 23日

クリスマス目前にて思う

クリスマス前学校が今日でいよいよ終了。とは言えこのところ父兄面接とか来年からの高等教育の学校
見学など頭を悩ますことが続くこのごろ。娘が来年の6月までで中学を卒業、いよいよその先を考えなくてはいけない時期となった。あまりの時の早さに親は戸惑うばかり。下の街グレーベには中学までのみ、その後はフィレンツェへ通うことになる。

イタリアの教育制度は日本とはやや異なる。まず小学校が5年、その後は中高一貫校として中学校が3年、続いて高校に当るのが5年間という2段階に分かれる。義務教育は5年の内、初めの2年まで。
つい最近解散したベルルスコーニ内閣時に、教育大臣ジェルミーニ女史の行った国費削減のための教育改革は反対派や学生によるデモを引き起こし論議を醸したが、法律は可決され、2010年より新たな制度が始まったばかりである。
高校の5年間はかなり専門的な教育体系になってくる。いわゆる専門学校的なものから、一般教育を主体にそれぞれの特色のあるものまでかなり細かく分かれていく。まず大学を目指したい人のためのリチェオという名前の学校はクラシコ(ラテン語の他にギリシャ語も学ぶ)、理数系のためのシエンティフィコ、第3外国語まで学べるリングィスティコ、音楽のミュジカーレ、人間科学を学ぶシエンツァ・ウマーナ、美術実践のアルティスティコの5種類。専門学校のほうはイスティトゥート・テクニコとプロフェッショナーレの2分類があり、その中にさらにかなり細分化された学部が構成される。マーケティング、観光業、電気技師、農業、科学、輸送業、コミュニケーション、ファッション、グラフィック、環境学などゆうに15項目以上あり、良く言えばすでに14、5歳にして将来の設計を建てるかのようなオブションが開かれる、悪く言えば何もわからないうちに選べざるを得ない状況となる。

この12月、1月と適した学校を見極めるための学校公開説明会に当るオープン・デーが続く。娘はすでにイタリア語以外に日本語も話すぐらいであるから語学への興味があり、外国語を多く学べるリチェオ・リングィスティコを選ぶ方向で考えている。先週と今週の週末に対象学校のオープン・デーがあり見学に行った。とは言えどの学校が良いか決めるのは難である。学校が家からそんなに遠くないこ、というのも我が家の場合大切なポイントである。なにしろフィレンツェ市内に行くには定期バスにて1時間かかるという田舎に住んでいるので致し方なし。通学が一時間以上となるとあまり好ましくない。グレーベの街から定期バスが学校まで連れて行ってくれる通学時間も30〜40分ですむフィレンツェ近郊のリチェオ・リングィスティコに娘はほぼ決心しているし、彼女が行きたい学校に行くのが一番とは思うが、しかし本心から言うとフィレンツェ出身の父親、外国人である母親の娘であるので私はフィレンツェの学校に通ってほしいな、と思うところはあるのだが。
いつまで郊外と田舎の往復では、年齢が進むに連れて飽きるのではとも思う。大したことはないにせよフィレンツェはまだ動きがあり人も多い都会であるから。

学校は開始が8:05から4時間の日と5時間の日の週6日。お昼は帰宅後というやや不可思議なシステムであるのはイタリアの労働組合の取り決めで教員が午後働くという契約がないためである。要するに昔からある
システムで時代に合う合わないに関わらず存続している制度であろう。市の公務員も以前は14:00でおしまいだったが今では午後も開いている窓口ができた。なのに学校はなぜ?と思うのだが。
イタリアという国の問題はシステムの不機能に対する変革の不可能さが初めも終わりもない蛇のように社会すべてをとぐろで巻き、にっちもさっちもいかない状況であると言える。そのため人々は「仕方がない」と言いながら暮らしているような気がする。そういう状況に対処するに必要なのは誠実、公平というよりは狡猾さ、不正というような社会。 そういうところはイタリアの問題。

教育に関しては幼稚園、小学校が一番質が高く、上がるにつれてお粗末になる、と言っていた父兄がいた。なんとなく納得するところもある。

いずれは娘はイタリアから飛び出してもらいたいと思う親心である。
ただイタリアで大変有り難いのは教科書代を除いて学費がかからないこと。そして私立公立の質の違いという
問題がほぼ皆無であること。ほとんどの生徒は公立学校に行くし、質の違いもあまりない、というのが現状。
あまり経済的な余裕のない我が家のようなケースには有り難いの一言。

教育と医療は経済的事情に関係なく受けることができるというイタリアの制度は文句はたくさんあるけれどまだまだ「腐っても鯛」と言えるだろうか。

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by jamartetrusco | 2011-12-23 01:16 | Vita (人生)