カテゴリ:Arte (芸術)( 127 )


2013年 09月 23日

一言

樂茶碗はコンセプチュアルアートである。

能の面はコンセプチュアルアートである。

今に言うコンセプチュアルアートとは何かを間違えていると思う。
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by jamartetrusco | 2013-09-23 04:00 | Arte (芸術)
2013年 03月 28日

想像−創造 

ロンドンにあるWellcome Collectionという異色な財団美術館にて開催されている
日本からのOutsider Art展の記事を読んだ。

最近富みに現在の美術界への懐疑心が増殖して、いわゆる現代美術館で行われる現代アートへの
興味が薄れつつある中、精神と想像、創造について再考できる展覧会のようである。
存在する知らなかったこの財団美術館はヘンリー・ウェルカムという19世紀のアメリカ生
の英国人の薬剤事業を手がけた先駆け的人物の収集したコレクションを常設。
薬学に関するすべてを集めているようだ。従来の液状や粉末状の薬から錠剤を発明した
のはこの人らしい。次回渡英時には覗いてみようと思う。

アウトサイダー・アートという題名からもわかるように、展覧会は通常のアーティストの
作品を紹介するのではなく、社会福祉施設に住むか、もしくはデイケアーの世話になっている
心身障害のある方々46人の約300点の作品展である。作ることがセラピーとしての効果
を持つことから「日常の時間」イコール「ものを作る」というような状況から生まれた作品群。
その表現はプリミティブであるかもしれないが、魂のエコーのような直裁な表現である。
誰かのため、市場のため、展覧会のため、と言った「大義名分」の存在しない、ただ作るため
に作られた、作り手の心、魂、頭脳の作用するままに、自ずと発生した想像力の賜物である。

想像と創造の関係は密である。
無心の力、生まれてからだんだんと失われていくこの不思議な人間の力をどうやったら維持
できるのだろうか。
東京芸大美術館にて開催されていた尊厳の芸術展で見た、「作る」ことで「生きる」、または日常の
必要から生まれた様々なオブジェに共通する無心から生まれた「もの」自体の力。

アレの木の彫刻のデッサンもどこか無心である。

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by jamartetrusco | 2013-03-28 20:02 | Arte (芸術)
2012年 10月 21日

sugheroの彫刻


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ワインのコルクの原材料はコルクの木であることは知る方も多いと思うが、このコルク材のほとんどはヨーロッパ南西部のボルトガル、スペイン、イタリア、またはアフリカ北西部の地域から来ている。特にボルトガル産が世界のコルク高の約60%を占めてい るというのは驚きである。続いてスペインの約30%、イタリア産はわずか5%に過ぎず、またそのほとんどがサルデニア島から来ている。イタリア語では sughero-スーゲローというこの木は樫の木の種で、その樹皮がいわゆるコルクの原材料となる。樹皮をとるにはまず樹齢25、30年の木であるこ と、木の胴回りが70センチに達していること、そして10年ごとに樹皮を剥くことができるということで、寿命は200年ほどだそうだ。ワイン瓶の栓や床 材などで日常でおなじみな素材だが、数十年も生きてきた木の樹皮を利用させてもらっていることを知ると有り難みが増すようである。

樹皮を剥くには特別の斧が必要で木を損なうことなく樹皮だけ剥いていくのは技術が入ると思われる。樹皮を剥いた木には剥いた年を入れてまた10年据え置かれる。最初の2回の収穫でとれたコルクは大変良質で床材や断熱、防音材などの建築素材に使われ、その後の収穫のものはワインのコルク栓として利用される。 ワインの質を保つのにコルク栓は有機物で臭いを移すことがあるので、より適したプラスチック製に代替しようという動きが一時あったが、やはりワインの 栓はコルクでないと意味がない。つるりとしたプラスチックの栓ではワインがまずくなる。

そして樹皮を剥く時期も木からはがれやすい時期である5月から8月までの春から夏にかけてのみと言うこと。もうひとつコルクガシが偉大なのは、植えた 地域の砂漠化を防ぎ、様々な鳥達の絶好な住処となることだ。私たちがよく行く海岸線にも、その昔は植林され今では放置されたのか、または自然に生えたの かわからないが、コルクガシの古木が生えている森があり、近くで見る古木は圧巻である。

このコルクの樹皮を使って屋外のインスタレーションの作品を見た。イギリス生まれでウェールズの田舎に住む彫刻家のデヴィッド・ナッシュ。常に木 を使って自然との共鳴を造り出す作家、木の文化である日本にも何回も足を運んでいると聞く、ロンドンのKew Gardensにて展覧会があり幸運にも見る機会を得た。
ポルトガル滞在中にコルクの植林で樹皮を貰い受けてきたもの。コルクの樹皮の存在感に圧倒される。木の素材の美しさに魅せられた作家。国と年齢とアーティストとしての世論の違いはあるとは言え、そのパッションはアレの持つそれと大差はないと思う。

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by jamartetrusco | 2012-10-21 03:50 | Arte (芸術)
2012年 09月 09日

フィレンツェを包む

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少し前のブログでも紹介した塩谷氏の「ひとてま」プロジェクト。
インスタレーションの最後を飾ってフィレンツェを一望できる屋敷の屋上にて一時の間、
「ひとてま」が出現した。滞在する間にすこしずつ、しかし着実にその数を増やしていった人の握手の象。
屋上の煉瓦の床の意匠がまるでこの大きな円のために存在したかのように端正な形を
見せてくれた。
まさに日の沈む寸前の黄昏時のイベント。アペリティーヴォのひと時をこの素晴らしい
屋上の持ち主であり、塩谷氏の友人である画家の彼が近く帰国される塩谷氏へのオマ−ジュ
として見事に演出してくれた貴重な一時。

夕日とアルノ河と河を超えたフィレンツェの大聖堂のクーポラと、そして360度見渡せる
パノラミックな美観と、最後の夏の暑い太陽に温められ自然熱を蓄えた石壁と煉瓦と
を一挙に手中にして、夕焼けにやや染まって並ぶ手の握手の陶片はその円形に巡りめく
人々のエネルギーを集結して回る 惑星、ミクロコスモスのように厳かに回りを包みこんで
くれるようであった。人間が太古から自然の形象や暁と黄昏をあがめる儀式にも似て。

さて日本に帰ってからどこに現れるのだろう。
表現はひとつの時空間から次の時空間に移り行く終わりなき過程としてwork in progress-
進行中である。またそれぞれの陶片がひとつずつ完結しながらも全体の大きな円の
一部をなすという意義。
そして置かれた回りの環境や空気、色彩を反映する焼き物の白い繊細な形のハーモニーが
とりわけ美しい。

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by jamartetrusco | 2012-09-09 22:19 | Arte (芸術)
2012年 08月 28日

ロバート・ヒューズーThe Shock of the New

美術史家、美術評論家のロバート・ヒューズがこの8月6日に亡くなった。
享年74歳。
私がロンドンに移り住み始めた80年代初め、彼が製作し、BBCにて放映された
The Shock of the Newと題されたプログラムはそのタイトルの斬新さも加算して
30年以上経った今でもその精鋭さを失っていない。
同名の著書もある。

亡くなったというニュースを聞いてからまたこの番組が観たくなり、You Tubeを検索したら幸運にも
あるではないか。8回にわたるエピソードすべてを完覧した。そして2004年製作の続編的な
The New Shock of the Newも観ることができた。

美術に生涯をかけようと思ったのは1966年のフィレンツェを襲った大洪水がきっかけと言う。
フィレンツェの貴重な美術品の数々が洪水の被害にて失われる危機に会い、いてもたっても
いられずにフィレンツェに向かった海外からの若者達。
Angelo del Fango、「泥の天使」と通称された美術を救おうという純粋な意図からなんの利益もなく
救出活動に参加したこれらの若者達。故郷オーストラリアからフィレンツェに渡った彼もその一人であった。

イギリスの友人のトスカーナの家に滞在し、その後ローマへ、そして最終目的地であるロンドンに
移り住む。最後にはアメリカの雑誌Timeの美術論評を引き受けた。イギリスの新聞にも数々の
投稿をしてきた。
2001年の9.11のテロもソーホーの自宅から目の当たりにした。
エッフェル塔建設に始まったモダニズムの時代はツウィンタワーの崩壊とともにひとつの幕を閉じた。

The Shock of the Newは20世紀初頭を飾るまさにエッフェル塔に象徴されたモダニズムの台頭から
始まる近現代の美術史、文化史の軌跡を辿るドキュメンタリーである。エピソードごとにひとつのテーマ
の括りの中で語られる美術表現の発生の背景と展開。ある時期を代表する画家数人に焦点を当てて。

ある程度基礎的な美術史の知識があればすべて言わずもがなの美術史の事実ばかりであるものの
彼の明快な説明のもとに再度聞くそれは耳に心地よいし、また自分の知識への再確認ともなる。
またこの分野への知識が浅い人であればひとつの礎となる美術史論であると思う。

彼の美術評論家としての偉大は言葉を操る作家としての技量から来ている。その表現の幅広さ、豊かさ、
ひとつひとつの美の神髄を語る際の言葉の崇高さとその的確さである。
英語がいかに表現豊かで精密な言語であるかを教えてくれる人である。

彼の語る論理はまさに私が今現在の美術世界に感じる疑惑そのものであること。
60年代までの美術は制作者の純粋なる美への追求、ロマンティシズムの踏襲、作家それぞれの真実を
語る前衛であった。ところがアンディー・ウォーホールがマスメディアと広告を利用したファッション性溢れる
ポップアートを製作し始めた頃から芸術、美術の領域がカタカナの「アート」と化した、と私は常に思ってきた、
画家が画家でなくなる時、画家が市場開発家、PR、有名人となる時。
アートがブランド化する時。そして多大なるお金と企業と投資家とが参入する時。
美術館がそれらのスポンサーなしでは運営できなくなる時。
ギャラリーやアートディーラーが自分達の売る作家をプロモーションし、またコレクターが収集する
作家の価値をどんどんと増やすこととでギャラリー共々私腹を肥やしていく時。
これを転機に美術は市場優先の「アート」という得体の知れない表現形態へとなって行ったのであるー
という私の思考を見事に的確な表現にて語ってくれたロバート・ヒューズ。

最後に残るのは「美」「美しい」ということ。人間が無意識に求める「美」という真理を抽出して、
表現する者こそが芸術家である。美とは簡単に把握できるファーストフードのようなインスタントな
ものではなく観るものと作品との一対一の関係、時間をゆっくりかけてじわじわと心に伝わってくる
感動である。
そして作品を通して私と他人、作家と見る者は共有する何かを見いだすのであると思う。

ロバート・ヒューズはそういった美への概念、美の真実、画家とは、芸術家とは、という問いかけに
独断的な言葉であるにせよ、その言葉に賛同する者にはことさら明確に答えを提示してくれる。

Mona Lisa Curseという番組も面白い。

ロバート・ヒューズ。20世紀最後の真の美術評論家。

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by jamartetrusco | 2012-08-28 22:43 | Arte (芸術)
2012年 07月 01日

手と手のかたちー残照

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フィレンツェ近郊モンテルーポは焼き物の街として古くから栄え、ルネサンス最盛期のイタリアはもとよりヨーロッパにおいても最も重要なマヨリカ生産地のひとつである。技法ではブルーを下地に緑の装飾を施したもの、また物語を描くいわゆる「マヨリカ・イストリアータ」などで有名である。
今年で20回目となる焼き物祭、美術館では様々な歴史的焼き物や現代陶芸の展覧会が開催され、通りにはブースが設置されて展示販売や焼き物作り実践などもあり、6月23日より7月1日までの丸一週間、街中が焼き物尽くしになる時。
今年は例外的猛暑の6月末、そしてヨーロッピアン・サッカー試合、EURO 2012でイタリアが思いがけずファイナルまで残ってしまってやや人の出は少ないかもしれない。

今回の祭り、この暑い中訪れたひとつの理由は日本の陶芸家の塩谷良太さんが展覧会を開催しているからだ。塩谷さんは平成23年度の文化庁新進芸術家海外派遣研修員としてフィレンツェの国立美術学院に在籍しながら制作を追求しておられる。最近のプロジェクトとしての「ひとてま」—人、手、間。
氏のホームページの言葉によると、「握手をする時にみずかきとみずかきの間に粘土を挟みます、「ひとてま」はそうして出来た握手の跡です」。
震災の後、被害を受けた街の人々とその方々が避難していた街の人々との出会いと絆を記憶する握手の印として生まれたひとたまプロジェクト。フィレンツェにて、またモンテルーポにても引き続き行われている人と人の握手のかたち。どんどんと増えていく小さな有機的な人の手の残照。私たちももちろん参加する光栄を得た。

このプロジェクトの他にもうひとつ氏が試みたのはモンテルーポの高台にある13世紀初期に建てられたロマネスク様式の教会内ののインスタレーション。やはり肢体に土を押し付けることによって生まれた人の形の断章—具合—物質と記憶—というタイトルがつけられている。朽ち果てたフレスコ画の美しい面影の残った質素な教会内の静寂な空間の中に置かれたこれらの焼き物のオブジェ。
教会の数世紀に渡る歴史とともに生きてきた多くの人々の祈りの結晶がこののインスタレーションを通じて土の欠片として象徴的に表出したかのようなである。

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by jamartetrusco | 2012-07-01 21:19 | Arte (芸術)
2012年 04月 15日

フィレンツェを訪れた日本ー美意識の違い

今週末から1週間イタリア各地で開催されているSettimana della Cultura—文化週間の期間は国立の美術館がすべて無料となる。毎年大体4月の半ば前後に始まる週間で、いつも観光客の列ではいりにくいフィレンツェの美術館などに入場できる良い機会だ。住民はわざわざ並んで入場料を払って行くには面倒なのでこの時とばかり私たちも家族でウフィツィ美術館に行ったりした。今年は特にピッティ宮殿内で始まったばかりの日本美術展を見るのが目的であいにくの冷たい雨降る土曜日足を延ばした。

ウフィツィ美術館の銀博物館内に設けられた一階会場にてまず見られるのは日本の古い美術品の数々。桃山から江戸にかけての屏風、絵巻、掛け軸、焼き物、鎧兜、刀、装束などなどフィレンツェではなかなか見ることのできない質と種類の日本美術の展観である。京都の細見美術館からの出展の屏風はその意匠の斬新さで目をみはる。そして国宝の刀や重文の茶釜など、一般のイタリア人がみても「何故これが国宝?」とたぶん理解できないだろう日本文化の粋と極めを見ることができる。問題は展示。この展示をイタリア文化とのコントラストとしての面白さと見ればまあ諦めもつくが、豪華絢爛なバロック的天井壁面装飾と厳かで繊細な日本の工芸美術はあまりにも違いすぎて戸惑いを感じざるを得ない。もちろん背景である建築の内装がそうであるのでそれは仕方がないことだ、しかしその後の展示ケースのデザインが問題。なにしろ展示ケースの外も内もすべて薄紫色、いわゆるライラック色の布地で張られているのだから。黒漆とか、彩色豊な装束やまたは寂びの美の象徴のような本阿弥光悦のお茶碗が薄紫色の背景では映えないのは当然のこと。日本側の学芸員の専門家の方々も展示の背景は白かグレーにしてくれと再三頼んだらしいのだが、展示担当のデザイナーの意見が大で全く聞き入れてもらえなかったそうだ。

そして二階の第2展示会場では日本の近現代の工芸が一同に紹介されている。
まさに日本の伝統とモダン工芸を代表する作家達の作品群であるが、これも展示が残念の一言。日本の色と思ったのか強い藍色のような展示ケースと背景。焼き物も金工も木工も漆もすべてこの強いブルーでかき消されてしまっている。白っぽい作品はまだ救われるが、微妙な色合いを出す金工や自然素材の木工作品に至っては悲劇。素晴らしい作品が集まっているだけにあまりにももったいない。作品の良さが半減する展示である。

この今回の展示をみてつくづくとイタリア人の日本美術に対する、いや日本文化に対する理解がないのだな、と実感した。すこしでも日本の美意識を理解しようという態度があればこんな色彩の選択をするわけはないのである。他の文化を理解しようとせず、自分の趣味を押し付ける、それを良しとせよ、という強引な態度にイタリアの国際性のなさ、地方主義的な意識の低さにがっかりした。こんなに素晴らしい内容の展覧会がフィレンツェ止まりというのも実に残念なことだ。
フィレンツェという土地柄もあるだろう。なにしろ15世紀メディチ家の恩恵に未だに頼りながら生き抜いているのがこの街である。他の国の文化の理解どころか自身の現代にも目を向けていない過去に生きる街の限界を
見る思いがした。様々な文化、美意識を理解することが実は自分の文化を理解することでもあるのだから。

あーあそれにしても光悦の「村雲」の茶碗が可哀想。

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by jamartetrusco | 2012-04-15 00:01 | Arte (芸術)
2012年 01月 24日

アイデアの力  2x2=4

照明器具などのデザインを手がけ照明製品の工場販売店を兄弟で営んでいた

ピエトロ
はついに仕事をすべて弟に譲り彼の人生の情熱であるデザインや
アートワーク制作に専念することに決めた、と聞いたのは去年の夏。
やっぱり、と思いさほど驚きもなかった。
ジュエリー作家である奥さまのYokoさんとともにフィレンツェのアート工芸工房の
SAMにスタジオを構えた。
この修道院を改装した市の経営する集団工房空間に入りたい作家、工芸家は結構多いと思うが、
早くもその権利を手にいれたふたり、さすがに行動力がある。
その決心の潔さはやはり長年に渡る彼のアイデアに満ちた人生から自然に発生
したことだろう。
奥様のジュエリー作りも傍らで支えて、ふたりで好きな制作を通して生活を建てている
ふたりは本当に素敵だ。
彼らのお家も色々なアイデアあふれるアートワークに満ちている。
あちこちから見つけた引き出しだろうか、それらを無造作に組み合わせた家具。
カラフルなプラスチック、パスタざるをたくさん重ねただけのオブジェ。
そして錆びの寂びのある円形を合わせた平面。
アイデアから生まれた様々な仕事。

ご夫婦で制作する素敵なカップルは日本でも知っている。AiさんとJunさん。
平面作品、焼き物とそれぞれ異なるメデアの作家同士。でもお互いに
刺激し合いながら展覧会のためにどんどんと制作している。
作品はもとより、住まいも食事も、生き方すべてがとっても味があってふたりらしい。

制作する者同士の付き合いは案外難しいと言われる場合もあるが、そんなことは
ないと思う。お互いにお互いの空間と自由とを尊重し合えばこんなに素晴らしい
生き方の総合はないと思う。
アイデアに満ちた作家同士がアイデアを出し合ってそれぞれの信じる「何か」を
制作していく。作品ばかりではなく人生までも制作していく。
これ以上の力はない。

アレに対しての私はなんだろう。制作するアイデアのない私はアレを影で支えることは
できてもふたりの力で人生を生きるアイデアの源を二乗していくことは可能なのだろうか。


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by jamartetrusco | 2012-01-24 01:42 | Arte (芸術)
2011年 12月 30日

暗闇に光

人間は本質的に暗闇が好きである。
そして暗闇を灯す光に憧憬を抱く。
真っ暗な洞窟や穴蔵とか、太古、人を含めて
すべての生き物が住処としていたような囲われた
暗がりに安心感を覚える。そして暗闇の先にある
光を求める。

ジョン・マーティンという英国の19世紀の幻想ロマンティック風景画家が
残した17世紀のジョン・ミルトンが著した叙情詩「失楽園」のメゾティントの
挿絵本がある。
その中のひとつ、Bridge over chaosー混沌にかかる橋。
まさにミルトンの格言の一節そのままのようだ。

「私たちに与えられた光は、ただじっとそれを見つめているためではなく、
それによってまだ私たちから隠されているところの、遠い先のものを開けて
見るために、与えられているのだ。 」

ロンドンにて見たジョン・マーティンの絵画を一同にまとめた展覧会。
Tate Britainにて開催中。
キッチュ寸前のパノラミックな風景歴史画。
「黙示録」の中の天地が上下に転倒するかのような混沌。

多くある展示作品の中でとりわけ惹かれたのがこの小さなメゾティントの
白黒の挿絵である。私の夢の記憶にあるような風景である。

さて来年は暗闇を抜けて差し込む一筋の光が訪れるのだろうか。

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by jamartetrusco | 2011-12-30 01:34 | Arte (芸術)
2011年 11月 22日

ミイラの肖像画

今まであまり意識しないまま大英博物館とかルーブル美術館とかに並ぶ板に描かれた人物の
肖像画を前に、そのリアリズムと不思議な視線の力強さに常に心を揺さぶられる感動を持って
対面していた。つい最近再びこの同種の肖像画に出くわした。フィレンツェの考古学博物館内の
エジブト美術館の新設ギャラリー内である。
考古学博物館にはすでに2回ほど足を運んだことがあるのだが、以前はギャラリーの
展示室が古く照明も悪くて展示物の魅力が十分に発揮できないのが難点であった。
今でも相変わらず大半がそのような古い展示室なのであるが、ついこの9月にエジプト美術館の
部分に2室のみ新しいギャラリーが完成、公開されたのである。
そしてこの美術館の収蔵品の中でも有名なこの肖像画に再会した。
やはり以前にも出会った彼女である。しかし展示が違うことによってなんと力強く訴えてくれるのだろう。
暗がりの展示室に照明をほのかに浴びて浮かび上がるその高貴な表情に圧倒された。

この肖像画の類は今まで理解していなかったのだが、エジプトがローマ帝国の支配化に入った紀元前
1世紀から始まるビザンチンキリスト教文明の息のかかったコプト文明時代に生まれたミイラにかぶせる
肖像画だということである。
板絵であり、卵を下地としたテンペラ画かもしくはエンカウストという蝋を使った漆喰
画の技術で描かれている。このミイラ肖像画が多く発見された地域はファイユームというナイル川西、
カイロの南辺りであるという。

この肖像画も若い女性なのだろう。生前の彼女をそのまま写したものに違いない黒髪と大きな黒い
目と太い眉。簡単な線で表したにもかかわらず驚くほどリアルである。ギリシャ時代の彫刻などに見られる
ような理想化された女神像とは全く違った血が通った隣人の顔である。そしてその目線の力はすごい。

これらのファイユームのミイラのための肖像画の美しさを初めて西欧で発見したのは17世紀初頭に
活躍したイタリアの探検家のピエトロ・デラ・ヴァッレであるというから、イタリアの当時の航海士や
探検家は実に先見の目があった。その後これらの肖像画を再発見するには19世紀初頭まで待つことになる。
その頃にはエジプト遺跡発掘研究がヨーロッパ中に広がりドイツ、イギリス、フランスの考古学者達が
多く訪れて母国に持ち帰ることになる。ルーブル美術館や大英博物館にある肖像画もそういった経緯で
辿りついたわけである。

もともとミイラにかぶせていたこの美しくリアルな肖像画。
しーんとした展示室でじっと見つめていると不思議な気分となる。
フィレンツェでは人があまり行かないこういった隠れた美術品を見るに限る。
ちなみにフィレンツェのエジプト美術館はイタリアではトリノのエジプト美術館の次と言われている。

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by jamartetrusco | 2011-11-22 02:14 | Arte (芸術)