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2011年 06月 02日

Guai!

ニューヨークの出張より帰宅して久々に最愛のMacを開けたらなんとフリーズして
しまって、なにも起動しない。
そもそものguai (問題)の始まりはニューヨークから。
ネットがないと仕事に支障があるので娘のネットブックを持参でホテルにて無線Lan
を利用して便利に使っていた。と思いきや滞在最後の2日になって skypeが使用できなくなった。
マイクロソフトが買い取って起こった理由らしい、
新しいバージョンをダウンロードすればよいとフォーラムなどで皆アドバイスするものの
どうも苦手なウィンドウズの操作でなかなかうまくいかない。
結局帰宅してからやっとそれは解決。

しかし今度は私のMacの不機能。20年来お世話になるMac の専門家のジェルビの店に
すぐに駆けつける。いろいろやってみてくれたものの状況はかなり深刻ということで
とにかくデータを写してハードディスクを入れ替える作業になりそう、当分彼の元に入院。。
まあ娘のネットブックを使わせてもらうことにしてひとまず帰宅。
そうしたら次の朝から今度はネット接続ができない。
Ale の10年前のMacもまったくつながらない。
仕事がやまほどあるのに、どうするのーと悲痛な叫び。
プロバイダーの電話会社に電話して相談するがらちがあかない。
モデムが壊れているなんてわけのわからないことで相談料30ユーロというのだから
本当にぶったくり。
仕方がないからわが町のどこかで無線ランつながらないかうろうろして広場にて
やっとパスワードなしでつながるWifiにからくもつながった。
とにかく必要事項だけ連絡して、帰宅。
そうしたら不思議なことに今度は我が家のルーターが機能するようになっている。
いったいなんで?
やれやれ、と思って作業していたら、今度はとんでもないミスでExplorerを
キャンセルしてしまった、最新版の9が調子が悪いので8に戻そうとしたときの
ミス。
もう絶望的。またまた緊急にDoc Gerbiにかけつける。
簡単にインストールできると思ったら案外ややこしい。結局 Firefoxをとりあえず
入れてもらって帰ってきた。こちらブラウザーのほうがなれているので使いやすい、
今日はイタリアは祝日なのでまた金曜日にエクスプローラーは入れてもらう作業を
してもらうということで。
そうしたらまたまた自宅のネット接続障害、もう頭の毛がさかだってギャーという感じ。
夕食後また広場にてからくもつながってそしてまた家にもどったら今度は自宅も
接続再開。

ネットの電波の不思議?もしかすると空気中に飛び交う電波を家にもちかえって
それを我が家のシステムにガソリンのように注入している、という感じにしか思えない。

このミステリーだれかに説明してもらいたいものである。

ということで今日はまだ接続した状況である。このままうまくいけばよいけれど。

まあとりあえずここにこの数日のアクシデントの数々を記録として記しておく。

2011年6月2日 イタリア時間12時13分

追記
いろいろ調べていたらなんとIEが嫌いでどうやって削除できるか聞いている人も
いた。やり方はまさに私がしてしまった操作であった。それによるとIEがなくても
なんの支障もないということなので、一安心、使いにくさでは一番のIEであるのは
まさに同意権である。
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by jamartetrusco | 2011-06-02 19:18 | Vita (人生)
2011年 04月 28日

猫の本能


母猫のミヌーの本能的行動の不思議。
子猫3匹が生まれて1週間程ダンボール箱を住処としていたが
25日の朝突然子猫をそろそろと一匹ずつ寝室の娘のベッドの下に
移動始めた。どうして?というのもわからない。
やはり居間にいると落ち着かないからだろうか。人の出入りもあるし
私たちも絶えず覗き込むから。
子猫もうっすらと目を開き出したこともあって方向感覚がなくダンボール箱
の中を転げ回り母猫もしきりと心配そうにしていたのは事実である。
ベッドのマットレスの上には娘の小さい頃からのお気に入りのぬいぐるみが多数
あって良いクッションにもなるらしい。落ち着いた寝床の感覚があるのかもしれない。
移動させた途端に不思議なぐらい、子猫達も心休まったようにひとつの玉の
ようになって気持ちよさそうである。母ミヌーが席を外してもぬいぐるみに囲まれて
心地良さを感じるのかもしれない。犬のぬいぐるみの影に隠れている子もいる。
動物の本能の不思議。
いよいよ目も開き出して子猫の可愛さが数十倍になってきている。
生き物の成長を刻々と体験できるのは本当の幸せである。


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by jamartetrusco | 2011-04-28 21:50 | Vita (人生)
2011年 04月 24日

自然エネルギ−に向けて

「自然エネルギー財団」の設立を発表したソフトバンク社長孫正義記者会見
これからの新しいエネルギー開発へ向けて批判ばかりではなく具体的に行動を起こして行こうという孫氏の決断と覚悟は素晴らしい。
今後の動きに是非注目したい。
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by jamartetrusco | 2011-04-24 00:47 | Vita (人生)
2011年 04月 19日

ミヌーの出産

ミヌーの出産記録。

16日(土曜日)の深夜、ということはカレンダーでは17日(日曜日)に入って、ミヌーが
ミャオーミャオーと辛そうな鳴き声を始めた。いよいよお産の始まり、ということはわか
っていたが(ちょうど60日程経っていたので)どこでお産をするかが問題。寝室の我々の
ベッドの上とか下とかが安心する場所であり、そこでお産されても困るので極力寝室には
この数日いれないようにして、猫のお産について書いてあるアドバイスに従って大きめの
ダンボール箱を用意して寝床を作ったのだが、そこにはなかなか入ってくれない。
さてどうなるか、と正直わからなかった。
しかし陣痛が始まってうろうろし始め、買い主である私たち家族3人の顔をみながら
お産の場所を探している様子がよくわかった。でも深夜12時も回り娘と私は眠さに
負けてそろそろ寝ようかと言っていた矢先、アレが「ソファーの上でお産始まるよ!」と
叫び、あわててかけつけた。汚れて良い布地をかぶせたソファーにてお産が始まった。
第一子はいとも簡単に無事出産。猫の舐める威力はすごい。子猫も舐めることにより
どんどんその毛並みも見えてくる。ちょうど17日の1時頃の誕生である。
その後2匹目はいつか、いつかと待っていたものの、ちっとも気配がなく、では一匹だけ
だったのかな、なんて思ったり。でもあのお腹の大きさを思うとそれはあり得ない。
ソファ−の上はやはり安定感がないし、子供が落ちたりしたら大変だという本能から
そろりそろりとくわえて用意しておいたダンボ−ルの箱の寝床に移った。
まずは一安心なのでミヌーをそこに残して皆就寝。すでに2時半をまわっていた。

どうしているか心配もあったのか夢うつつの浅い眠りで、猫の夢ばかり見ていたようである。
鳴き声など聞こえるかな、とときどき耳を澄ませたがしーんとしている。
寝られぬ夜を過ごして、朝7時頃ミヌーの様子が心配で起きる。
そして箱を覗いてみたら、なんと後2匹の赤ちゃんを無事生んでいた。
猫の出産について調べてみたら長いときは6時間ぐらいかけて数匹生むようである。
だからきっと早朝5時,6時頃までお産を繰り返していたのかもしれない。
母親強し。日曜日は一日中どこにも動かずにずっと授乳していた。

なにしろ家族全員猫の出産に立ち会うのは初めてだったので大変に感動した。
生きる命を前に久々の手放しの喜びを感じる。

2011年4月17日無事3匹の子猫生まれる。

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by jamartetrusco | 2011-04-19 00:08 | Vita (人生)
2011年 04月 15日

考えをまとめる

今回の大震災後の原発危機に対する私の意見をここでひとつまとめてみたいと思う。
様々な情報が飛び交う中すこしずつ見えてくる事実。
地震と津波の大災害に被災された東日本の方々にとってはまず毎日生きること
が精一杯であり、原発の危機とともに被る放射性物質がもたらす現実のそして風評の
被害の甚大さを目の前にして、それを巡る原発賛否両論などただむなしく、空々しく
評論家の詭弁に聞こえるに違いない。
被災し、必死で困難を乗り越えようとしている方々、また津波で奪われた多くの人びとの
尊い命の悲劇を忘れたかのように、原発危機への言及と論議が日本はもちろんのこと
世界のメディアを満たしている。大げさに語るスキャンダル誌の紙面から正確な意見を
述べようと勤める報道まで。ヨーロッパはすでにチェルノビイリの原発事故を一度体験して
いるから多少冷静かもしれないが。

今回の大震災を前に、日本の良さと悪さが如実に露見されたと思うのは私だけではあるまい、
被災者の方々の冷静で気骨ある対応ぶりや、心を同じくして援助しようとする多くの人びと、
日本国民の持つ生来の我慢強さと勤勉さ、文句を言わずにやるべきことを淡々とこなしていく
禅的精神、自然の脅威の前に謙虚に人間の存在の弱さを感受しながら未来に向ける目線、
それらがもたらす肯定的なエネルギーは回りの者を取り込みながら着実に回復への道を
見いだしていくに違いない。こららはすべて日本の文化、精神の長く培われてきた賜物であり、
世界の人びとがこぞって脱帽して見る日本人の世界無比の素質である。

これに対して日本の悪い面というのは、日本の組織である。、政府、企業、官僚、それぞれが
悪循環のように互いに絡み合いながら今まで築き上げてきた組織の中の体質、お互いに顔色を
うかがいながら、そして決定はだれがするともなく、上にいる事実上の決定権を持つトップも
自分で自分の決定に責任をとりたくないので、決定をどこか回りの責任を転換できる弱者に向ける。
そういったしわ寄せが最終的にまわってくるのは一番弱い立場の人たち。だから自殺する人も出る。
いつも「前例がありませんので」ということを理由にひとつの決定を後回しにする。
そして回りの風向きが変わったらしいというのがほぼ確実になってくると突如として一斉にそちら
にむいて猛進する。それも最初に提案したマイノリティ−は踏みつけにして。
黒澤明監督がいみじくも映画にて語った「悪い奴ほどよく眠る」は実に健在なのである。
このような権力者達の責任の所在は確かにせず、なあなあに物事を決めていく。

今回の原発の危機はまさにそのような日本の社会組織機構をそのまま見せつけられたようである。
今までそこまでの危機や事故がなかったから、起こるかもしれない危機や事故に対しては
対策を最低限にとどめ、それに苦言する人などは無視。大きな組織の中の暗黙の了解にて
利権と経済的利益のみを追求してきた状況が今回の原発事故を引き起こしたのである。
日本のこのような組織体質を抜本的に改革しない限り原発の次の悲劇はまた起こるだろう。
そして国民もこういった状況を変える術を知らない、または知りたいとも思わない。
このような状況を変えるのは今しかないかもしれない。また見えないがんじがらめの権力に
封印されなければ。

またよく聞かれる「想定外」なんていう論理はまったくおかしなものである。
人間が想定した通りに起こる天災などどこにあるのか。科学者でも専門家でも100%確信できない
のがこの宇宙の、自然の深淵さなのであり、想定できると思うのは人間の奢り以外なにものでも
ない。科学の限界はこの人間の奢りの限界である。
私が芸術が科学より上であると思うのは芸術には限界はないから、精神には物質を越えた可能性が
あるから。その可能性の中で飛翔できるのが芸術家であり、故に太古より生活には直接関係のない
芸術への追求があったのである。

私は基本的に原発には反対である。というのは原発の事故が起こったときに対処できる解決策
や技術が未だに発見できていないから。アメリカやフランス、ロシアなどの原発国でももしそういった技術を開発しているのであれば今回の福島原発の危機にもどこかで使われたであろう。
未だにそういったニュースは聞かない。
そしてそれにも増して原発から出る廃棄物が何万年も毒を出し続けるという事実が考えられないぐらい恐ろしいことだから。 ただただ地下奥深くに埋めておく、というしかないということ。
そんな怪物をどうして次世代に残していくことができるのか。あまりにも無責任すぎる。
一体月にロケットを飛ばすとか、そんなことにお金と時間をかけている暇があったら何故今まで
核に対抗できる技術なりなんなりを研究開発してこなかったのだろう。毒があれば解毒剤は常に
必要であろう。米ソの冷戦時代の権力闘争、原発を使って自身の掲げる消費国家のモラルの
継承者として日本という小さい地震国を米国の植民地化したとしか思えない。

もうひとつの反対理由は原発が常に美しい自然のある農村や漁業地の比較的過疎地に作
られるからである。これはいかにも許しがたい。
仕事を生むとか、お金が入ってくるなどとい空々しい議論にてそういった地域を侵略していくそのやり方は欺瞞に満ちている、。、大都会への電力供給のために素晴らしい自然のある素朴な大地と人びとを踏みつけにするという傲慢。こんなことは許されるべきでない。何かあったときに犠牲になるのはまぎれもなく強引に押し付けられたこのような地域の人びとと大地なのであるから。
先日のオンライン配信の会合の中で岩手県だったか親戚に被災した方がいるという男性が質問応答の
機会を使って声をふるわせながら言っていた言葉が心に響いた。「多大な電力が必要な首都圏に
原発を作れば良いではないか、そこに作ることのできるほどの安全な原発を作れば良いのだ。」
と。誰もが100%原発の安全性を保証できないからこそ人口密度の多い都市には建設できないのだろう。
それが事実であればそんな安全性のないものを他の地域に押し付けるという論理は根本的に間違っている。

それでは原発の代替エネルギーはどうか、原発推進にはクリーン・エネルギーである、という
理屈がある。確かに原発を廃止してまた石炭に戻るのであれば環境への好影響はないことも
明白である。今後石油、石炭に代わる次のクリーン・エネルギーを世界を上げて開発していかなければならないのは明白であろう。そうなって行く過程で徐々に原発を廃炉していくしかない。一体どれだけの年月が必要かわからない。そして今の世界の体制の中でそのような長い視野をもって動く政治家や資産家がいるのだろうか。なぜならお金ある所に悪あり、の縮図のほうが可能性が高いから。

だからこそ今日本がこの100年来の西欧優位主義の経済、社会の発展から次のページに世界を変えていく役割を負ってほしいと思うのである。日本という自然の機微を愛し、雨の音にも何種類の言葉を持ち、季節折々に合った生活を送ってきた小さな国、そしてその国を支える争いを避け調和を保とうとする人びとが今こそ世界に対して見せてほしいのである。
今の日本は見方を変えればこれからの世界の行く末を変えることのできる力を備えているかもしれないのだから。

イギリスの左翼系新聞のガーディアンの環境関係のブログを担当するGeorge Monbiot氏の記事は全く違った見解をみせていて興味深い。
彼は以前から環境問題への追求をし、グローバルウォーミングへの危機感から様々な議論を
呈示してきた。もともと原発に対しても容認派ではなかったらしいが、今回の危機で考えを
変え、原発推進にまわるというのである。あんな大変な災害にもこれぐらいの被害で済んだのだ
ということを揚げながら。反対派にしてみればけしからん謀反者である。
地球温暖化をこれ以上進めないために今のところ他に道はない、という。ただし彼は地震や津波のない英国に生きているからこそ言える論理でもあるが。
反原発派(彼に反対するHelen Caldicott女史)の論理は事実を誇張したり、また事実に基づかない数字を出して、意見を迷わす、というのである。要するにすべては実際のデータによる証明が必要である、ということ。要するに原発の肯定的、否定的両面を考慮した上で意見するというところが、単なる推進派とも、反対派とも違う公平な見解を見せており、真の報道を追求した良い記事であると思う。

私は足りるだけの環境の中で贅沢などなくても気持ちよく住み、美味しい食を楽しみ、好きな音楽や
絵画を見て、好きな服を着て、自然を愛でながら、良い少数の友を持って他人に自然に迷惑を
かけずに生きたい一人である。
がんがんの左翼系アクティビストでも政治プロパガンダ提唱者でもなんでもない。人びとにはそれぞれの生活があるだろうから一概に「あなたは間違っている!」、などと断言するような奢りも持ちたくない。
しかし人間がこの自然、宇宙に住む一員として何がして良いことかして悪いことか、どうしたら人間が自然とともにこの宇宙に生きていけるかどうかへの知恵や真実の探求への感受性はもっていると思う。
歴史から文学から人間のなんたるものであるかを学びたいとも思う。
そして芸術至上主義を今後も持ち続ける。

藤棚の満開のある日。

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by jamartetrusco | 2011-04-15 20:56 | Vita (人生)
2011年 04月 14日

No More Fukushima

No More Fukushima

原発反対署名サイト。
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by jamartetrusco | 2011-04-14 15:56 | Vita (人生)
2011年 04月 13日

先日のコンサートの結果ご報告

先日のローマでのチャリティー・コンサートの結果報告が企画者の平井さんより
ありましたのでここに添付致します。

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by jamartetrusco | 2011-04-13 01:47 | Vita (人生)
2011年 03月 29日

日本の無数の友に告ぐ

トスカーナに住む彫刻、絵画、焼物を制作する作家、アコーディオンをたった2年で心に響く音色にて弾くことのできる音楽家、味わいある篭作りのできる工芸家、そしてなによりも母であり、有機農場を営む夫のアンドレアを支える協力者であり、 体ごと人間の本来の生き方を実践している素晴らしい4人家族の一員であるマドカさん。同じトスカーナとは言えやや離れており、お互いに田舎暮らしのこともあり、年に一度ぐらいしか会う機会が作れない。お隣さんであったらどんなに嬉しいかと思う大切な友人である。
彼女とはこの大震災後、お宅まで御邪魔してじっくり話す時間をもつことができた。

海外に住み、生きる上の哲学のおかげで金銭的には十分足りるという生活ではなくても、精神的には素晴らしく豊かであり、自然に囲まれた環境にあり、イタリア人の夫を持ち、母であり、そしてなによりも今の日本のおかれている悲劇に心から涙する心情が同じである彼女と私。

いったいこの状況をどうして良い方向に持っていけるだろう、どうしたらこの原発のこれ以上の
悲劇を収束することができるのだろう、語るのはやさしいがいざどうしたら行動に移せるか。

彼女から今日素晴らしいメッセージが届いた。
日本にいる被災したご家族を持つ友人に当てたものであるが、彼女の切実な叫びはなんと力強く私の心にそのままつきささってきたか。私の今の気持ちをそのまま代弁してくれた彼女に感謝するととも
すべての思いを同じくする日本の方々に告げたいメッセージでもあるので彼女の許可をもらいここに紹介したい。

_______________

地震から一週間のあいだ、私は一日中パソコンに張り付いて日本がどうなっているのか何とか知ろうとし、何も手につかず、ニュースを見ては泣いてばかりいました。
ご飯も食べれず、ねむれず、ウトウトすれば恐ろしい夢でとびおきる。
人生のうち半分を海外で暮らしてきて、日本人であることをこんなに自覚する日がくるとは夢にも思っていなかった。海外に住んでいる人たちは皆そうだと思います。


「いま、私はなにができるのか。」
日本中が考えていますね。
募金する、節電する、買い控える、文句たれない。
自転車屋さんは現地でパンクをなおし、床屋さんは避難所で散髪し、中学生はトイレ掃除をする。
店を持つ人は商品を提供し、医師は自腹を切って危険区域に診療に行く。
家を失った人が途方にくれた留学生を助け、家も家族もなにもかも失った人さえが、被災者を励ますための張り紙をする。


なんてことだなんてことだなんてことだ。
日本はこの大災害を通して、自分でも存在さえ忘れていた宝を、物欲消費無関心のチリの下から見つけ出したんだね。
思いやり、とか言葉にするととたんに安っぽくなるんだけど。
みんながみんなを思いやる、いたわりあう。こんな日がくるなんて。
かつてそんなことがあっただろうか?
日本人であることを今、心から誇りに思います。


もしかしたら、いまなら、声が届くかもしれない。


悲しくて仕方がないけど、私たち、泣いている場合じゃありません。
「いま、なにができるのか」のほかに、もうひとつ「いま、なにをしなくてはいけないのか」を考えましょう。

私はずっと、それなりに不自由なく暮らしながらも、心にいつも絶望に近いものをかかえて生きてきました。
子供をもったときからかしら。
これが大人になるってことなのかしらね。

目先の便利さにつられて、私たちはこんなところまできてしまった。
空気も水も土も汚れ、ひとは物欲と自我にこりかたまり、気持ちを通じあわせる努力も忘れ、
奪い合い、殺し合い、飢えて死ぬ子供の存在は知っていても、とりあえず、今日楽しく暮らせればいい。


「終末の予感が社会の随所に見えている。
ホモサピエンスという種の終わりが見えている。
洞窟のいきどまり。「トムソーヤの冒険」のインジャンジョーの死に様のようだ。」
(池澤夏樹「母なる自然のおっぱい」あとがきより)


どうして皆気がつかないの? 
気づかないふりをして生きているの?
私たちの子供のものであるはずの未来に希望はもてず、気持ちを誰かに伝えてみても、言葉は口から出るはしから消えていく。
むなしくてむなしくて、生きるのがいやになる。


暴走する巨大な車輪の上で、わたしたちはやみくもに走ってきました。
そっちに行っちゃいけないってわかってるのに、誰にもとめられない。
少しでも足を止めたらあっという間に下敷きになってしまうから。

だから、世界から眼をそむけて、制作する。
自分の内側へ、内側へと降りていけば、むなしさはとりあえず忘れていられるから。
そうでしょう?
ものづくりの友よ!
今日自分ができることを一つ一つやっていくんだって自分にいいきかせながら来たよね。
だってそうするしかなかったから。
でも、いまはそれじゃあいかんのよ。
作品で表現する?
そんな悠長なことをいっとってはいかんのよ。


3月11日。
暴走する巨大な車輪がとまりました。奇跡です。
世界中が息をつめて見守っています。
今なら、方向を変えられるかもしれない。

いましかない!!
これが、最大で、おそらく最後のチャンスです。


大震災から3週間目に入って、そろそろ政府が今後の見通し、政策を打ち出し始めていますね。
「原発の今後のあり方を・・・」「安全面での強化を・・・」
NHKの発表では、福岡県民へのアンケートで51パーセント(「仕方がない」も含めて)が原発賛成派だとか。
そんなの誰が信じますか?
地震に耐えた?
サダム・フセインやカダフィーのような独裁者が、自身の終わりとともに世界を地獄の道づれにしない、と誰が言い切れますか?
世界が信頼で成り立っていること、それがどれだけもろいものか、9月11日を忘れたのですか?


安全安全ゆっとるひとは、みんな、原発20km以内に住まわせればよい。
「人体に影響ない」んだから、シーベルト野菜を食べ、子供にベクレルミルクを飲ませればいい。ガンになっても保障は出ない。放射能のせいという証拠がでてこないから。


最近ひとつよい講演会をyoutubeでみました。
http://bit.ly/eEjgkR
田中優という準教授が、放射能が食物連鎖によって濃縮されていくシステム、替用エネルギーの具体案をわかりやすく語っています。
前半は気持ちが暗くなるけど、後半は希望に満ち溢れていて救われます。

原発がどれだけ高くつくものか。
世界中の先進国で使われている一線の替用エネルギー技術が、ほとんど日本のものである事実。
各自治体レベルでの、海上風力・波力・地熱・太陽光、それらを併せれば、日本は世界屈指のエネルギー産出国になれると。
田中さんのいうことには齟齬がある、と批判する声もあります。
フツウの人である私には、どうなのかわかりません。
でも、日本の知力と技術を総結集すれば・・・そして、皆が願えば・・・できないことなんてないはずだ、絶対に。


昨日、ドイツ全土で25万人の反原発デモがありました。
東京と名古屋でもあったそうですね、反原発デモ。イタリアの新聞に書いてありましたよ。
数百人規模ってこれほんとですか?
みんなショックからまだ立ち上がってないだけだと信じたい。まさか無関心だなんてはずはないよね。


わたしたちの子供に何を残したいですか?
洗濯物も干せない空気ですか?
食べられない魚、飲めない水、鳥の鳴かない春ですか?


しあわせってなんでしょうね。
干してふくふくになったふとん。
日溜り。そよかぜ。花の香り。雨のにおい。
季節の素材でつくったおいしいごはんを、大事な人と食べること。
見知らぬ人に示される一瞬の好意。
自分のしたことが人に喜ばれるとき。


わたしにとってはこういうものです。
これらとひきかえにしても得たいものっていったいなんですか。


当面の放射能危機をのりこえれば(乗り越えることを心から願いますが)、政府はマスコミを巻き込み、全力で事実を忘れさせようとするでしょう。
丸め込まれたらおしまいです。
車輪が、また回り始める前になんとかしなければ。


提言。
日本は原発を廃止して、替用エネルギーに総力をそそぎます。
さらには原子炉解体技術の開発をして、全世界に提供します。


原子炉解体技術がないなんて、血清をもたずに毒蛇と遊ぶようなものでしょ?
こいつが開発できれば世界の役に立ち、さらにお金も入る!


最初の3年、4年、5年くらいは不自由があるかもしれません。
それがなんだというのでしょう。
日本大改革、やりましょうよ。
日本がかわれば世界がかわります。
民度がどうのって、つまんないことによろこんでいるばあいじゃないでしょう?
20年後30年後、私たちの子供に、そして孫に誇りを持って語れる歴史をつくりましょうよ。
「あの時、あの犠牲があったからこそ、私たちはかわれたんだ。私たちが変えたんだよ。」って言えるように。

それが、亡くなった人たちへの何よりの供養じゃないですか?
そして、これから放射能という十字架を背負って生きていくひとたちへの。


もう人任せはやめましょうよ。
もう時間がない。
私たちが決めるのです。


いま!

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by jamartetrusco | 2011-03-29 22:00 | Vita (人生)
2011年 03月 27日

もうひとつの話し

田中優氏の提案

この話しは単なる原発反対,反対という否定的で暗い話しではなく
肯定的な解決を見いだそうとしている大変良い話しであると思う。
是非多くの方々に聞いて頂きたい。

電力会社の横暴から抜け出してこんな風に日本が変わっていったら理想的だ。
これからの日本の未来を作るために日本国民が今こそ動くべきである。
大震災をきっかけに真の民主化を計ろう。
日本の偉大を世界に示すことのできる真の民主革命、日本ルネサンスと
なることを願って。

追記
日本への原発の導入もすべて冷戦中の米ソ間の日本征服を背景にあるということがよくわかるこの
ブログで紹介されたNHKの1994年放映の番組。
NHK 現代史スクープドキュメント 原発導入のシナリオ ~冷戦下の対日原子力戦略~
一般の国民など全く関係なしに政治の絡繰りにより世界は、歴史は動いていくこと。
なんという無力だろう。
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by jamartetrusco | 2011-03-27 02:51 | Vita (人生)
2011年 03月 21日

今回の原発の危機を思う

今回の東北関東大震災で起こった原発事故の終息の彼方は未だおぼつかない。
様々な決死の試みがなされ少しずつ良い方向に向かっているように見えるが
被ばくの恐怖はまだ暗く日本を被っている。
日本の政府とマスコミは真実を半分しか述べていない事実もあるようだ。
なるべく心配なことは見たくない、大丈夫と言われたいというのが普通の人間の
本能であろうが、しかし真実を知った上で危機感を持ちながらその上に立った
正しい解決法を大きなヴィジョンを持って探し実行していく、というのが今の
日本の重大な立場に必要なことであると心から思う。
イタリアにいるのでテレビのニュースはオンライン配信しているNHK、そして
最初の1週間配信していたTBSぐらい、その他は私が個人的に信頼感を持つBBCの
大震災ライブニュースを追うぐらいであった。
その中で様々な書き込みも参考になるものである。そのおかげで知ったいくつかの
情報。
中で実情の恐ろしさを熱っぽく語る広瀬隆氏(ニュースの深層という番組でも
話した)の以下のインタビューは説得力がある。

予言されていた原発震災
。やや長いが一聴の価値あり。
もうひとつ明確な解説と論理的で冷静な答えを求めようとする大前研一氏の話しが興味深い。
どこか嫌みな感じはするのは否めないがこのひとを現在のリーダーにしたら良いのではと思えて
しまう。
地震発生から1週間


もちろん一部の意見でありすべてが正しいと言えないかもしれないが、テレビのニュース
を見ていると真実が本当に伝わるのかという疑問は私自身も思うところである。
どこかお茶を濁したような曖昧な説明、御用学者の論説といった印象を受ける。
海外のメディアが原発危機にばかり焦点を合わせてかなりスキャンダラスに扱い、大震災の
被害を全身で受けた人びとの苦悩がその影に隠れているということもあるのだが、
しかし原発の事故は本当に恐ろしいのである。真実をもっと明快に語る必要を迫る海外
メディアの日本政府の対応への不信感は当然と思わざるをないところもある。

本当に日本がこの大変な事態を克服して原発終息する状況になる日を望むばかりだが、
これをきっかけに原発に対する考え方を根本から変える必要があると思う。
原子力の廃棄物自体が汚染として恒久的に残るという恐ろしさを当たり前のように
考えている現在の人間はどうしたのだろう。
こんな恐ろしいエネルギー源が万が一事故になった場合に取り返しがつかないという
状況。要するに事故の対策の解決法すら世界にないという状況。
ただただ冷却するのを待ちコンクリート固めにするしかないということ。
一体20世紀以降、いやたった戦後60年間、一体人間は未来の我々の子孫に何を
残してきたのだろうか。
この100年で行った人間の愚業、金儲けにかかわる悪業、自然の破壊。
過去何千年に渡って後に伝えてきた人類の文明はここに来て破滅の一途を辿ることに
なるのだろうか。

昨晩19日は満月。月が地球に近くなる日というので通常より大きい満月、輝きも
普段より強いような気がした。
この月に向かって心から日本の無事を祈った。

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by jamartetrusco | 2011-03-21 02:14 | Vita (人生)