トスカーナ 「進行中」 In Corso d'Opera

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2007年 12月 27日

考える猿

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ニューヨーク、マンハッタンの一地区、チェルシー。
現在、現代アートのメッカと言えるギャラリーが処狭しと集まる地域である。
以前はソーホーがその中心であったが今では見る影もない。唯一まだ残っているのは
60年代名高いレオ・カステリ・ギャラリーの立役者レオ・カステリの右腕のイヴァン・カルプの営むOK Harrisぐらいである。
栄枯盛衰とはこのことである。
しかしこのチェルシー地区、あまりにも多くのギャラリーが混在するのでよほどのエネルギーがないと一軒一軒まわる気がしない。
それでもいくつか印象に残る展覧会に出くわした。
その中の展覧会のひとつ。
Andrew Kreps Galleryにて開催中の"Shape of the Ape" 「猿の形」。作家はクラウス・ウェバー。後でわかったことに作家はドイツ人である。やはりヨーロッパ人の
感性なのだろうか、心が通じるところがある。
展覧会もあまり見ると食傷気味になり、印象に残らないのがほとんどであるのにこの展覧会は妙に鮮明に頭に残ったのである。
展覧会は全体がひとつのインスタレーションになっている。大小様々な「考える猿」の
像がブロンズや焼き物などの素材にて高さの違うガラスの台座に鎮座している。
猿はダーウィンの本に乗って、髑髏を片手に沈思している。
「考える人」や「ハムレット」のパロディーであろうか。
ダーウィンの「進化論」を基調とした「人間が世界の中心」的な近代文明の行きつまりとそれによる結果の皮肉とも見える。そしてどことなくユーモラスで笑いを誘う猿である。
実はこの「考える猿」のブロンズ像、ウルフガング・ヒューゴ・ラインホルドという19世紀に生きたユダヤ系ドイツ人が作ったもので、この展覧会で使われた30体あまりの像も一人のコレクションらしい。
まつわるエピソードとしてはあるアメリカの有数なる企業家でありアート・コレクターとして有名なアルマンド・ハマー(レオナルドの自筆本であるコーデックス・ハマーの持ち主本人でこの写本は1994年にビル・ゲイツが落札した)が当時のロシアとのビジネス交流を促進しようと1922年にレーニンにこの像を贈ったとのこと。
結果はかんばしくなかったもののこの猿の像だけはその後ずっとクレムリンの机を飾っていた、という。

時代と歴史の変遷に関わらずその足跡を残したこの猿の像。
あらたに現代作家のインスタレーションを通じて目に留まった。
像としての歴史を経た存在感を備えているに違いない。

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by jamartetrusco | 2007-12-27 23:36 | Arte (芸術)
2007年 12月 23日

クリスマスにちなんで

クリスマスの時期に思い起こす名画。

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フランス、レンヌ美術館所蔵のジョルジュ・ド・ラトゥールの「赤子の誕生」。
荘厳な寂々とした風景に母と赤子、そしてその横に温かく手をかざす婦人のみ。
宗教的象徴のある事物は不在であるのに、この絵がキリストの誕生を暗喩するのは
明白である。
光と闇の微妙な陰りと美の中に魂の神聖さを如実に表した素晴らしい絵である。
その意味ではキリスト誕生のすべてを写実した絵画より宗教性に富むとも言っても過言でない。内面をみつめるような精神性高い絵である。ラトゥールが自身のために描いた絵ではないだろうか。

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それとは対照的にルネサンス初期の豪華絢爛そのものを象徴するジェンティーレ・ダ・
ファブリアーノの「東方の三賢人礼拝」の絵。ウフィツィ美術館所蔵。
礼拝の模様を画面一杯に細部にわたり描写している。ゴシック時代の様式化がまだたぶんに残っていながらすでに人物の自然主義的な表現が特徴で、フラ・アンジェリコなどの先駆けと言えよう。3つの異なる光源から画面を美しい輝きで満たしている。
キリスト誕生の光を象徴的に表すようであり、光の美しさに満ちたこの時期にふさわしい。


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そしてもう一点、どうしてもこの時期になると想起する絵。
ウィーン歴史美術館所蔵のピ−ター・ブリューゲルの「雪の中の狩人」。
白一色と枯れた木々の冬景色を背景に家へと帰途につく狩人と犬が話しの誘導人のようである。遠くには教会近くの集落とそばの凍った湖にて遊ぶ人々が見える。前夜祭の晩餐のための狩りに出たのだろうか、などと想像するに楽しい。
日常の瞬時の中に人間の生き様の普遍を織り込んだブリューゲルならではの傑作。

クリスマス・カードにするに最適な名画3点である。
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by jamartetrusco | 2007-12-23 23:18 | Arte (芸術)
2007年 12月 20日

旅から帰ると

旅から帰った後は頭が非日常へと飛んでいて日常茶飯事に戻るのが困難である。
一時一時が新しい出会いのある一日を過ごすことの新鮮さと快感。
朝起きて夜寝るまでの一日が、ぎっしりと色彩鮮やかに塗り込まれた体験の一画面のようだ。すかすか、でない感覚。
緊張感と覚醒感に満ちている。

今のイタリアはどこかおかしい。帰ってくるとほっとしない。
人々が荒んでいる。親切でない。倦怠と不満と怒りに満ちている。
ポジティブな躍動感がない。
住んでいると粗が見える、というだけだろうか。


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by jamartetrusco | 2007-12-20 17:47 | Vita (人生)
2007年 12月 04日

通称AR宣言

AR-Active Resistance to Propaganda.
パンクファッションなど過激なストリートファッションの創始者であるイギリスのデザイナー、ヴィヴィアン・ウェストウッドが今年5月に発表したマニフェストー宣言を読んだ。かつて住んだロンドンのアパートからさほど遠くないキングス・ロードに彼女の店、Worlds End (世界の果て)はある。
彼女のデザインする服には惹かれたことはなかったのだが、この宣言を読んでその人となりに興味をもった。ファッションという実に現代的商業主義に則った世界に住む本人が述べること自体の矛盾はあるに違いないのだが、その主張は人間の生きる道筋の真実を直感的に語っていると思う。
不思議の国のアリスやピノッキョ、アリストテレスやホイッスラーまで登場させて質問、応答、論議などをややユーモアを交えながらアートのなんであるか、そして人間の生きる道の選択についての彼女の考えを解明していく。
全文は彼女のサイトにて読まれたし。

この宣言は「アートを探そうではないか。アートは文化を生み出し、文化はプロパガンダーこの場合、人間を含めるこの世界の真実を迷わす毒素のある行為を意味するのだろうーに対抗する解毒剤である」という提言から始まる。
その神髄の思想は単純に言えば「アートは人類を救う」ということにあるのだが、単純な救世主としてのアートというそれこそプロパガンダ的ものではない。
芸術という日本語訳に内包される歴史をあえて避けるためにここでは抽象性の高いアートという言葉で語ろう。
アートはその存在を認知した者の前に現れる。アートが在るときに世界は変化する。
アートは人間の持つ真実なる性、Representative Human Natureを具現したものであり、それは時代の変遷において変化するものではない自然(人間)の普遍である。
自然の普遍を体現したアートは必ず宇宙の道にかなった想像力あふれる客観性をもっている。いかなる人間にも変わらず存在する普遍性を把握する。人間の存在の最終的な目的は幸福である。幸福はひとつの小宇宙(whole)である。whole(完結性)を形作る部分はその部分なくしては全体が未完に終わるということである。アートの存在の真実はそこにある。
そして真のアートはアーティストの自我の主張ではなく自然(じねん)あるがままの存在(wholeを形作る部分の要素)を伝達する者である。花が美しさを主張しないのと同じく。自己宣伝、自己満足、自身の自我を押し通すーあまりにも現在多い表現であるがーというのは真なるアーティストではない。想像力こそ人間の持つ生きる上の最高の力性であるのに、それは限りなき欲望と到達しない追求と疎外感への逃避へと流れてしまう。(このような逸脱に留意させるのがアートである)
しかしアーティストはまわりの文化や存在になんの責任もない、彼が仕えるのはアートにのみである。アートはそれを認知する者の中に宿り(アーティスト)、その者が消えるとまた飛び立ち別に宿る処を探す。
アートは太古からの人間の性にある「既存」の事実であり、それ以上の世界のさらなる追求は進歩ではなく阻害、破壊を促す。

賛同する部分をかいつまんで自分の言葉にして書き記してみた。

今更新たに声を揚げるようなことではないかもしれないが、近頃のアート界の状況をみて私が感じているようなことを具体的に文章にしてくれていたのが痛快である。
そしてアートのもつ力ということについて、今のような目的の見えない混沌とした世界に再度問いかける必要があると強く感じている。
一体人間なんのために存在しているのか。
社会主義、共産主義の限界を知り、資本主義の欺瞞が暴露され、そして自然、宇宙に対する人間の奢りが自己破壊へと向かいつつある今、自然、宇宙を内包する人がその本当の性を発見するとき、真の「アート」を発見するときこそ、行くべき道しるべが見えてくると思う。アートなる性を内包する真のアーティストは真実を見極める力があるに違いないのである。

このマニフェストひとつの運動としてあちこちで朗読するらしい。
ついこの1日にもロンドンの小さな美術館Wallace Collectionで行われた。
いつかその席に参加してみたい。


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by jamartetrusco | 2007-12-04 22:56 | Arte (芸術)