カテゴリ:Musica (音楽)( 7 )


2015年 05月 14日

スティーブ・ハケットの最新アルバム

このところはまりにはまっている元ジェネシスのギタリストのスティーブ・ハケット。
3月末に発売された最新アルバム、「Wolflight」は過去の彼のすべてのアルバムの集大成と言える。
ワールドミュージック、クラシック、プログレシップ、なんと呼んでも良い。
スティーブ・ハケットは近年稀にみる創造力豊かな音楽家。
そして65歳の今でもそのエネルギーに圧倒される。全く衰えることがない。
今までの彼のアルバムはその中に20%ぐらい気に入らない部分が常にあった。
自分以外のシンガーに依頼して歌ってもらったりするのだがそれが妙にあわなかったり、
またブルースの音色がやや場違いだったり、あーまたこれ、というような効果音、変に装飾的な音を試みた一連の過剰旋律も。
でも今回の新アルバムはそれがすべて昇華されてどの曲もそれぞれが完成されている。
ついにスティーブ、ヤリマシタ、と賞賛したい。
個人アルバム「Voyage of Acolyte」を発表してはや40年、その40周年記念のコンサートを
9月から欧州にて開始する。
もちろん、行くしかない。
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by jamartetrusco | 2015-05-14 05:35 | Musica (音楽)
2015年 03月 08日

Madh、ミュージシャン

16歳の娘のおかげで去年の秋イタリア版のXFactorをフォローする機会を得た。
毎年放映されるX Factor、日本では全く根のつかないマルチナショナルのTV番組の
ひとつ。ビッグ・ブラザーなどに端を発した最近のリアリティーTVの一つと言える。
オーディションから選ばれた音楽の道を夢見る候補達がそれぞれのカテゴリーに当てられた
審査員の元で毎回選ばれた曲をこなしながら視聴者、審査員の判断で選ばれ、残って行き、
最後優勝者が選ばれる、という形式の番組である。オーディションからフィナーレまで
3−4ヶ月かかる。
毎年放映されているものの全く興味なくて、馬鹿にしていたのに、去年はなぜかはまって
しまった。
なぜかと言うと娘がファンとなったMadhがいたからである。 フィナーレ二人に残り2位に終わった。
第一印象は全く興味なし、の感じのちんぴら風の若者だったのに、毎回観て行くにつれ
どんどんとその良さを見直してしまった。なぜだろう。
趣味から言うと真反対な感じの音楽と風貌のこの若者に、どこか魅力を感じ始めたのは
彼が日本のファンとわかったからだろうか。
自分で作曲した最後の切り札となる曲は
Sayonara
「さよなら」という曲である。
すべて歌は英語、これもイタリアの一般観衆には受けが悪い。
めざすのはムンバトンというラップとボリウッドを混ぜたようなのりの良い旋律。
そして全く一般うけしそうにないビデオとともに発信。一部のファンはいるものの今後は
どうなるだろう。 これからが勝負だろう。

まだ21歳のMadhは今までイタリアにいなかったタイプのミュージシャンだと思う。
音楽の中に政治プロパガンダも恋愛の甘いメロディーも関与しない、純粋に音楽を追求
しようとする。
誰にも屈しないという若い情熱が感じられる。
少し正統から離れたマイナーなこの歌手に惹かれた娘にもやや安心する気がする。

将来日本でコンサートが行えると良いのに、と思う。
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by jamartetrusco | 2015-03-08 05:25 | Musica (音楽)
2014年 05月 25日

Extended

エミリア・ロマーニャの小都市Cesenaを訪れた。
ジェネシスのメンバーだったギタリスト、スティーブ・ハケット率いるバンドのコンサートを
見るため。
ジェネシスはピーター・ガブリエルとスティーブ・ハケットが抜けてからはポップ・バンドに
成り代わり過去の姿は見る影もない。
ステォーブ・ハケットはすでに60歳を過ぎているのにまだまだ若々しいエネルギーに溢れて
いる。去年から開始したGenesis Revisitedのツアーは今に至り、今年からGenesis Extendeedと
命名され、ヨーロッパ、アメリカ、カナダ、日本へと勢力的にコンサートを続けている。
ジェネシスを初めて聴いたのは1973年、中学生の頃、ある日レコード屋に赴いて音楽を
探していた時、背景に流していた音楽がSelling England by the Poundだった。
その音色に魅了され、それからTresspass, Nursery Cryme, Foxtrotと立て続けに購入した。
アイロニーを含んだ、イギリス独特のBlack Humourとヴィクトリア・ゴシックの暗い
イメージが合体されて独特の想像の世界を作り出したいわゆるプログレッシブ・ロック・バンド。
イタリアでは特にVan Der Graaf Generatorと並んでマイナーなバンドがメイジャー的成功を
博した。
そしてスティーブ・ハケットは過去のジェネシスの名曲を再生し、コンサート化した。
人によっては過去の栄光にすがるという批判もあるかもしれない。
しかし現在の完璧にコマーシャル化した音楽マーケットへの反逆とも言える。
良い音楽はクラシックとして再生可能なのである。
以前からのファンが溢れるコンサート会場。ジェネシスの創造した名曲を聴きたいという
願望の元に集まったそれほど若くない観衆とその両親に連れられてきている次世代。
不思議な調和を作り出す、そして例えようのない肯定的エネルギー。
ただただ堪能の言葉のみ。
人生一度生きて死んで行く人間の宿命の中、生きるためのエネルギーとなる芸術。
一度どん底に落ちて今不死鳥のように飛びつつある気分である。
すべてこの「何か」へのお陰、有り難くまだまだ生きていける自信がついた。

Viva Steve Hackett!




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by jamartetrusco | 2014-05-25 23:12 | Musica (音楽)
2012年 04月 24日

Culmine

ピーター・ハミルの20代半ばの素晴らしい動画をみた。
声に艶があり、ものすごく力強い。
感動、感動、感動。
この引きつける力は今はないのは現実である。
どんなにファンでも今のハミルを見るとややがっかりする。
声に張りがなくなり、高音になると頂点に到達しない。
声がかすれてしまうからである。
70年代当時の若々しい彼のパーフォマンスを見れなかったこと
は実に残念だ。

人間の年齢のピークーCulmineはいつか?
20代がピークであるとすればその後は一体、どちらの方向に流れるのか?
上に行くのか下に行くのか。歳をとって良くなることなどあるのだろうか。
若い時には全く考えない議題である。
歳をとるにつれて味がでるとか歳相応の魅力とか言うけれど、本当はそんなことは
ないとも思える。
若い時の方が美しいに決まっている。すべてにおいて力も満ちあふれている。
失敗も恐れない強さもある。体力もある。
頭の中身は?  しかり。 
重苦しい3時間続く映画も見れる、分厚い文学も読める。すべて若いときに
できることである。すべて若い時にやるべきことであると思う。
若い時に限界まで試さなければいつ試せると言うのだろう。
若い時こそすべてに挑戦するべし、とますます言いたいこのごろである。

今ちょうど人生次の段階にさしかかりやや心が揺れている。
4月24日、誕生日、そして仕事でロンドンに発つ。
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by jamartetrusco | 2012-04-24 04:05 | Musica (音楽)
2011年 05月 06日

VAN DER GRAAF GENERATOR

このところまたVan Der Graaf Generator 熱が再発熱。
先日ローマでコンサートを見たこともあるが。
とにかく今一番興奮する音。ゾクゾクする。
ここのところ一番好きなアルバム、初期のGodbluff。中に含まれる
Sleepwalkersは何度聴いても心底から感動する。
そしてKillerPlague of Lighthouse Keepers
(若き頃のピーターハミル必見), Undercover Man,
Man-erg, La Rossa...
限りなく好きな曲があるが、やはり70年代、初期が力強い。
最近再結成後にアルバムを3枚出しているがサクソフォンのDavid Jacksonが
抜けてからの2枚は何かが欠けた気がする。音の微妙なバランスが崩れたのである。

70年代にロンドンに住んでいたかった、とつくづく思うこのごろ。もう一度タイムマシーン
で戻りたい。

2005年の再結成後の初めてのロンドンでのRoyal Festival Hallでのコンサート、私も
幸運にも行くことができたのだが、このライブはVDGGの傑作の数々があるので
かなりおすすめ。Real Time

ヴァン・デル・グラーフ・ジェネレーター永遠なれ!
最高のバンド。
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by jamartetrusco | 2011-05-06 04:14 | Musica (音楽)
2010年 10月 11日

琵琶の音色

昨日フィレンツェのピッティ宮殿内、フィオリーノの間にて日本から訪伊中の中村鶴城師の琵琶リサイタルが開催された。
琵琶という楽器は琵琶法師の耳無し芳一の話しで有名で、
その音色はもちろん知っていたが、実際に弾くところを見る、というか聴くのは初めてである。
琵琶のリサイタルというのにはこの空間はあまりにも装飾過多である。
ピッティ宮殿の内部装飾は18世紀ナポレオンがこの宮殿を拠点とし、その後サヴォイア王宮のものとなったおかげで、メディチ家の館であった建築当初の15世紀のルネサンス様式はことごとく改装され跡形もない。また椅子に腰かけての演奏はどこか違和感がある。師もさぞ弾きにくかったのではと想像する。
しかし、なんという音色だろう。師の絞り出したような迫力ある声音とともに琵琶の弦をたたくようにはじくバチの力強さ。まるで弦が切れてはじけそうである。一瞬にして高低と強弱の音が交互する。号泣のような音もあれば怒濤のような音もある。そして消え入るような炎の閃きのような音も。
とにかく劇的なのである。音のみで感情のすべてを表せるような、表現力豊かな弦楽器。その表現力はバイオリン以上にも思える。楽器を体にむかって縦に置いて弾くのも他の弦楽器にない。バチを弦に向けてはじくにもこのバランスを崩したらおしまいだ、という体勢である。
極限の危うさから生まれてくる音色。
そんな印象を受けた。

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by jamartetrusco | 2010-10-11 21:24 | Musica (音楽)
2008年 03月 31日

Van Der Graaf Generator 公演の一日

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3月29日土曜日、いよいよ待ちに待ったヴァン・デル・グラーフ・ジェネレーターの一日公演にて、海辺の街、ロズィニャーノ・ソルヴェイに向かった。
まるでこの日を祝福するかのような快晴の春の日差し。
2〜3日前までの悪天候が嘘のようで、この幸運にまずは天に感謝。

電話とメイルにて券は予約してあるのだがなんだか不安が残る。
イタリアのしきたりに長けているアレのアドバイスにてまずはとにかく劇場に早く
向かって状況を把握しよう、というので早々と昼食後に出かけた。車にて130キロほど海辺の街リボルノからさらに南下、有名な夏の避暑地であるカステリオンチェーロ近くのロズィニャーノ・ソルヴェイ。高台のロズィニャーノの街自体はエトルリア時代に起源を持つのだが、その城下の街の由来は20世紀初頭に建てられたベルギーの製薬会社ソルヴェイの名前にある。いわゆるソーダと呼ばれる水酸化ナトリウムや炭酸水素ナトリウムなどの製造の弊害にてこの街の海辺の砂はまるでカリブ海のように白いのである。今では名所となっていて、夏には若者が多く集まる海岸である。幸か不幸か。

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3時半頃にコンサート会場であるテアトロ・ソルヴェイに着いてみると予約の切符は
5時半より支払い、手渡しとのこと。ではその頃にまた戻ろうとソルヴェイ海岸にてやや時間をつぶしてからまた戻ってみると、すでに劇場前に少しだか人だかりができている。当日券も余っているようで予約しそびれたがそれを目当ての人々もまざって5時半までには入り口付近にておせやおせやの人だかり。
予約者も7時までに券を引き取りに来なければ自動的に当日券売りに回すという。
でもこんなこと誰も言っていなかったし、どこにも書いてありませんでしたよ。もちろんメイル連絡などないし。
アレのおかげで早めに来たから良いものの常識に考えて9:30開演に合わせて8:00頃現れた予約者はどうするの?純粋なる疑問である。
アレに言わせるとイタリア人でコンサート券が予約だけの状況でそんなにゆっくり現れる人はいない、というのだが、でもなんだか腑に落ちない。

40分ほどおせやおせやの列でない列の結果やっと券を購入。しかしまた凄いのは
この券は番号がなくまた開場時に早いもの勝ちにて席取り競争となる、という。
いったい、なんのためのコンサート切符配布? あーなんとイタリア。。。
最後には笑いが出てくる。
落ち着かなくてろくに夕食どころではない。海辺にて夕陽を見ながらパニーノにて簡単に夕食を済ませ(コンサート前などお腹などすかないものである)、また7:30頃、会場に戻る。
陽も暮れてやや薄ら寒くもなってきて娘もいるのでどうしようか。
3人でずいずいと会場内の内ドアまで侵入して、そこでまたまたおせやおせやの
人ごみの中、待つこと30分。娘がお手洗いに行きたくなり、それを理由にとりあえず
中まで入る。ここはイタリア人の良さ。子供には寛容親切な国民性である。
とにかく席とり合戦の先頭になること間違いない優越したポジションを確保。
娘に感謝!
だれだかわからないが関係者風の人々の入場の後まず一番に席を取る。
ひとまずやれやれ。やっと座れた。その後、外でともに待っていた人々がどんどんと入ってくるが、当日券の配布にてもめていた若者二人も無事に入っていた。彼らのためにほっと安心した。
ということで開演9:30。サクソフォニスタが不参加にて3人に減ったが音は十分迫力がある。興奮の2時間。ヴァン・デル・グラーフの音楽とピーター・ハミル節を十分に満喫。満悦にてコンサート終了。会場満員のファンは本当のVDGGファンであることがわかる。大好きな曲目もいくつか演奏してくれたのは本当に幸せであった。

VDGGを一度も聞いたことのない観客はたぶんアレと娘だけだっただろう。
ふたりとも楽しんでくれたようで安心した。

夜ふけて1時半に無事帰宅。
大変な一日、幸せな一日、が終了、ちなみに夏時間の開始にて床に着いたのは朝の3:00であった。

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by jamartetrusco | 2008-03-31 04:05 | Musica (音楽)