カテゴリ:Viaggio(旅)( 22 )


2015年 09月 27日

ヴェネチア絶景

ヴェネチアの夕日。
絶景かな、絶景かな。

儚い夢のような街。サン・マルコ広場とその付近の雑踏を避けさせすれば
これほどまでにマジカルな街はない。

海、運河、橋、広場、狭い路地。
車不在の街は人間の生活を豊かにする。

そしてヴェネチアの人々は陽気である。仕事帰りに行きつけのバーで必ず
食前酒をひっかける人々。老若男女問わず。
飲酒運転の心配がないから、皆のびのびとしている。
人間の原点、本来の姿、歩くことの大切さ。
ヴェネチアの人々は自分の街を誇りに思っているのがよくわかる。

城塞のような閉鎖的なフィレンツェとは対照的に東洋の窓口であった歴史を
感じさせる色鮮やかな港町、世界へと目が向いている。
毎年ある映画祭はもちろんのこと、アート、建築のビエンナーレが1年おきにある
刺激的な街。

フィレンツェの友人がヴェネチアに行くと落ち着かなくなる、海に浮かんでいるから、
そして憂鬱になる、朽ち果てていく感じが、と言っていたのを思い出し、
私とはまるで正反対な情感の人もいるものだ、と驚くとともに、真の心の友とは
なれないだろう、と思った、 ヴェネチアの真の美しさが理解できない人とは。。。

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by jamartetrusco | 2015-09-27 17:57 | Viaggio(旅)
2015年 09月 25日

ヴェネチアー潜む顔

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最後に更新してからなんともう2ヶ月が経ってしまった。忙しかった7月後半、そして日本へ
帰郷、あっという間の1ヶ月の夏の京都。
そして9月頭に帰宅。
あまりにも多くのことがあったこの2ヶ月。仕事も、新しい展開を見せる。
アレの来年の展覧会の予定も概ね決まったこの夏。
娘にとっての日本もまた違った眼鏡で映った今回の滞在。きらめくような
心弾む滞在であった。

イタリアに戻って数日後、ヴェネチアに発った。日本の余韻が未だ消えない頃。
新たな旅へと。荷物を開けて片付けたと思ったら、また新たな荷物を
詰める作業、旅の一番苦手な一面かもしれない。我ながら持って行く着替え等は
少ない方と思うが、それでもー
何も持たずに動けたらどんなに素晴らしいだろう。

ヴェネチアは着いた日、素晴らしい快晴。まだまだ暖かい。
今回の滞在はヴェネチア・ビエンナーレのすぐ近く。いつもは正反対の地域である
カナレッジョに泊まるのであるが、今回初めて泊まるカステッロ地区。
巨大なビエンナーレ会場を見終わる頃には疲れ果てて周りを散策する余裕など
ないが、今回は着いた日の午後、他に回る気分でもないのでゆったりとこの
地域を歩いた。

わかったことはこの地域はビエンナーレの国際的な動きと裏腹に庶民の土地である
ことだ。土地の人がどのようにこのアートの祭典を捉えているかは聞く由ももない。
またこの土地にはヴェネチアで一番古い教会、サンマルコ教会の先祖のような
教会があるのである。
ひっそりとした広場にあるまるでピサの斜塔のような傾いたと鐘楼。
周りに座っているのは地元の人ばかり。
午後の日差しがだんたんと傾いてくる中、光が美しく細部を映し出す。
運河の苔むした壁の色、朽ち果てた中の美しさ。
誰も振り向きもしないだろう、ひっそりと佇む石壁にこちらを眺めるかのような
小さな鉄の人物。

ヴェネチアの美しさが潜む。

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by jamartetrusco | 2015-09-25 03:30 | Viaggio(旅)
2011年 04月 10日

EUR風景

画像が自ずと語るEURの不思議な風景。

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by jamartetrusco | 2011-04-10 17:03 | Viaggio(旅)
2011年 04月 08日

四角いコロッセオのあるEUR

ローマの南西、海へとつながる地域で、地下鉄のB線の終点近くにムッソリーニ統治下
ファシスト時代に作られた新興都市の一群の建造物がある。1942年のローマ万博に備えて
作られた都市計画だが、大戦突入のため万博は実現されることはなかった。
ローマには多くの史跡があり、ここまで足を延ばすことは通常あまりないのだが、今回の
滞在中に友人のおすすめのイタリアの民族音楽のミュージシャン達の演奏会がここにある
伝統文化博物館にて開催されることもあり、その前に周辺を探索する機会を得た。
主にビジネス街なので週末になると人気のなくなるこの地域。
初夏のような強い日差しを満身に浴びながら土曜日の午後のまるで都会砂漠のような
通りを歩くとデキリコのシュールリアリズムの絵にある光景に入り込んだようである。
イタリアのファシスト時代の建築物は政治的独裁主義の多くのプロバガンダ的芸術が
常にそうであるように、どこか気味の悪い自信満々ぶりがあり以前は受け付けなかったのであるが、
近年になりある程度その質を理解できるようになった。
それは使われている建築素材が「本物」であるということ。
イタリアにて本物の素材を使って建てられた公共建築物というのはファシスト時代がほぼ最後と
言えるほどである。それ以降に建てられた建物のお粗末さは目も当てられない。
もちろん有名建築家による多大な費用をかけた音楽堂とか教会とかは別として。
その意味ではこのEUR地区を歩いてひとづつの建物の石造りの重厚さは本物であるだけに
その意義を示す。
またその規模の非人間的大きさは古代ローマの皇帝建築、またはナポレオン時代のフランス
のそれを思わせる。
たぶんムッソリーニ自身、皇帝としてありたい自分を想像しながら設計したに違いない。
独裁的人物の権威象徴主義的美意識はいつの時代も同じである。
特に目を惹く建物は「四角いコロッセオ」と呼ばれるイタリア文明館。キリコの絵に登場する建物
のような半円形のアーチ型の窓が建物全体を被う渾名の通りローマのコロッセオの様式を想起させる。
この地区にはその他に古代ローマ文明博物館、中世文明博物館、民族博物館、イタリア伝統文化
博物館など集まっている。
民族博物館と伝統文化博物館の2館に入ったがさほど大きくないものの良い収蔵品である。
土曜日の午後だと言うのに入館者は我々の他に数人というまるでなんのために開いているのか
わからないぐらいである。おせやおせやの観光客でごったがえすローマの観光名所に嫌気がさした
方にはこのEUR見物はおすすめである。
深閑とした空気に包まれた超現実的な建造物の彼方に古代ローマの礎を見た。

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by jamartetrusco | 2011-04-08 18:54 | Viaggio(旅)
2009年 07月 31日

ヴェネチアの古橋

暑いまっさかりの7月にヴェンチアを訪れるのは初めてである。
友人達とビエンナーレと以前記事にした"In-Finitum"展を見るためだ。
しかしそれにもましてヴェネチアという世界唯一稀な美しい街を訪れる
ことの喜び。
何回来てもどんな季節に来てもこの街のその類い稀なる美しさに心を
揺さぶられる。
ラグーナに浮かぶ夢のような儚さを持つ街。
ヴェネチアの歴史的な偉大と建築美。観光客のごったがえすサン・マルコ広場を
一筋裏に入るだけで人気のなくなるその不思議な静けさ。この静けさは
近代の産物である車の不在から来る。車やオートバイなどの騒音に慣れた日常は
遥か彼方のものとなる。
すべてが水上を通しての生活。
この街で唯一らんかんのない古い橋、Ponte Chiodoの近くに宿をとった。
文字通りChiodo 釘のような橋。
ヴェネチアの魂はこんな小さな橋にも宿る。

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by jamartetrusco | 2009-07-31 16:41 | Viaggio(旅)
2009年 01月 08日

近くて遠い国

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今年の新年はスペイン、バレンシア地方の海辺の町にて迎えた。
クリスマスをイタリアや日本以外の国にて過ごしたのは久々である。
バレンシア地方はオレンジの畑が土地の多くを占めるようなオレンジ原産地である。
故に気候も温暖。
コスタ・ブランカとして有名な海岸線に点々と配された多くの都市はバレンシアと並んで圏を作るアリカンテまで続く。
トスカーナの海とちょうど対岸にあるコスタ・ブランカの海岸線。
日没を海で望めない寂しさがややあるものの、椰子の木が路上を飾る南国風景、永遠と続くオレンジ畑とそそり立つ険しい山との対象はトスカーナの海岸の町とはまたひと味違ったダイナミックで荒削りの圧倒的なパノラマである。
バレンシアはマドリッドで話すいわゆる標準語のスペイン語であるカスティリアーノ
語以外にバレンシアーノを話す。街角の表示も2種類混じり合う。かなりややこしい。

スペインというのはイタリアとどこか近しいイメージがある。
どちらも地中海性、太陽あふれる南の国のイメージ。言語も近いところがある。
しかしいつもながら感じるスペインとイタリアの違いを今回も再確認した。
というより私の知るトスカーナ人との違いと言った方が良いだろう。
スペイン人は何と言ったら良いのだろう。
生き方がまじめである。日本的な細やかさがある。
人柄が素朴でもっと荒削り、そして他人に対して親切である。
反対にトスカーナ人独特のユーモアまじりの皮肉はたぶん通じないだろう。
スペインはやはり闘牛のある国である。死が生活の裏にあるような根源的な
生き方をしているように見える。
一日を100%使って謳歌している。
朝は結構早いのにお昼は2:00をまわってやっと昼食が始まる感じ。
食べ終わるのは4:00過ぎであろう。この時間帯に町をうろうろすると
スペイン人は何処へというほど深閑としている。
夕方6:00頃になってやっと人影が現れ出す。それまではたぶんシエスタ。
夕食は10:00から食前酒。深夜からやっと夕食などという風景は
珍しくない。朝の4時5時まで元気で遊んでいる若者達。昼寝の効果だろう。

特に感心したのはスーパーマーケットや市場の充実。滞在していた港町にいくつあっただろう。いずれも清潔、整然として食品種類も整っている都会のスーパーである。
また小さな町でも必ず市長舍があり、小学校、中学校がある。医療センターやCasa de Culturaと呼ばれる文化センターがある。
小さい核に市民の必要とする施設がすべて完備しているのである。
そして何よりもイタリアより物価が安い。トスカーナではほぼ手の届かない存在となった新鮮な魚介類をどれだけ食べたことか。

普通の庶民がまだまだ生きる余地がある。発言権を持っている。
イタリアによく見られる周りを構わず携帯電話をかけまくり、大型車を乗り回すような成金的な輩が大変少ない。これは現在の首相のベルルスコーニの影響大であろう。
成金文化の権化のような存在だから。
まだまだ質素な生活が報われるような人間的な生き方ができる国である。

スペインでの2週間の滞在にて20年前の良きイタリアを思いだした。



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by jamartetrusco | 2009-01-08 00:10 | Viaggio(旅)
2008年 03月 26日

美術の飽食、そして亀裂

9日ほどの仕事の旅から戻ったばかりだが、滞在中に見た展覧会の総数14件、訪れた美術館の数10館。一日に多い時は3件の展覧会をみた感じで、最後には消化不良を起こすほどの美術の飽食感を味わった。
種類も幅に富むものである。
ロシア国立所蔵展、クラナッハ展
デュシャン、マン・レイ、ピカビア展 及びスペインの若くして亡くなった彫刻、インスタレーション作家ムニョス展
デンマークの現代陶芸家ボディル・マンツ展
「セザンヌとジャコメッティ」展
「オスカー・ココシュカ」展
「トニー・クラッグとメッサーシュミット」展
アルチンボルド展
「モネからピカソまで」展
マックス・エルンストの挿絵本コラージュ展
「モネ、カンディンスキー、ロスコーとその遺産」
「アートと数学ーデューラーからソルルウィット」展
「マシュー・バーニー」展

その他ベルベデーレ宮殿やレオポルド美術館の精神的苦悩の連続を味わう強烈な心理描写力のあるエゴン・シーレの作品群を堪能した。

ヨーロッパの主要都市にて行われる展覧会の質には毎回脱帽する。
特に最近のロンドンの企画展は主題の多様性と質の高さでは一番である。
ニューヨークやパリを抜いたと言っても過言ではない。
今回ロイヤル・アカデミーとテイトモダンにて観た展覧会以外にまだまだ見残した
展覧会が多くある。テイトブリテンのピーター・ドイグ展やヘイワード・ギャラリーの
ロドチェンコ写真展など。次回の旅まで開催していてほしい。

さてこの中から心に強く残った作品について追って書いていきたいのだが、まずは
消化したあとの作業となるだろう。
心も頭も体も吸収した美術の数々を少しずつ消化し血となり肉となるまで。


ドリス・サルセドの亀裂。テイトモダンのタービンホールのインスタレーションの一貫で、床に生々しい亀裂を創造した。
現代という世界の発展と平衡して存在してきた隠れた暗黒の側面である人種差別や植民地主義の欺瞞を亀裂を通して語るというものである。
下に何があるかわからない裂け目から覗くことは、人間の本能的恐怖心をあおる。
展覧会のために新たにコンクリート素材にてひび割れの空間を作り上げたというのだから大作である。未だにどのように作ったのか、不思議である。終了後はまたもとに
戻すはずであるから。


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by jamartetrusco | 2008-03-26 21:58 | Viaggio(旅)
2007年 03月 01日

ミュンヘンの旅 その1− Dan Flavinの回顧展


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ミュンヘンへは10数年ぶりの2回目の訪問。
このバイエルン王国末裔の町の3つのピナコテーカの存在に驚嘆する旅となった。特に圧巻なのはAlte Pinakothek Pinakothek-der-moderneの2館である。前者は14世紀から18世紀までのヨーロッパ美術、後者は現代美術のコレクションである。この真ん中に18世紀から19世紀にかけての美術を見せるバイエルン国王ルードヴィッヒ1世の創設したNeue Pinakothekがある。

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多くの充実した美術作品との出会いのあったミュンヘンの旅。
まずは現代美術館にて現在開催中のダン・フラヴィン回顧展
ダン・フラヴィンという作家はネオンを使った一連の作品で有名で、世界の現代美術館に行くと必ず一点や2点はお目にかかるアメリカのミニマリストの彫刻家である。1996年には亡くなっており、この展覧会はドイツでの初めての回顧展である。

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ミニマリズムの代表的作家と言えば絵画では初期のフランク・ステラ、アド・ラインハート、ソル・ルウィット、アグネス・マーティン、彫刻ではドナルド・ジャッド、カール・アンドレ、リチャード・セラなどなど。色や素材を重視し派生的な表現を省いた限りなく無に近い表現と言えようか。
一時期一世を風靡した現代アートの一傾向である。

このところミニマリズムはやや食傷気味であり、あまり熱を入れずに観ていたのが事実である。特にダン・フラヴィンというとネオンの光が目に痛くゆっくり観賞したい気分の作品でもなかったのであっさりと通り過ごしていた作家であった。
ところが、である。今回の回顧展でその作品を広範囲にわたり展観し、その作品の力と美しさに感嘆。単なるネオンの光を組み合わせた作品にも関わらずその光と空間の構築が素晴らしい。人工光の色彩の効力に新たな発見をした。

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ロシア構成主義の代表作家であるウラジミール・タトランに捧げるモニュメント。(上画像左奥)ニューヨークのアールデコ建築の頂点とも言えるエンパイヤービルやクライスラー・ビルの華やかさと光彩を放っている。シンプルな白ネオンに引き込まれる。また展示室をまるごと使ってのインスタレーション。緑、青、赤、それぞれの光の持つ異なる神秘性を体で感じた。
間接光の美しさや夜のネオン溢れる町が魅力的なのも人間の根源的な本能へのアピールか。
彼の作品はモノトーンである方が力強い。違う色を2色以上組み合わせると説得力をやや落とすようである。
それにしてもダン・フラヴィンはよくこれだけネオン漬けの人生を送れたものである。作家の執着心というのは実に超人的である。

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ところで今回の展覧会で思ったのは、一人の作家の意図するところを真に理解するためにはやはりたくさんの作品をみる必要があるということ。ひとつやふたつの作品ではその作家のエネルギー、思考体系、哲学、美的構築など理解するのは難しい。
少数の作品のみ見てある作家を判断するの間違っていると改めて思った。


何かを作り上げるという作業にはなみなみならぬエネルギーとインスピレーションの上下左右の広がりとそして過程から完成に導かれる必然性があるのだろうから。
抽象画を見てこんな絵は誰でも描ける、という発言はことさらに間違っているのである。


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by jamartetrusco | 2007-03-01 00:26 | Viaggio(旅)
2006年 11月 20日

陶器の町ファエンツァの文化サロン

フィレンツェからたったの2両編成の山越え電車にて行く程2時間弱。
アペニン山脈を越えるとエミリア・ロマーニャ州の人口55,000人程の陶器の町ファエンツァに辿り着く。焼き物をさすフランス語の言葉 Faience(ファヤンス)はこの町の名に由来する。
マヨルカ陶器とともに歴史を歩んできたこの町。町の産業の中心は陶器生産であり、陶芸家も数多い。

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そして設立からすでに100年の歴史を持ち国際的にも有名なMuseo Internazionale delle Ceramiche in Faenza ,通称MIC (ファエンツァ国際陶磁器博物館)が町の観光名所のひとつである。さらに隔年開催の国際陶陶磁器コンペはすでに来年2007年にて55回目をむかえる。過去には日本からも金賞受賞作家を輩出している。
また陶芸家、陶芸デザイン、陶芸への道へ進む人材育成の陶芸美術学校G Ballardiniもあり、国内外からの学生で一杯だ。

97年には世界で初めて樂焼を紹介するダイナミックな展覧会"Raku: A Dynasty of Japanese Ceramists"を主催した地でもある。この展覧会はMICにて開催の後、パリの日本文化会館、オランダ、レーワールデン陶磁器美術館に巡回した後、帰国展が東京のサントリー美術館にて開催されたのも記憶に新しい。

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ファエンツァの町角には陶芸が満ちている。店のショーウィンドーなどに焼き物作品をデザインとしてならべているところも多いし、作家紹介の場となっているレストランもある。
陶芸とは切っても切れない歴史を持つ町ならではの誇りと意気込みが感じられる。

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この週末この町にて芸術、文化に関心のある人の間で知らぬものはなかろうMuky夫人の屋敷にて日本の陶芸家の方の作品紹介とコンサートの夕べが開催されていたので行ってきた。ファエンツァにて陶芸を学び現在では一線で活躍している陶芸家であり、この時期3ヶ月ほどファエンツァに戻られ再び作品制作に挑んだ。
会場はMuky夫人の屋敷の一部をサロンとして使用しており、定期的にコンサートと陶芸作家、画家などの作品を組み合わせた文化サロンの夕べを企画されている。亡き夫がやはり著名な陶芸家であったり、未亡人となった今、昔ながらのサロンの主人としてこの町にてはすでに主のような存在であるようで、今回のイベントにも300人以上の人々が訪れとということで、その人気を物語っていた。

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この夫人との友好があったさまざまな芸術家、作家、陶芸家に一言署名してもらった焼き物の大皿、小皿が屋敷の壁を処狭しと埋め尽くしている。あまりの量に圧倒される。
かなりエキセントリックな人柄を思わせるが、しかし18世紀の自宅を駆使してこのような文化的イベントや交流を老齢に負けずに企画されているこの夫人の情熱と活力は素晴らしい。
天井を飾る独特のフレスコ画が目に留まった。


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by jamartetrusco | 2006-11-20 19:21 | Viaggio(旅)
2006年 09月 23日

モルドンの戦いーBattle of Maldonーのあった島

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ロンドンより車で約2時間、エセックス州、モルドンより2kmほど海へ向かうところにノーズィー島、Northey Islandがある。ロンドン出張の機会を使って週末一泊した。というのもこの島にある唯一のコッテージが義兄の親戚に使用権があり、年に1〜2回姉一家も利用しているのである。

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このNorthey Island, 実はなかなか歴史が古く、さかのぼること10世紀。991年にバイキングとアングロ・サクソンのモルドンの戦いはこの島にて繰り広げられたらしい。この戦いは「アングロ・サクソン年代記」に書かれている他、「指輪物語」にて有名なJRRトールキンがその著書「妖精物語の国へ」のエッセイの中の第3章「ビュルフトエルムの息子ビュルフトノス」にて戯曲的叙事詩として扱っている。 ビュルフトノス率いるアングロ・サクソン軍はこの戦いにて敗北するのであるが。

f0097102_19353874.jpg狭い土手道を通って辿り着く。この道は満ち潮の際は隠れてしまうので島へのアクセスは一日に引き潮時の限られた時間のみ。島自体はNature Reserveー 自然保護地域に指定されている。









このコッテージを建てて住んでいたのは1933年ノーベル平和賞受賞の英国の作家、ノーマン・エンジェル(1872〜1967)。
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静かに仕事ができる場所として家も彼が手がけたらしい。いかにも素人作りの追加建築の塔もあって面白みのあるコッテージである。最上階からは360度景色が望める。この部屋でペンを走らせていたのだろうと想像することができる。

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94歳まで生きたこの作家は生涯独身であったため、この島は最終的に甥に残されるのであるが、この甥が義兄の大叔父であった。この大叔父、後に相続権の問題や島の環境が損なわれるのを懸念したのか、島ごとナショナル・トラストに寄贈してしまうのである。このおかげで今でも島は自然のまま、そして親戚家族は島の使用権を与えられ、こうしてわたしまでその恩恵に被ることができたわけである。コッテージ自体、休暇用に一般にも貸し出されている。

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散歩するといっても小さな島なのでここ30〜40分で一周できる。周りは典型的marshー沼地ーの美しいとは言えない寂れた風景。それがまた心に残る。たまたま珍しく天候に恵まれ散歩すると汗ばむぐらいの気温であった。牛の放牧もあり、顔のおっとりした牛達であった。
カメラを向けると一斉にこちらを向いてくれた。
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聞こえる音は鳥の鳴き声と自分の心臓の音とも言えるような真の静寂感。こんなところで書き物や制作ができたらさぞ集中できるだろう。静けさというのがいかに尊いものかを実感した。

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by jamartetrusco | 2006-09-23 20:03 | Viaggio(旅)