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2006年 10月 30日

一日にてなせる技

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このところのアレの彫刻への集中力はすごい。制作の波に乗るとはこういう時のことを言うのだろう。その代わりキャンバスの方は一向に進まないが。
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つい今週初めまたあらたな杉の幹がスタジオに鎮座していると思ったらあれよあれよと言う間に、昨日覗いてみたら頭に変貌していた。前の女性の頭部より小さな幹ではあるが、彫り込み第1段階から頭の形に成り代わるまで、なんと一日を要するのみだった。

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ちょうどわたしがフィレンツェに行って留守にしていた日に根をつめたらしい。
底部に10月25日と日付が記されていた。アレはすべての作品に日付を書き込む。まだ未完でも。後になってある月のある日に出て来た作品というのがわかるのは案外おつなものである。
のみの彫跡がまだ新鮮で、木目の表れ具合も好きだ。

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昨日土曜日の晩より冬時間。一時間得をしたので一日が長い。ただ陽の落ちるのがますます早くなる。これから一気に午後5時には真っ暗闇の冬に向かう。ところが今年の9月、10月は記録的な暖かさ、なんと200年ぶりの高温新記録ということである。しかしこの暖かさもいよいよここ2〜3日のお名残らしい。

家のすぐ下のオリーブ畑でも収穫が始まっていた。日和は良いし、オリーブの種類によってはもう収穫できる十分に熟れたものがあるらしい。
私たちも昨日は少々気が引けるが近くのオリーブ畑から実を少々摘んで来た。こんなに少量だから誰のおとがめもないだろうが。

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友人に教えてもらった最新の珍味。この生のオリーブをフライパンで少々のオイルを入れて煎るのである。 オリーブといってもいろいろな種類があるのであるが、なるべく実が大粒の柔らかく熟したものが良い。緑がかったタイプが苦みがまろやかで一段と美味しいようである。
そのうち芳ばしいオリーブの香りが漂ってくる。ものの10分もすると実が柔らかくなる。
そしてそれをワインのおつまみに。ほろ苦くほくほくしている。なんともくせになる味である。
あー幸せと思う瞬間。
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by jamartetrusco | 2006-10-30 01:55 | Arte di Ale(アレのアート)
2006年 10月 27日

ポンペイの遊郭ーLupanare

ポンペイの官能的かつエロス溢れるフレスコ画は有名である。ポンペイの数多くある遊郭の中で最大の通称”Lupanare"が昨日再び公開となった。過去一年にわたる精密な修復作業を終えてあらたに公開されるこの高級遊郭。

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Lupaとは雌狼のことであるが、ラテン語の俗語で売春婦のこと。このlupanareはなんと2階建てにて一階ごとに5部屋、計10部屋の大型の遊郭。2階はバルコニーなどついていて裕福なお客向き。

フレスコ画にある性表現は直裁で想像の入りうる余地などなく、各部屋の入り口に提供するサービスの看板代わりに描かれている。まだ人間の根源的本能である性愛が社会のタブーとされていなかった時代の開放的な表現。どこか生き生きとしてユーモア溢れる。考古学的価値は言うまでもない。

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この快楽的都市ポンペイが紀元後79年、ヴェスビオ火山の噴火により6メートルの火山灰に一気に被われて跡形もなく消滅したことはあまりにも有名である。この遊郭もその例外にもれない。18世紀になって初めて発掘が始まり、灰の下に奇跡的に保存された建物やフレスコ画などが現れたときの驚きはいかなるものであったか。
そして18世紀、19世紀を通じて発見されたこれらのエロチックなフレスコ画はその性質上、ナポリ考古学美術館に保管され、「適切な年齢に達しており、倫理感のしっかりしたもの」のみに公開が許されたという。

私がポンペイを訪れたのはもう遥か昔、80年代半ば。まだ修復など行き届いておらず、またほとんどの建物が閉まっており中に入れなかった。夏暑い時期で、炎天下のもと土ぼこりにまみれながら、ヴァカンスをともに過ごしたパリに住む女友達とポンペイの周囲を足をひきずりながら歩いたのを覚えている。そして守衛さんのいかにもナポリ人気質の人の良いおじさんが「本当はだめだけれどちょっといれてあげよう」、と特別に入れてくれた。彼女のそのときのボーイフレンドがイタリア人でマルコ・チェイといったのだが、ある建物にCeiと記されていて、彼の遠い先祖かなーと笑いながら話した思い出は太陽の光と遺跡の匂いとともに今でも鮮明に心に残っている。
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by jamartetrusco | 2006-10-27 23:28 | Storia (歴史)
2006年 10月 25日

Tempesta ー嵐

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嵐の前触れ。

突風の吹く。 雲が異常な早さで空を翔ていく。
そして雨も駆け足で右から左へと通り過ぎて行く。
そして妙に生暖かい空気。

こんなに迫力のある朝焼けを見るのは久々である。
またもや朝焼けか、とは言え。
めったにない地獄色である。天地創造の世界。
大地が真っ二つに分かれる日。

Tempestaー嵐。
ベネチア派の画家Giorgioneージョルジョーネ(1477?〜1510)、別名Zorzon(大Giorgioという意味)の作品に同題の絵がある。 そういえばシェークスピアの最後の戯曲「テンペスト」もある。嵐は人の心を揺さぶる何かがある。

この謎に包まれた作品「嵐」。
ジョルジョーネという画家自体も神秘のベールに被われている。早逝していることもあるがその作品は希少であり、また人生についてもほとんど知られていない。
同じベネチア派のジョヴァンニ・ベリーニやヴィットリオ・カルパッチョのもとで学んだとされている。またフラマン派の北方絵画を見る機会もあったらしい。

作品も叙情詩的、暗喩的で解釈が必要である。その作品で最も有名且つ神秘的なのはドレスデン美術館にある「眠れるヴィーナス」、ウィーン歴史美術館所蔵の「三賢人」、そしてヴェネチア・アカデミア美術館にあるこの「嵐」。
いずれも眼にみえる主題に隠れた寓意があるようだ。

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「三賢人」については実はキリストの誕生をみまう東方三賢人ではなくて、人間の思想の3段階ー若者はルネッサンス時代、中年はイスラムの世界、老人は中世期ーではないかという説やもっと簡単に人間の生命の3段階のアレゴリーであるという説などある。また天文学的、錬金術的論理に基づく解釈をする研究者もある。

ヴィーナスは後にティツィアーノの「ウルビーノのヴィーナス」の原型ともなった。この裸体女性像は時代を越えている。まるで静物画をみるような自然性がある。後世のヴェラスケスやアングルの裸体女性を思わせるような不思議な現代性がある。まるで菩薩を思わせるような柔和な表情である。

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そして問題の「嵐」。ヴェネツィアの知識人サークルの主導的人物だった貴族のガブリエーレ・ヴェンドラミンの依頼によりある種の寓意を含む絵として制作されたと知られる。1530年には、「カステルフランコのゾルゾの手によるジプシー女と兵士のいる嵐の風景を表した小さなキャンバス」という描写が残っている。サイズは83 x 73cmだから当時の絵画としては小さい方だったのだろう。以降「嵐」という題にて知られるようになる。ジョルジョーネ自身はいったいなんと名付けていたのか。背景はジョルジョーネの生まれたカステルフランコをもとにしていることがわかるデッサンが残っている。

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嵐を予期する風景を背景に右側には裸体の女性が赤子に乳をあげ、左側にはそれとはまったく無関係のような兵士の男が立っている。一見女性を見ているかのようだが、視線は別に向けられている。男の背後の崩れた柱は「死」の象徴とされる。そして背後の建物の屋根にとまるコウノトリ。子供への親の愛の象徴。

風景が単に風景としてとどまることなく作品の中心となるという西洋絵画史上初めての例とされている。今では風景画は当たり前のように思えるが、確かにルネサンス以前の絵画様式はキリスト教を題材とした逸話や肖像画などがほとんどで、主題が「自然」そのものということはなかった。

この絵の解釈は実に様々で、この不可思議な二人の人物の存在から、ヘロデ王から避難するためにエジプトへ逃げる聖家族であるとか、二人はギリシャ神話のパリスとオエノーネ(パリスの最初の妻)であり、背後の嵐は妻を捨ててエレナと結ばれるパリスとのその後のトロイ戦争の予感であるとか、アダムとイブのいる落ちたる楽園の兆しであり、赤子はカインである、といった説、そしてもうひとつ興味深い説としては、ヴァザーリの美術家伝にも名前がでてくる1500年にトレビゾにて生まれたジョルジョーネの息子とされるパリス・ボルドン(ギリシャ神話とも重なってくる)へ捧げる寓意的絵画ではないか、ともあるが、いずれも確実なものではない。

しかしこの作品の素晴らしさはとりわけその自然に基づく色彩であろう。空間を構成する要素としての色彩。遠近法や線描の拘りはそこにはもはや見られない。レオナルド・ダヴィンチの背景にも通じる空気感と色調がある。線描を主軸としたフィレンツェ派の画家たちと海洋都市のヴェネツィアから生まれた光を捉えるヴェネツィア派画家達の違いもあろう。
また不思議な静寂感に満ちている。嵐の予兆なのだろうか。それとも嵐は宇宙、天体を表すシンボルに過ぎず、作品のそれぞれの要素の背後に錬金術的なシンボリズムが隠されているのだろうか。

このように未知なる要素を多分に含んだ一枚の小さな絵。様々な謎に包まれるだけにますます面白みも増す。いずれこの絵の謎が解かれる日がくるのであろうか。

追記:
ちなにみ朝の嵐の兆しとは裏腹に、強風のおかげで昼間頃から太陽が顔を出し、嵐とならずに終わってしまった。こけおどしの朝焼けであった。
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by jamartetrusco | 2006-10-25 00:26 | Arte (芸術)
2006年 10月 23日

フィレンツェと京都

f0097102_22451018.jpgフィレンツェと京都は姉妹都市としての絆を結んで去年で40周年目。そのおかげで様々な行事が昨年は京都、フィレンツェとで企画されたのだが、去年のちょうど今頃フィレンツェのシンボルであるヴェッキョ宮内とドゥーモの前にて京都からのお客さんを招いて"Kyoto sull'Arno" 「アルノ川の京都」と題する記念行事が行われた。たまたま茶の湯好きのイタリア人の友人が参加するというので同行した。イベントのメインは京都より舞妓はん、芸子はんがその芸を披露。そして京都造形芸術大学の和太鼓グループの豪快な和太鼓技、そして冒頭には世界平和を願う日蓮宗の僧による念仏も捧げられた。

一年経った今、たまたま画像が出て来た。京都の伝統とフィレンツェの歴史が交差した貴重な2日間。違和感があるような不可思議な調和があるような、珍しい画像なのでここに紹介したい。

パラッツォ・ヴェッキョの16世紀の大広間はその日はこのイベントのために無料公開。ということで思いがけず久々にこの大広間を見ることができた。彫刻が素晴らしい。照明の効果も。先日紹介した思惑つきのヴァザーリのフレスコ画があるのがここである。

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このSalone dei Cinquecentoにて舞妓芸子さんや和太鼓の演技がみれるとは。
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その後一団はシニョーリア広場を抜けてドゥオーモの前まで行進。道行く人々の注目を集めながらゾロゾロと。

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その日は眼の覚める快晴日でDuomoが美しい。
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その前で再度、和太鼓の演技。和太鼓は佐渡の鼓童というグループの公園を大分前にロンドンにて見て以来。生の太鼓の音の深みと振動はやはりお腹に届く。それにしても太鼓運ぶの大変だったであろう。めったに見られないこの光景に多くの人だかりができた。

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今年は錦市場の方々が訪れると聞く。
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by jamartetrusco | 2006-10-23 22:10 | Paese (土地柄)
2006年 10月 22日

Uomo Olivo

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オリーブの男。
勝手に名付けたこの男の頭像。
この前のオリーブの木屑を作りだした張本人である。
ひび割れの入ってしまった顔をだいぶ削った。
かなり引き締まった土臭い顔付きである。
太陽を燦々と浴びたようなやや乾いた肌。
国籍不明。
頭の上は帽子なのか。それともターバンか。
プリミィティブなその佇まいをみてイースター島のMoaiを思い出した。

そこでちょっと遊んでみた。
トスカーナの海岸に彼を移動。 ゴームリーに刺激され。

しかしやっぱりオリーブの男はオリーブ畑の方が似合うようだ。




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by jamartetrusco | 2006-10-22 03:27 | Arte di Ale(アレのアート)
2006年 10月 20日

アントニー・ゴームリーのインスタレーションーAnother Place

アントニー・ゴームリーAntony Gormleyは1950年イギリス生まれの彫刻家である。現テイトモダンの館長であるニコラス・セロータがWhitechapel Art Galleryの館長をしていた時代にゴームリーの才能を早くも認め、同ギャラリーにて1981年に個展を企画している。その後1994年には英国の作家の登竜門とも言えるターナー・プライズを受賞して世界的にも名を知られるようになった。常に人体を使って、それも自身の体の鋳型を取って彫刻にしている。日本の美術館にもその作品は多く所蔵されている。

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彼の最近のインスタレーション"Another Place"は1997年以来ドイツ、ノルウェー、ベルギーでのインスタレーションを終えて、現在イギリス、リバプールの海岸Crosby Beachにて展示中である。今年11月まで展示されその後はニューヨークに移動の予定としている。しかし2008年にリバプールがヨーロッパ文化首都として主催地となることもあり、そのままこの地に永久展示しようではないかという文化人、地元の人々の希望が持ち上がっていた。なにしろこの彫刻のおかげでこの地への訪問者が1年半の間に60万人もあったというのである。 

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このインスタレーションは実に壮大である。100体の鉄鋳型の人体彫刻を3キロに渡りアイルランド方面を向いて点々と海岸線に設置。設置場所も様々で、海の引き潮満ち潮によって見え隠れする像もあり、海岸、海、空を舞台に人体と自然との調和と対比という人間の根源的テーマを写し出すものであった。今回の人物像も彼自身を型どったものである。

海を向いて静かに佇むこれらの人体彫刻。それぞれが深い想いに包まれて何かを凝視して、遠い彼方を見つめるかのようだ。そして傍らに見る者もいやおうなしに彼とともに彼方に視線を向ける。まるでイースター島の巨大頭像のように。古代から人は宇宙に対しての自らの軌跡をなんらかの形で主張するためにこれらの記念碑を作ったのではないか。

作家の言葉を借りれば、このインスタレーションは「忘れられつつある歴史の積層の間のつぶやくような対話」であり、「風景に、また人々の夢の世界に鍼灸をするようなもの」であるそうだ。
抽象的な表現ながらなんとなく理解できる。鈍感になりつつある感性や思考体系にほのかに刺激を与え、宇宙(海)という広大な器に根ざしながら、引きまたは満ちる人の生き様(じねん)に眼を向けるというような意図かと思う。

ゴームリーの言葉より。
彫刻とは:
かたみ、記憶。
証人となるオブジェ。
空間と時間にしおりをつけるもの。
タブロー、物語における役者。
手段。
自己参照的な器。
人体として:美的、代理的、理想的。
素材においてその本質と構造を露にする。
発見されたオブジェ。
正式な命題。

ゴームリーの制作哲学は「ひとがた」の原始的な有り様、儀式的、祭儀的なシンボリズムの強いオブジェとしての人体彫刻という概念に根ざしているように思う。

ところでこのインスタレーションを永久的にこの海岸に置こうという案は座礁しそうである。というのも漁師やサーファーなど一部の人々が生活への妨害であると主張して予定通りの撤去を願い出ていて、どうも市がその主張を受認する方向らしい。先見のない利己的な人々の勝利とかなりの批判もでているらしい。
リバプールの観光名所ともなりつつあるこのインスタレーション。このまま設置したままにおくのも意義深いかとも思うがこのインスタレーションの本来の意図すべきところは「移動すること」にあろう。利害関係の問題は別にして、このような広大なインスタレーションは儚いからこそ意義があるように思う。蜃気楼のように消えてその残像だけが表現の重みとして心に残るほうが美しい。クリストの包みのプロジェクトのように。
次の開催場所ニューヨークはどのような場所を考えているのか。大変興味がそそられる。

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by jamartetrusco | 2006-10-20 21:55 | Arte (芸術)
2006年 10月 19日

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朝7時、ようやく陽が彼方の山から上ってくる。その前の朝焼け空の美しさ。耳にはいるのは自然の奏でる音のみ。ぴーんとはった空気から伝わる静寂感。

ひんやりしたテラスにて朝の空気を吸いながら今日という日の最初の光を一瞥する。黄昏の夕焼けの「終結」を告げる光でなく、すべての「始まり」の一光である。

「曙」 「暁」ー すばらしい言葉である。漢字一字に早朝という自然が内包する美が集結されている。
イタリア語ではAlba, Aurora。アルバ、アウローラ、特にAuroraはほのかに香ってくるような美しい響きである。ギリシャの神殿に当たる陽の光のイメージ。地中海の夜明けである。

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春はあけぼの。やうやうしろくなり行く、山ぎはすこしあかりて、むらさきだちたる雲のほそくたなびきたる。
清少納言の表現力の天才に感心する。しかし秋のあけぼのも捨てたものでない。
秋の夕暮れは憂いを誘う。

三島由紀夫の「暁の寺」。4部作からなる「豊穣の海」の第3巻。起承転結の「転」の部分とも言える。輪廻転生の転生でもある。

なにかが生まれ変わる、朝焼けの顕われる時間はそんな新しい生命に光がともる一瞬である。

黄昏も暁もその瞬時にしか垣間みることのできない陽炎のような美のエッセンスがある。心が微妙になびく、明暗のはっかりした二つの世界の境界線の狭間にあるうたかたの美。

吸血鬼は朝日に当たると死んでしまう。あけぼの時はドラキュラにとって暗いねぐらに帰るラッシュアワーである。

ミケランジェロのメディチ家廟の彫刻の「夜明け」の像は若いエネルギー溢れる女性像である。

そして夜の名残りの月がほのかに見えるのも暁の時。太陽と月がともに共存する一瞬でもある。 

限りなく夢の広がるひととき。


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by jamartetrusco | 2006-10-19 00:06 | Natura (自然)
2006年 10月 17日

アガサ・クリスティーの失踪の謎

いつも読んでいるネット上の英国の新聞、ガーディアンの文化欄に面白い記事を見つけた。

f0097102_1975863.jpg自伝作家のアンドリュー・ノーマン著の"The Finished Portrait"、(完成された肖像画、という意味)がこの秋出版された。この本にて初めて著名な推理小説作家アガサ・クリスティーの人生におけるミステリーを解明してくれるらしい。
彼女の推理小説さながら、ある日アガサ・クリスティーはバークシャー州にある自宅から姿を消してしまう。過去80年間に渡り警察も周りも何故彼女は消えたのか、その原因を知ることはできずにいた。

1926年、12月3日の金曜日。その頃には第6作目の「アクロイド殺人事件」が成功を収め推理小説作家としての地位と名声をすでに確立していたアガサ・クリスティー。その日の夜9:45に階上に寝ている娘におやすみのキスをした後、自宅から姿を消す。彼女の乗っていたモーリス・コウリーはその後少し南下したサレー州のギルドフォードにて発見。しかし彼女の姿はない。車の発見されたそばに「静かなる沼」と呼ばれる場所もあったことから、その沼にはまって溺死したのではないか、不実な夫が殺害したのではないか、または売名のための演技ではないか、などなど様々に騒がれた。当時の内務大臣のプレッシャーもあって警察はその当時の一流の推理作家、コナン・ドイル(シャーロック・ホームズで有名)やドロシー・セイヤーに解明を依頼。これもまた面白い。オカルトなどに凝っていたコナン・ドイルはアガサの持っていた手袋を霊媒に持っていったというから笑えるではないか。

結局11日間の失踪の後、彼女はかなり北に上がったヨークシャー州のハロゲイトの保養ホテルに泊まっているのを無事に発見された。それも別名のもとに。失踪のニュースは世界を巡りニューヨーク・タイムズ紙のトップ記事となっているというそんな大騒動の中である。

では何故に? 車の事故で一時記憶喪失になったのではないか、夫の浮気を妨害するための彼女の狂言では、などなどの議論がかわされた。しかしこの自伝の作者のノーマンは元医師である観点から、このアガサ・クリスティーの行動は憂鬱症とストレスから来る一時期の精神性の記憶喪失、Fugue State (徘徊病)であると論ずる。これに似たケースは他にもあったらしい。

この記事を読んでイタリアをここ数年騒がしている未解明の殺人事件を思い出した。コンニェという山のそばの静かな町にて、1月末のある朝3歳の子供が自宅にて無惨にも殺害されるというあまりにも惨い事件であったが、容疑者は唯一母親。しかしこの母親は未だに無実を主張している。この母親もある種の精神不安定にて薬を常用していたという。ということはもしかして彼女も一時の記憶喪失にかかり、自身の犯した子殺しも覚えていないのでは、と思えて来た。

ストレス、トラウマ、憂鬱症、それらの要因がいかに一人の人間の精神状態に影響するのか。
人間の精神は素晴らしい可能性も生み出すとともに底なしの地獄にもなり得る。作家という素晴らしい頭脳に恵まれたアガサ・クリスティーでさえ、心の病には太刀打ちできなかったのだろう。心は頭に作用するが、頭は心には限られた力しかないのだろう。
心の持つ無限なる力とその及ぼす処を見た。
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by jamartetrusco | 2006-10-17 18:47 | Libri (本)
2006年 10月 16日

オリーブの残照

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オリーブの木の彫った木屑を集めて円にした。
なんだかリチャード・ロングのランドアートのよう。
生きている素材は木屑となってもどこか美しい。
これだけの木屑が出るにはどれほど彫り込んだのか。
結婚したてのときに彫った人間頭部があったのだが、あまり進行ない時期にノミを置いてしまった。
その「頭」、どこか不器用なノミ使いが見える中世の騎士のような顔であった。その「頭」を最近また彫り始めた。というより彫らざるを得なくなった。スタジオにあまり長く置いていたので、乾燥と湿気の繰り返しで一部にひび割れができてしまったのだ。先日の頭部に続いて彫刻づいているこの頃。この「頭」に再び挑む。どんどん彫って行くうちに今までの不器用な顔がだんだんと男前になってきた。目つきも鋭い。やはり人間10年の月日は無駄に経つものではない。

オリーブの木は彫りたては薫る。オリーブオイルの香りのような香ばしい匂いがする。
だから木屑もそうだ。そして猫のビルバがしきりとこのクズを食べにくる。
木の片まで食べて大丈夫?と心配はするものの、自然の生き物、すべきこととすべからずこととよくわきまえているだろう。
ということで猫の不思議、先日の「オリーブの木を舐める」に加えて「オリーブの木片を食べる」までと至った。

続きはいかに?


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by jamartetrusco | 2006-10-16 02:50 | Arte di Ale(アレのアート)
2006年 10月 13日

prima e dopo ー 初めとその後

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今年の初めに大家さんの庭で延びすぎて壁を崩しそうなのでいくつかの杉の木を伐採した話を以前書いたかと思う。その杉の木、あまりにも新鮮だと彫りにくいので少し乾かししていたのだが、最近になってアレが彫り始めた。なにしろ大きな杉の幹なので最初の形はのこぎりで。それを少し彫っていく内にこんな鍵型となった。いろりの上にかかっている自在かぎとは言わないが、なんとなく懐かしい古道具を思わせる形。
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そしてだんだんと人の顔と変貌していく。使用しているのは私の祖母から受け継いだ木彫用ののみや日本で買ってきたものがほとんど。のみ刀の類はやはり日本である。
亡くなった祖母も自分の遺産が遥かイタリアにて活躍していることを知って喜んでいるに違いない。100円ショップの安物も最近では大分質が上がってきて案外行けるそうだ。イタリアにて購入する中国製のみはだめ、とのことである。同じ中国製でも品質管理の違い。使っている本人が言うのだから間違いなさそうであえる。

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彫り始めの顔はどこかプリミティブで愛嬌がある。そのままでも面白い。

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だんだんとディテールが彫られていく。そうすると今までの顔がだんだんと女性の顔となっていく。髪もルネッサンス時代のアントニオ・ポライオーロの女性の横顔にあるそれのようである。
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この辺りに到達するとこれからが難しい。もっと詳細を加えていくとうまく行けばよいが、かえって面白みがなくなってくることもある。キッチュになってしまわないように。
さてアレはこれからどうすることやら。

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by jamartetrusco | 2006-10-13 16:37 | Arte di Ale(アレのアート)