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2006年 05月 31日

Tate Modern

今日は先日行ってきたロンドンの話題。雨模様の肌寒い日が続いた中、最後の日は天気予報も運良くはずれて気持ちのよい天気になりました。ちょうどテームズ河沿いのTate Modernに行こうと思っていたので、これは幸運の限り。雨風ではとても歩く気になれない場所です。ロンドンの繁華街、West Endからも歩こうと思えば歩ける場所です。

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このTate Modernの建物は、もともとbankside power station(発電所)として1981年まで使われていたものです。設計は、ヴィクトリア駅を少し南下したところにある圧巻の建物Battersea Power Station同様、イギリスの建築家ジャイルズ・ギルバート・スコット。Herzog & de Meuron建築事務所による建築改装にて2000年ロンドンの現代美術館として生まれ変わりました。現代美術のコレクションは以前はやはり川沿いのTate Galleryに収蔵されていましたが、手狭になったためにTate Galleryは19世紀までの英国美術のみ、そして近現代美術一般はTate Modernに移されたのです。

f0097102_17341619.jpg展示については開館当初から賛否両論ありました。というのも近現代美術の流れを従来の美術館のように、それぞれの時代、派によってわけて展示するのではなく、テーマ別に展示したからです。
例えば”Body"「体」という括りの展示では体をテーマにした(これも学芸の主観がはいりますが)作品を時代、国、作家を問わずに集合させました。このため、それぞれの派の歴史や何故にこのような派が生まれたか、などの当然なる情報が与えられないため、近現代美術に通じていない人々にとっては、かなり唐突な展示となったわけです。わたしもこの展示はあまり賛成できませんでした。とにかく見にくいのが一番の問題、そして美的統一にも欠けている、そして、やはり美術館はある程度、確かな情報を与える立場にあるので、学芸員の主観に走ったような展示はどんなものか、とも思えたのです。

この評判の悪かった展示に終止符をうち、新たな展示開幕の日がちょうど私のロンドン滞在中に当たったのです。そこでロンドンの友達とふたりでさっそく足を運びました。

f0097102_17385610.jpg展示替えもさることながら、なんと言っても幸運だったのは「アルバースとモホリ・ナジ」展を開催中だったこと。ふたりとも興味のある作家でありながら、今までまとまって作品をみる機会はありませんでした。
バウハウスに属しながら、その後ナチをのがれてひとりはアメリカへ、ひとりはロンドンへと、そしてふたりとも最終的にアメリカの異なる美術学校にてバウハウスにて培われた芸術論を指導することになります。





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作品を追うことによって、二人の芸術家が、バウハウスの影響下の、色、形体、社会性の追求という共通した背景のもとに、どのようにその論理、美学をそれぞれ展開させていったかが如実に理解できます。アルバースというと晩年の四角の中の四角の絵画が有名ですが、かれの初期のガラスを使った作品や、あまりお目にかかったことのない写真など、とても興味深く見ることができました。またメキシコの強烈な色彩に惹かれた後にあの晩年の絵画群が生まれたこともわかりました。


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モホリ・ナジの写真の面白さは、写真という媒体が被写体を撮るためのものではなく、自らのめざす美の追求の手段であることでしょう。彼のコラージュはまるでその後のコラージュのお手本のような、独自性と想像力と、コンポジションの面白さなどに満ちています。

そして問題の展示替えについて。単純にずっと見やすくなっていました。
ひとつの美術の傾向が現代までどのようにつながっていっているか、アカデミックにもビジュアルにも効果的な展示でした。今回は特別展に時間をとられてあまりゆっくり見れなかったから次回じっくりと。午前中は大英博物館にてのミケランジェロ素描展を見てきたこともあって日に展覧会2件見たらもう目がつかいものになりませんね。



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天気がよかったのでテームズ河の映像をいくつか記録。ロンドンは住んでいた街なので、観光者としての目がないためか今回もあまり写真を撮りませんでした。でもテームズ河からみたセント・ポール寺院、そしてフォスター設計によるミレニアム橋は被写体として絶好の風景かな。 天気の良い日のイギリスのひとびと、皆外に出て日光浴、パブの外のテーブルはあふれかえり、皆本当に「幸せ」が顔に出ている。希少価値っていうのは必要なことかもしれませんね。天気の良いロンドンは実に美しく、活気にあふれ、突然と何かが再生する、という感じです。




 I love London!



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by jamartetrusco | 2006-05-31 18:19 | Arte (芸術)
2006年 05月 30日

Crepuscolo - 黄昏時 

だんだんと日が長くなっていくこの時期の黄昏時の美しさ。夕食をテラスで食べる時、まだ日の光の残る大気の中で夕焼けにそまる空。Rondone (アマツバメ)が空から急降下でとびかう瞬間。

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イタリア語で黄昏のことをCrepuscoloと言う。大好きな言葉である。この言葉から浮かんでくるのはミケランジェロの傑作「黄昏」。
メディチ礼拝堂のsagrestia nuova(新聖具室)内、メディチ家の墓碑の中の老人を象った「黄昏」ーcrepuscolo−の彫像である。夜明け、昼、黄昏、夜の4つの時を表すアレゴリーの中のひとつだ。 1527年にローマの劫略が起こり、フィレンツェも、メディチ家復活をはかる皇帝派、教皇派軍との戦いに巻き込まれ、ついに最後の共和国が倒れることになる。共和派として戦ったミケランジェロは最後には敵前逃亡をした。そして最後には敵であった当時の教皇クレメンス7世にも命乞いもすることとなる。この屈辱、自己嫌悪に苛まれた晩年のミケランジェロ。この墓標の彫刻群にせよ、未完成とされる奴隷や、ピエタの像にせよ、そのような彼の憂鬱な心の葛藤が現れているようだ。


想いは飛んで、ルネサンス人文主義の学者たちのメランコリー憧憬へ。彼らの説いたのは、人間には粘液質、多血質、胆汁質、黒胆汁質(憂鬱質)の4つの気質があり、そのいずれかが優位になってある人の気質が決まってくるのだというヒポクラテスの説に基づいおり、従来は否定的な気質とされてきた憂鬱質ーメランコリアを、理想とする「瞑想的」人間像であると再認識したのである。内省的で知的、芸術志向の気質、すなわち芸術家、哲学者、学者などはこの憂鬱質の優位のもとに生まれると考えた。 デューラーの残した羽をつけたメランコリア像の銅板画も象徴的なもの。まさに考える人の系図。黄昏はまぎれもなく憂鬱質と言えるだろう。

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私もその昔、メランコリアに憧れた。内省的な性格だったので、それを肯定的に認識するこの思想に惹かれたのだと思う。自分は芸術家気質なのだろう、と。今から思えば青春期の単なる憂鬱思考だったにすぎないかもしれない。
黄昏、というひとつの言葉から、釣り糸にひかれるように奥底にあった心の一部が表出してくるものだ。

イタリア人というと、明るい、陽気というイメージがどうしてもついてくるが、フィレンツェに関してはそんなことはないと断言できる。まさにルネサンスの精神を受け継いだ黄昏、メランコリーがその奥底に秘められている。

黄昏からの独り言。



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by jamartetrusco | 2006-05-30 18:17 | Vita (人生)
2006年 05月 29日

日曜日の散歩ーデンマーク工芸美術館

コペンハーゲンにあるデンマーク工芸美術館。厳密に言えばIndustrial Art Museumということであるので、産業デザイン/工芸という範疇の収蔵品である。故に展示してあるものも主として近現代の家具や食器デザイン、産業デザインが目立つ。

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特別展も常時企画されており、今回はデンマークの家具、食器デザイナーとして現在も活躍中のErik Magnussen エリック・マグヌッセンの展覧会を観ることができた。


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いかにも北欧的な原色に統一した簡素かつすっきりとしたデザインのピッチャーや収納も効率的なスタッキングチェアーなど、どこかで必ずお目にかかったことのある食器や家具のデザインの数々。
デンマークはスウェーデンとならんで王国として力を誇ってきた歴史が長く、また両国ともデザインの分野では有数の国である。余談であるが、携帯電話のメーカーで有名なNokiaもデンマーク産だ。 


この美術館では一般的にはその名は知られていないが、産業デザイナー、工芸家としてデンマークでは名高いThorvald Bindesbøll (1846〜1908)の焼き物やデザイン画など楽しむことができる。彼の生きた19世紀後半という時代を考えると彼の卓越した現代性を伺い知ることができる。ジャポニズム、アールヌーボーの審美性があるにせよ、抽象にちかいデザインの焼き物などかなり面白い。また彼はデンマークのビールの銘柄カールスバーグのラベルのデザインでも知られる。このラベルを見て、ああこれか、と知っておられる方も多いかと思う。
このデザイン、実は1904年制なのだ。


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そして様々なデザインが展示されている休憩室でおもいがけなく日本のまんがデザインコーナーがあったので、ワンショット。娘の好きなどらえもんやキティちゃん、こんなところで出くわすとは。


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美術館は日曜日は12時からしか開館していないこともあって、近くをブラブラ散歩した。
公園がすぐそばにあり、そこでデンマークのあひる一家と遭遇。こころなしか、あひるまで
デンマーク的清潔感があるみたい。








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by jamartetrusco | 2006-05-29 23:00 | Arte (芸術)
2006年 05月 28日

デンマークの陶芸家 Bodil Manz

Bodil Manz、彼女の自宅兼工房を訪れるのはこれで2回目である。コペンハーゲンの中央駅から電車に乗って2時間弱、なだらかな風景が広がる。海まですぐの平野地帯である。駅まで車で迎えてくれ、彼女の家へと向かった。


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住まいは19世紀の地元の小学校を買い取り改装したもの。また工房はその学校が1920年代に増築した際の建物である。コペンハーゲンでは窯を持つだけの適当なスペースがなかなか手にはいらなかったのと、この地域は当時から空が高く光りが美しいとのことで、画家が好んで移住する場所だったことなどから、家探しの対象となったという。そしてこの元学校と出会った。建築家であり陶芸家でもあったご主人とふたりで築き上げた城である。ご主人のリヒャルドは1998年にまだ65歳の若さでなくなってしまった。彼女の工房を初めて訪れたときはまだその悲しみの余韻で寂しそうだった彼女を記憶している。 

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家に入ると古い陶器製のストーブに火がともされていた。さすがに寒い国デンマーク、暖房以外にこのストーブも大活躍している。彼女曰く「普通は5月1日に暖房を消すのが通常なのだけれど、今年はまた今日になってつけてしまったわ。」

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ボディルはデンマーク陶芸界を代表する作家である。美しい筒の形体は一目で彼女の作品とわかる。透けるように薄い磁器ならではの肌合いと器の内部と外部にアシンメトリカルに施された意匠は中と外の空間の接点となり、緊張感のあるバランスをみごとに達成する役割を果たしている。ときにはモノクロでときには色彩豊かに。モンドリアンに代表されるオランダのデ・シュティル派やロシアの構成主義などの影響も感じさせる意匠である。筒の形のみ制作する理由は一番ニュートラルな形であるから、だそうだ。形体の主張を避けたい意図であろう。ボディルの器はそこにあるだけで周囲の空気を浄化してしまうような透明感がある。
彼女は大の日本びいきでもある。日本へも数回訪れており、また美濃の国際陶磁器コンクールでの受賞経験もある。


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彼女の工房の2階にはデッサンをしたり、構想を練る作業台があり、
そのそばには日本の伝統的門構えや竹の壁などの写真がモザイクのように一枚の額となって置いてある。そして参考となる様々のポストカードも重要な着想の源であろう。作家の工房は置いてある本や小物でその作家の頭の中の興味が半分ほどわかるようだ。


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そして絶対に手放したくない思いでの作品のおさめられたショーケース。ご主人や自分の昔の作品群。これもとても魅力的だ。


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今回は最新作を見せてもらった。5つほどのサイズの違う筒形。同じ筒形なのに、サイズの大きさによってまた違った表情が生まれてくる。

お昼の後、海のそばまでドライブしてくれた。遠方に見える島をさし、あそこにも夏にときどき行く家があるの、そして静かに仕事をしたいときに使っているわ、と話してくれた。
一人では淋しいような住まいではあるが、スカッキという愛犬が最良の相手をしてくれる。また建築家、グラフィックデザイナー、家具デザイナーとアートの道をそれぞれ歩む3人の子供たちも彼女の誇りだ。

2008年の2月からコペンハーゲンのデンマーク工芸美術館にて回顧展も控えている。今まさに仕事ざかり、絶好調のボディル。あいにく小雨の降り、涼風の吹く春とは思えない日であったが、今度訪れるときは光の美しい日であってほしい。

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by jamartetrusco | 2006-05-28 22:26 | Arte (芸術)
2006年 05月 27日

コペンハーゲンの上空から

昨日一週間の出張より戻りました。 コペンハーゲンもロンドンも季節はずれの寒さ。
25℃の初夏のイタリアから、昼間でもせいぜい12〜3℃という急激な気温の変化で体もなかなか対応しきれず、風邪をひくやら、胃をこわすやらでしたが、無事帰宅。
春から夏の北方ヨーロッパはとにかく気候が安定していないので、ときにはぽかぽかの日もあれば次の日は薄ら寒くてセーターがいるなど普通です。また年によって当たり年もあれば全然だめ年もある。それに反して、秋冬はどうせ寒いから良いのです。ですからこの時期の出張は持っていく服に一番困ります。去年は確か同じ時期に行きましたが、「今日はギリシャのような日差しだねー」とロンドンの仕事仲間がつぶやいていたほど暑かったのを記憶しています。
まあとにかく5月も終わりに近いのだからと、今回はジャケットと長袖シャツといういでたちでしたが、それでも寒い。コートがいる雰囲気。そして風がピューピュー吹くし、雨は降るし。あーセーターもってくればよかったー、と後悔。
昨日ピサ空港に降り立ったときには太陽さんさん、生暖かいそよ風に全身包まれて「幸せー」とつくづく感じました。体の緊張がほぐれるとはこういうことか。

気候のひどさはさておいて、ロンドンは私にとっては第2の故郷。着いた途端に水を得た魚のようになれる街。仕事もうまく運び、会いたかった友人とも少しだけ時をともにし(洋服ありがとう!!)、素晴らしい展覧会もいくつか観れたのは幸せの限り。そして姉一家ともちょうど結婚20周年記念日をともに祝うことができました。
今日はとにかく旅の疲れで頭がぼーっとしているので、取りあえずつまらない気候の話ばかりになりましたが、明日からコペンハーゲンでの陶芸家訪問やロンドンでの展覧会などいくつ紹介したいと思っています。

写真はロンドンよりコペンハーゲンまでの空の旅にて、日の沈む寸前の空の様子。

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はるか雲の絨毯の、彼方に消えいる太陽の、光の描く弓線に、目も心も眩むばかり。

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by jamartetrusco | 2006-05-27 18:54 | Natura (自然)
2006年 05月 18日

ある日のモンテフィオラーレ

モンテフィオラーレをめぐる日常の風景。


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この時期、近くの畑ではcarciofi , アーティチョークの葉っぱが勢い良くつんつん、と成長し、そこに、まだまだ小さいカルチョーフィが顔を覗かせている。カルチョーフィがこういう風に生えるのもあまり見たことない方もおられるかと思い、写真に記録した。保護色なので見えずらい。



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これから目に鮮やかなポピーの花が畑一面を赤色に染めていく。ポピーが生えている野原にはどういうわけかたくさんの蛍が集まってくる。昼間は太陽に輝く目にまぶし赤と緑のポピー畑、夕刻は蛍の光でチカッチカッと点滅する、まるで星空がそのまま落ちて来たかのように。

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近所の深紅の薔薇も真っ盛り、そばを通ると芳香が漂ってくる。

そしてモンテフィオラーレの遊戯のある庭。子供達の間ではこの庭はgiardino, 広場はpiazza。giardinoにいってくるよ、とかpiazzaに行ってくるよ、という一言でどこにいるかわかる、小さい田舎町の利点。

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Giardinoには木製の滑り台とかブランコとシーソーしかないが、子供達の集合場所だ。静かな安全地帯として旅人もピクニックに使ったり、小さいながら意義のある場所になっている。 


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salice(柳の種)の木の下で、夏の夕暮れ時、ベンチに座って友人と語るにも心地よい。


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この庭の前には地元の相談役のようなシニョール・フォレーゼが少数の友人の手を少々借りた以外はすべて一人で建て直した家が佇む。以前はモンテフィオラーレの幼稚園だった建物で12年前は崩れかけた廃墟だった。こつこつと作業を積み重ねながら、数年後には今のような建物として生まれ変わった。

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根気と力と技の結果。自然の営み、土地の云われ、自分の耕す畑を知り尽くしているトスカーナのcontadino、知恵と狡猾さんを持ち合わせている。
この家の半分はアパートとして短期的に観光客に貸している。Casa Foreseという名で。



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春の暖かさの中、冬眠から目覚めたトカゲがするするとテラスを横切る。そっーと近づいたがやはり小走りに逃げていく。テラスの隅の住処に隠れてしまった。


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そしてアレの庭で見つけたsoffioneーたんぽぽーの完成された姿。あと一日もすればこのフワフワの種が風に舞って飛んで行くのだろう。soffiare,フーっと吹く、からsoffioneと呼ばれる。なんとも情緒あふれる呼び名ではないか。

春満杯のある日のモンテフィオラーレ。






追記:
明日19日から26日までコペンハーゲン、ロンドンと行って参ります。
年に4回の出張の第2回目。久々に大都会の空気と活力を浴びて「知」の保養をしてこようと思います。
また戻りましたら、仕事で得られた面白いことなど含めてupしたいと思っています。
Buona giornata ai tutti miei carissimi amici e arrivederci a presto!!



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by jamartetrusco | 2006-05-18 21:46 | Natura (自然)
2006年 05月 17日

「絵もしくは画家」バトンー私流

わたしの好きなブログカイエのlapisさんの「絵もしくは画家」バトンが面白いので勝手に受け取ることにした。奇しくも私が小さい頃から好きだった絵、怖かった絵について今日書こうと思っていたところ。
勝手に題材をアレンジしてみる。今回は西欧絵画にしぼった。日本編はまたの機会に。

私が小さい頃怖かった「絵」2枚

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アンリ・ルソー(1812〜67)の「眠るジプシーの女とライオン」。 この絵はなぜ子供心にこんなに恐怖心あおったのだろう。絵画集のページをめくるに、この絵だけは目を閉じて、大急ぎで次のページに移ったほど、観るのが怖い絵だった。それもアンリ・ルソーはナイーブ派で、さほど写実性に満ちているわけでないのに。思うに彼の画像は夢に見る世界のそれに近いのかもしれない。非現実的な未知の世界、それは想像力をかきたて深層世界まで飛翔していく何かなのかもしれない。それ故、子供の想像力に文句なしに入り込み恐怖心をかきたてたのか。




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もう一枚、やはり理由なく怖かった絵。フェルメール(1632〜75)の「赤い帽子の女」
フェルメールは私の大好きな画家のひとりである。彼の描く絵は一枚一枚、独特な空気と空間に満ちていて、日常の室内風景を描いているにもかかわらず、日常からその瞬間切り取られたようなひとつの異空間を作りだしている。さてこの肖像画が怖かった由縁、たぶん単純にこの人物の異様な目つきではないかと。また目立つ赤い帽子の形も作用していたのかもしれない。










大学時代にテーマとして選んだ「絵もしくは画家」の中から2名


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ヒエロニムス.ボッシュ(1450頃〜1516)
この画家の絵は文句なく非凡である。どのような頭脳、精神にてこんようなファンテスティック、かつ悪魔的、生き物たちを描けたのか。これほど宗教的でありながら異教的である、まれに見る不思議な画家。





f0097102_1895552.jpgサンドロ・ボッティチェリ(1445〜1510)
かれの全存在がフィレンツェのルネサンス文化、社会、精神を象徴しているかのようである。
花のようなフィレンツェ最盛期をロンレンツォ・マニフィコとともに生き、そしてフィレンツェの安定に影がさすサボナローラ糺弾の時期に心身とも捧げたボッティチェリ。これほどひとりの画家を通して、フィレンツェの歴史が語れる場合はないのでは、と思う。今でも人前で話すのが大嫌いな私が、高校と大学のクラスを前にして、この画家の生涯について語ったことを思うとボッティチェリへの入れ込み様がいかほどであったか。



昔嫌いで今好きな「絵もしく画家」の中から2例
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イタリア・マニエリズムの画家たち
先日のブログにも書いたが、ポントルモを初め、ロッソ・フィオレンティーノ、ベッカフーミ、パルミジャニーノ、ブロンツィーノ、どの画家も個性あふれ、複雑でつかみどころがない。
まだまだこれから深めていきたいと思っている。



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そしてルーベンス。たんなる肉体の塊の露出と思っていたが、かれの出す色彩と、そのダイナミックな構図は今では目をみはる魅力だ。







最近特に見直した「絵もしくは画家」の中から3名
今も昔も好きな「絵もしくは画家」ではあまりにも広大で挙げ出したらきりがないのでこのように括ってみた。


f0097102_18103952.jpg最近その偉大さを見直した画家、イギリスのジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775〜1851)。たまたま続けて良い展覧会にめぐりあったせいもあるが、かれの晩年期の色彩の錯乱のような絵、現代抽象画の先駆けとしてあまりにも圧倒的だ。風景を色彩と大気のみで表した類い稀なる画家であろう。絵の前に佇んでいると中に吸い込まれそうになる。ただ印刷の画像ではこのすごさは伝わってこないのが残念。だから図録は購入しない。





f0097102_1891041.jpgやはりイギリスからフランシス・ベーコン(1909〜1992)
絵は独学で学んだという。その強烈であると同時に曖昧模糊としたイメージは人間か、その抜け殻か。いみじくもベーコン曰く「芸術とは単に事物を表すのではなく、感情のある領域を開放するための手段である。自分の絵で表したいのは、かたつむりの歩みが残した足跡のように、人の存在と過去の記憶の軌跡そのものの投影である。」 故に彼の表すイメージは人を中から裏返しにしたようなグロテスクな表象になるのだろう。カンバスに力強い色彩と明快な構図で訴えてくる彼の絵は「絵画の絵画たるべき」存在感があると思う。また興味深いのは、好んで使ったカンバスのサイズは78 x 58 in.(198x147.5cm), そして小さいカンバスで、14x12 in. (35.5x 30.5cm), その二通りのサイズしか描かなかったことだ。かれのはっきりした意志と頑固さが見えるようである。







f0097102_18102547.jpgディエゴ・ベラスケス(1599〜1660)
その黒を基調としたカンバスはスペインならではのものであろう。単なる宮廷肖像画の中に神話を挿入するという彼の手法の集大成とも言える晩年の傑作「ラス・メニナス」。その構図は複雑である。王とお妃の肖像を制作中の画家、ベラスケス、そしてやはりその場を見守る王女とそのお付きの者、王とお妃の姿は遠くにある鏡の中に映るのみ、鏡を通して自身や登場人物を描くのはすでに15世紀、フラマン派のヤン・ファン・アイクの「アルノルフィーニの婚礼」の絵で有名だ。この絵は15歳のピカソに圧倒的印象を与え、彼は後に「ラス・メニナス」を主題とした絵を何枚も残す。 ずっと昔にプラド美術館にいったときはゴヤやボッシュに気をとられており、あまりベラスケスに注意を払わなかった。遺憾である。「ラス・メニナス」でのベラスケスの筆のタッチや深い色彩、実物にて堪能したいものだ。
今年は秋からロンドンのナショナル・ギャラリ−にて
ベラスケス展が開催されるので、楽しみにしている。

P.S. このバトンは私流ですので、バトンを受けたい方は上記のカイエのlapisさんのブログへどうぞ。

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by jamartetrusco | 2006-05-17 18:30 | Arte (芸術)
2006年 05月 16日

Giardino in Corso - 進行中の庭 その3


もうすでに2回ばかり書いているアレの作業進行中の庭。昨日はまた素晴らしい日和だったので仕事がはかどった。

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お百姓さんのようにまず土を耕すことから始まり、土が滑らかになり、平になったところで、古い煉瓦にて枠作り。そしてそこに、この庭からでてきた小石を敷き詰める。この小石も土を採取して、ふるいにかけ選り分けたもの。こういう何年前からあるのかわからない土地っていうのは出てくる石なども案外古かったりするので、そんな作業もなんとなくわくわくするものだ。
小さな小石、中ぐらいの小石、煉瓦の欠片の類、もっと大きいもの、などなどいくつかのグループに分けて集められている。最終的にはこの石と煉瓦の庭に収まる予定である。

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半分土を残した感じが好きだったが、これもやわらかい掘り返したての土が大好きな猫さんがやってきて御手洗として使ってしまう恐れがあるので、そのままにしておけないのが残念。

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でも煉瓦で敷き詰めてもそれなりの面白みがある。ちょうど光の具合でエトルリア神がbenedizione、祝福をしてくれたかのようなひとがたの形が現れた。


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こうして細部を見てみると、アレの絵画の一貫したテーマー自然、作為、そしてそこから現れる神秘ーが見られるようである。古い煉瓦はそれだけで素材感があって、柔らかみがあり、色調も淡く微妙である。それ故それ自体のもつ色の濃淡による効果が得られる。

完成まであともう一息。

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by jamartetrusco | 2006-05-16 17:52 | Arte di Ale(アレのアート)
2006年 05月 15日

祭りまっさかりー La Vetrina del Cittaslow

イタリアは日本とよく似て、いや日本以上に、お祭り好き。この時期から晩夏にかけて、とにかく小さな田舎町から都会まで、ありとあらゆるお祭りが続きます。食祭り、花祭り、地元の聖人祭り、海祭り、ガラス祭り、焼き物祭り、、、。毎週末どこかでFesta, Sagraが開かれます。

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昨日の日より良き日曜日、グレーベでは恒例のアンティークのfettatriceとbilanciaの展示販売がありました。fettatriceはこちらで必須の生ハム、サラミ切り用器具です。bilanciaは計りのこと。
古いものはかなりの大きさで、鋳鉄でできており、それに赤や黒のなどで彩色されていて圧巻な趣き。そしてすべて手回しにて切る。オブジェとして存在感があり、収集家も存在するはずです。


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その他にも古いカフェを作るための器具などあったり、昔の器具の美しさ、手のかかり方の違いに改めて感心するばかり。

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祭りの最高潮の5時頃(たまたまグレーベに降りて行った時間に始まったのでラッキー!)遥かジェノバ近くの海の町Levanto市から招待されたMusici e Sbandieratoriのグループの行進が始まりました。太鼓をたたく音楽師と大きな旗を降ったり、投げたり、空中交換したりする技の見事な旗師達。彼らは通常中世の衣装をまとっており、今回もしかり。シエナの有名なパリオ祭りでもsbandieratoriの演技は有名なので見たことなる方もおられるのでは。
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この他に広場では情熱を持って美味しい食材を作っている職人的食材生産者のスタンドがいくつも出ていました。グレーベ以外の町から来た見るからに美味しそうな食材。spallaやsoporassataなど、本当に心を込めて作ったハムの数々。チーズ、タルトゥッフォ、レモン酒、オリーブ、サフランなどなど。さっそく我ら胃袋のためにいくつか購入。

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soprassataというのは日本ではあまりなじみがないかもしれないけれど、豚は頭から足、内臓まで何も捨てることなく使いきるトスカーナならではのハムです。色々な豚の部分を合わせて豚の頭の中で作るのが本来の方法だそうで、スタンドでもそのような展示。日本人の感覚だとちょっと「ぎょっ!」とする。まさに肉食民族ならではの発想ですね。

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でもその味たるや香料が良くきいて、やわらかく口の中で解けるような肉。
普通のスーパーなどで買うのとは比べ物にならない美味しさ。やはり商業べースでないこだわり職人ならではの味作りでしょう。

La Vetrina del Cittaslowというのは、最近はやりの言葉slow foodにちなんで、要するに時間をかけた手作りの職人芸のある食や工芸品のショーケースという意味です。
この食のスタンドの紹介の部分は今年初めての試みで、それだけに力が入っていてなかなか良かったです。お祭りもあまり惰性になると面白みがなくなってくるから。
遊びに来てくれたアレの弟レオナルドのカップルと楽しく過ごした日曜日夕方のひとときでした。



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by jamartetrusco | 2006-05-15 18:00 | Paese (土地柄)
2006年 05月 14日

Giglio アイリス ー フィレンツェの象徴

f0097102_124654.jpg5月は庭の藤棚から、野山を甘い香りで満たすアカシアの花など、さまざまな花が咲き始める月。フィレンツェにてもミケランジェロ広場の"Giardino dell'Irisの庭にて5月2日から20日まで1957年来開催されている第50回国際アイリス・コンクールを楽しむことができる。3000種のアイリスを見ることができる稀な機会である。

f0097102_0573616.jpgさてこのアイリスーフィレンツェでは通常"Giglio"と呼ばれ、また方言では"Giaggiolo"という呼び名もあるーはご存知な方もおられると思うが、フィレンツェ市のシンポルである。白地に赤のアイリスの紋章である。地元の方言であるgiaggioloはラテン語で「刀」を意味するそうだが、アイリスの矛先の刃の形への類似に由来するのだろうか。もともとアルノ側沿いを飾っていた白いアイリス、alba fiorentinaが市の旗の紋章として現れたのは1250年頃、ギベリーニ派とグウェルフィ派との抗争まっただかの時代。ギベリーニ派が優勢だったときは、自然のままの白いアイリスが赤字の旗に描かれていた。ところが1266年グウェルフィ派がギベリーニ派を駆逐し、市を統治することになった際に、その色を逆転した、すなわち白地に赤のアイリスである。それが現在まで使われている。このアイリスの印はフィレンツェの当時の通貨フィオリーノ, "fiorino"の銀貨またその後は金貨にも押され使用されたという。

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フィレンツェの歴史を語るのに欠かせないこの"giglio",アイリスの花。
我が家のまわりにも白に始まり、薄い紫と白の淡い色合いのもの、濃い紫色のもの、城塞のあちこちを色付けている。近くの町、San Poloでも来週末にはfesta di giaggiolo、アイリス祭りが開かれる。


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by jamartetrusco | 2006-05-14 01:03 | Storia (歴史)