トスカーナ 「進行中」 In Corso d'Opera

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2008年 01月 30日

Van Der Graaf Generator のイタリア公演

ピーター・ハミル率いるヴァン・デル・グラーフ・ジェネレーター(以下VDGG)がイタリアの唯一の公演を3月29日、リボルノのロズィニャーノのテアトロ・ソルヴェイにて行う。
リボルノはここから2時間ほどで行けるトスカーナ州内の港町であるので行くのは
間違いなしである。
2005年に初めての再結成コンサートをロンドンにて行ってからグループにて度々公演活動を行っている。
VDGGはイタリアにて長い間不朽の人気を集めている。プログレッシブ・ロックが盛んであった背景もあって(イタリアのプログレ、オルメやPFMは有名)ジェネシスやVDGGはイタリアで初めて認められたという歴史があるのだ。VDGGのアルバムの売り上げは唯一イタリアにてトップチャートを飾ったのである。

去年の11月のピーター・ハミルの日本公演には行きそびれているので今回は我ながら力が入っている。2月1日より電話にて予約開始というからもうすぐである。
問い合せ番号に早くも電話してどのように券を取れるのか聞いたところ電話にて予約するだけのよう。クレジットカード支払いとか?と聞くとそれも入らないらしい。行う劇場が市の経営する処であるのであまり商業主義でないのであろうが、本当に予約だけで大丈夫なのだろうか。。

土曜日なので家族3人にてリボルノ観光の後コンサートという予定であるが、本当に
娘は耐えてくれるのか心配。なにしろVDGGの音楽は好きか嫌いか、という中途半端な
ものでないからだ。
ロックコンサートに初めて行ったのが小学校2年の時の武道館のモンキーズ(歳が
割れますね)という自分であるので9歳の娘に初体験させるのも良いだろう。
初体験がVDGGというのはなかなかおつなものである。
オペラやクラシック音楽がスタジオの必須音楽であるアレも来るというのだが、本当に
大丈夫?まあ皆初体験をしてもらいましょう。


VDGG on You tube
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by jamartetrusco | 2008-01-30 19:46 | Vita (人生)
2008年 01月 28日

想像力の偉大

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昨晩不思議な夢を見た。昨年11月のある晩、娘が一晩だけのアート・インスタレーションを作ったのだが、その作品のひとつひとつを写真にしたものを日本に住むドイツ人の友人が自身のギャラリーにて展示しているのである。いつのまに手にいれたの?と不思議に思いながらとても感動している自分がいるのである。
アートというのはこういうものかもしれない、などと思いながら。
鮮明なる記憶と色彩とともに頭に残る夢。
そして改めて彼女の想像力の豊さに脱帽した。
そこで記録として書き残すことにした。
2007年、11月19日の晩。
アレのスタジオにて目に入るオブジェをあちこちから集めて、作業台の上に並べ
ひとつひとつにタイトルをつけたのである。その詩情は本能的、直感的。
そして何故にこういった着想になるのか、開眼的なものもある。

1. Ultima Possibilità (最後の可能性)
2. L'occhio di Ulisse (ユリシーズの眼)
3. Il Vulcano due dita (火山、2本の指)
4. Gli uccelli volanti (飛ぶ鳥)
5. Il nulla più assoluto (全くの無)
6. Il cilindro (筒)
7. Il treno express (急行電車)
8. Un telefono del futuro (未来の電話)
9. La Città distrutta (破壊された都市)
10. Un albero sacro (聖なる木)
11. Cosî diventerà il sole (太陽がこうなる様)

マルセル・デュシャンも顔負けのタイトル。
Found Object,身の回りの事物を使って出てくる発想の泉。
このような頭をもってして創造は生まれるのであろう。
問題はどうやってこういう頭の構造を失わずに年輪を重ねていくかである。
一晩の創造のほとばしりがそのまま過去の一瞬とならないように。。。

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by jamartetrusco | 2008-01-28 18:31 | Vita (人生)
2008年 01月 22日

変容するオリーブ

アレの1月の彫刻は着実に形を表しつつある。
余分な肉付きは必然的に落とされていき、だんだんと骨格がはっきりしてきた
感じである。
オリーブの根幹の不思議は角度を変える度にその姿が変容することだ。
ひとつの角度からはまるで裂かれた牛の肉塊、また別の角度からは
人体のようにも見える。外が中で中が外。線と面が始めも終わりもなく
巡り巡る形。正面なき形体。

生命の形というのはこんなものかもしれない。



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by jamartetrusco | 2008-01-22 19:20 | Arte di Ale(アレのアート)
2008年 01月 17日

今度はスペイン広場


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またまたしてやったり!
グラツィアーノ・チェッキーニ氏。昨年10月のトレビの泉を真っ赤に染めた男である。
今回はスペイン広場の階段の上からカラフルなプラスチックの玉を50万個転がしたのである。近頃の塵にまみれたイタリアに色をともすため、とのこと。
「自分は左でも右でもない、純粋なるアーティストである」と彼を右派であると書くジャーナリストの嘘にも反論。
カラカラコロコロと轟音をたてて転がり落ちるボール。通りががる人も観光客も、子供も大人も大喜びにてその壮観な光景を眺める。写真を撮る人も多々。
「イタリアの最高の見上げ」と微笑む観光客も。

今回はこれだけの玉を用意することもあり2万ユーロの費用がかかったらしい。そして玉転がしに参加したのは作家含めて4人。スポンサーまでついているから笑える。その変わり公務執行妨害の罪を問われるらしい。市側の権威はもちろんこの行為を自己宣伝目的の許すべからぬ行為と非難しているが、この行為を賞賛し賛同する人は少なくないだろう。

以前と同じく新未来派の宣言文を残している。しかも今回はしっかりと本人も全面にあり。宣言文は以下の通り。

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"Tattarattatà: i fratelli d'Italia si son rotti le palle. Dal rosso Trevi alla quadricromia. Noi futuristi ascendiamo verso le vette più eccelse e più radiose e ci proclamiamo signori della luce perché già beviamo alle vive fonti del sole. Una macchia di colore vi tumulerà. Noi siam da tempo calpesti, derisi, perché non abbiam governi decisi".

「タッタラタッタ! イタリアの兄弟諸君は皆辟易している。(rompere le palleはもっと俗語のparolacciaで、文字通りの意味はきん玉がつぶれるの意。pallaは玉の意があるので睾丸の意とかけて語呂合わせをているのである)
トレビの赤から4原色へ。我々未来派は神々しく、光輝く頂点へと登りつめる、そして
すでに光の祝福を受けている。というのもすでに太陽の命脈々とした泉を享受しているからだ。色の斑点があなた達を埋め尽くすのだ。我々はしっかりとした政府がない故に長い間踏みつけられ、嘲笑われている。」

塵に埋め尽くされたナポリ近郊の大変なニュースは日本にも流れているだろう。
未だに分別もせずに破棄する塵の山。民度の低さ。マフィアの問題。力なき政府。がんじがらめの社会機構の不機能。このところのイタリアは沈没寸前の船のように危なっかしい。政治の悪さが社会すべて隅々まで影響してきている。物価はどんどん上がるばかり、消費はどんどん減ってきている。国民の忍耐も限界に近い。

そんな暗闇の灯火のようにポジティブな動きはベッペ・グリッロのブログの及ぼす力とこのチェッキーニのアート・パーフォマンスである。

第3段もあるのだろうか。。。

Videoがあるので興味のある方は以下のサイトにてご覧あれ。

La Repubblica TV
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by jamartetrusco | 2008-01-17 18:48 | Paese (土地柄)
2008年 01月 15日

Eloge de la Main 「手工讃歌」

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ニューヨーク近代美術館にて彫刻家、マーティン・プイヤー Martin Puryearの過去30年にわたる制作過程を展観する
回顧展を観る機会を得た。1941年生まれであるから、リチャード・セラやエヴァ・ヘッセ、ブルース・ナウマンなどと同年代である。

この作家の名前を聞くのは実は初めてである。MOMAにて回顧展を企画するぐらいだから有名な作家であろうに、美術界に常日頃興味を持ち、限られたものであるにせよそれなりに知識を深める努力をしているにも関わらず、今まで名前すら聞いたことがなかったというのは我ながら驚異であった。上に挙げた同年代の3人の作家に比べると知名度は高くない。カタログを買ってよく読んでみると黒人系アメリカ人であることがわかって、なるほど、と思った。60年代、70年代を経てアフロ・アメリカンへの人種差別が軽減しているとは言え、やはりWASP(White Anglo-Saxon Protestant)やユダヤ系の力の強いアメリカである。アフリカ系アメリカ人の作家への言及が他に比べて劣るというのは当然あり得る状況である。黒人初のアメリカ大統領がもしかすると生まれるかもしれない2008年になって初めてこの作家の回顧展が開かれる土壌が生まれたのかもしれない。

プイヤーはポスト・ミニマリズムのスタンスを取りながら、主に木という素材を駆使して大きなフォルムの彫刻を作る。ミニマルでありながら工芸的なpoetic、詩情あふれる形体、と言えるだろうか。
もともと木工を趣味としていた父親の影響で素材としての「木」に興味を持ったらしい。自然歴史学、鳥類学、建築、技巧史など幅広い分野に興味を持ち、それらの要素は作品に明確に反映されているようだ。アメリカにて修学した後、アフリカのシエラ・レオーネに行きそこで地元の仮面や人物像作りの木工職人に出会い新たなインスピレーションを得ることとなる。

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作品を前にすると、形は有機的なものから、船型のようなもの、仮面のようなもの、鳥のようなもの、木という素材でありながらまるで黒陶のような艶があるもの、などなど多種で、彼の創造の源の豊かさが如実である。その精巧な木の交錯はレオナルド・ダヴィンチのさまざまな発明の模型や竹篭を想起させる工芸性の高いものでもある。あくまで人間の「手」の感触を残したもので、多分に無機質感を追求するミニマリズムの彫刻とは対照的である。形体と素材との不可思議な相反性と調和が印象的である。

カタログにフランスの美術史家のアンリ・フォションの著書「形の生命」の中の一章、Eloge de la Main ー「手工讃歌」とでも訳せようかーの一文を引用しているが、この作家の仕事を描写するのに適切な言葉である。

「アーティストは木を彫ったり、金を打ったり、土を練ったり、石を削ったりしながら
人類にとってそれなしでは存在不可でありながら灯火のごとく消えつつある過去を現在に生かす。この「機械時代」にある我々人類の中に「手工時代」の生き残りを発見するのはなんとも賞賛すべきことではないか」
ちなみにプイヤーは原型のみ作って完成は工房に任せるのではなく、作品を最初から最後まですべて自身の手で作る稀な現代彫刻家である。

MOMAの地階の空間を占める、どんどん細くなりながら天まで届きそうな橋子。
人間の天に近づきたいという本能的願望をそのまま形にしたような象徴性の高い作品であり、特に印象に残った。


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by jamartetrusco | 2008-01-15 20:21 | Arte (芸術)
2008年 01月 11日

1月のオリーブ

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オリーブの彫刻は根気がいる。
小さな木刀にて少しづつ削っていくので一日の制作限度は決まっている。
こつこつ、ごりごり。ごりごり、こつこつ。

先日分けてもらったオリーブの大きな根塊はだんだんと姿を表してきた。
生き物のような迫力がある。

ムンクの「叫び」のような顔がある。

いつものオリーブの彫刻であるのにそれぞれが異なる様相を持つ。

だからこそやめられないのである。

今年は一体何体のオリーブが工房の仲間入りするのだろう。

まずは1月のオリーブから。


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by jamartetrusco | 2008-01-11 21:54 | Arte di Ale(アレのアート)
2008年 01月 08日

ラルデレッロの友人を訪ねて

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エルダ は作家であり、詩人であり、美術評論家であり、アレの作品の良き理解者である。展覧会の紹介文はいつも彼女に依頼している。
以前は長い間我々の住むキャンティ地方に住んでいた。此の地がまだ今のようなワインやアグリツーリズモのブームに至っておらず、安く貸家や売り家が手に入り、世界からあまりお金のないボヘミヤン的アーティストや作家がこの地方の独特な景色に魅せられて移り住んで来た1970年代から90年代初めぐらいまでの時期である。
我々が住み着いた1994年はもうボヘミヤン達がほとんど逃げ出した後であった。
その頃まだ残っていてボヘミヤン時代のキャンティを体験してきたのがエルダである。

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エルダも観光地と化したキャンティが住みにくくなり、一時仕事にてフィレンツェやミラノに移り住んだが、今の住処はトスカーナ地方の人里離れた小さな集落、モンテチェルボリーMontecerboli−である。
未だに未開発の地を求めてさまようボヘミアン精神健在である。トスカーナの海岸より
20キロほど離れた山奥のそれこそ車がなければなにもできない辺境地である。

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この集落のすぐそばには地熱発電で有名なラルデレッローLarderelloーがある。19世紀初頭まではモンテチェルボリの名前で知られていた地域であったが、1827年に硫黄温泉の地熱を利用してフランス人のフランソワ・ドゥ・ラルデレル(Larderel)が発電を開発したことからその地名の源となった。
世界初というから興味深い。トスカーナ大公レオポルド2世の力であろう。

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この地に近づいてまず目に入るのはこの発電所の噴気孔から立ち上がる煙である。
そして地面を蛇のように這い巡るメタルの管。遠くからみるとまるで現代アートの
インスタレーションのようである。決して美しいとは言えないのだが、興味をそそる風景。
エルダは10数年まえこの当たりをうろうろしていて見つけた小さなアパートを手に入れた。大変安かったらしい。近年まで夏場に使っていたこの穴蔵のようなアパートが
現在の彼女の住まいである。
常に文化やアートに関わる仕事をてがける彼女であるので現在この地の市長といろいろなプロジェクトを相談中。将来的に老朽化した発電所を完全に閉鎖する方向であるので
この街の財政面を助けるために文化に投資させようというのがエルダの意向である。
いずれラルデレッロの芸術村や夏の展覧会イベントなど始まる可能性多いにあり。

Valle del Diavolo ー悪魔の谷ーというなんとも象徴的な名称の此の地にアーティストの集落ができたらなんとも楽しいではないか。我々もなんらかの形で参加することができたらと思っている。
今後の展開を見守っていきたい。

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by jamartetrusco | 2008-01-08 18:15 | Paese (土地柄)
2008年 01月 02日

新年を飾るオリーブ根の山

Buon Anno!
謹賀新年。

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この一週間ほど素晴らしい快晴の日々が続いている。
ずっと忘れていた近間の散歩をまた家族3人で始めた。
そして2つの発見をした。一つはポジティブ、一つはネガティブな発見である。
散歩道の脇に丁寧に積み上げた材木の山がまたできていて上がってみると
裏側にたくさんのオリーブ根の山。またどこかの畑から掘り起こされたもの
だろう。前にもこの山から少しオリープの根を分けてもらったことがある。

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持ち主にもすでに許可をもらっているから、とまたいくつか分けてもらう
ことにした。かなり大きいものもあり、これからの彫刻の素材に当分
困らないね、とアレも大満足。
しかしどこから掘り起こされてきたのだろう、、。

散歩道をもう少し行ってみる。
すると、いつからあるのか古木やオリーブや野花がぼーぼーに生えている
神秘的な荒れ野原があったところにて轟音が聞こえてきた。
まさか、と思いきや、かの荒れ野原の姿形もなくまっさらになった土地を
ruspa(地ならし機)がならしている。
オリーブの根っ子の出生がわかった。
ずっと放置されていた土地、オリーブや葡萄や他の植物が混在しながら
ひっそりと存在していた畢竟がまたもやおきまりの個性の消えた
葡萄畑になりかわるのかと思うと実に残念であり憤りすら感じる。
ワイン産業ブームの弊害である。

しかしそのおかげで新たにオリーブの根っ子が手に入ったのだが。

このオリーブの根、アレが常なるように泥を除き、やや彫り込んでみて
まだ生きていたことがわかった。中がまだ湿っていて息吹が感じられる。

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枯れたオリーブの根は乾いていて黄白っぽいのだがこれはまだピンク味
を帯びている。ますます悲しいことである。

このオリーブの命を無駄にせずアレにより新たな生命を与えていくしかない。
この冬は当分また彫刻三昧になりそうである。

ビルバもまたたび効果のオリーブの根株に乗って大満足の様子である。
彫り屑を食べ、オリーブの彫り面をつるつるに舐めてビルバに
とってもほろ酔い加減の新年になりそうだ。


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by jamartetrusco | 2008-01-02 18:32 | Vita (人生)