トスカーナ 「進行中」 In Corso d'Opera

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2008年 02月 26日

Villa Mediciの存在感

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ローマのスペイン広場を上りぬいたところにあるVilla Medici。今では アカデミア・フランチェーゼ(フランス美術院) として知られる。過去にはアングルやバルトュスがこのアカデミアの館長であったことは有名である。

ローマ時代まで遡るこの地所に今そびえて建つのは1576年にこの地所を買い取った
メディチ家の枢機卿であり、後にトスカーナ大公となるフェルディナンド・ディ・メディチが建築家バルトロメオ・アッマナーティに設計建築させた屋敷である。古代ローマ芸術の愛好家であった同枢機卿の希望により建物の外観にもローマの遺跡の部分を取り込んで装飾とした。ローマ時代の収蔵品を集めてこの屋敷に保管していたらしい。
建物の中心に配置された見慣れたメディチ家の紋章が多くを語っている。

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ローマ時代の基盤に建ったこの屋敷の規模とその美しさ、典型的なヨーロッパの庭園、遠景にはサン・ピエトロを中心にローマの街が展望できるという、まさに理想郷の実現に近い。

18世紀になってメディチ家の血筋が途絶えた後、フランス国の手に渡ることになり、以前からあったアカデミアをこの屋敷に移転して現在までに至る。ナポレオンも強く
この屋敷を望んだらしい。当時のヨ−ロッパの諸国間の複雑なる交わり、攻略に支配、それぞれの国の歴史があまりにも交錯し、王侯貴族の家系も互いに切っても切れない関係にあり、独立独歩にて存在する国などないのがヨーロッパである。この屋敷の歴史もそれに呼応する。

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現在ちょうどイタリアの現代作家、ジュゼッペ・ペノーネの展覧会を開催中であった。
ペノーネ(1947年生まれ)は主にブロンズ、大理石など彫刻の古典的素材を使って「自然」を再現する作家である。アルテ・ポーヴェラ、ランド・アートを代表する作家と見なされている。展示空間の美しさとあいまってなおさら効果的である。

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ひとつのヴィラを通して芸術というもの、文化というものの重みを否応なしに感じさせる。
そしてとりわけメディチ家の遺産の重み。メディチ家の存在がなければイタリアの
今はないと言えば過言であろうか。


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by jamartetrusco | 2008-02-26 18:37 | Storia (歴史)
2008年 02月 21日

恒久なる岩

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Montegonzi ー モンテゴンズィの丘。モンテフィオラーレの正面にある丘で
12世紀にはギベリーニ派のシエナ対グエルフィ派フィレンツェの抗争の真っただ中にて重要なる城塞であった。今では10年前まで礼拝堂と民家の廃墟の名残りがあったところをすべて改装新築して常ながらの観光者のためのアパートがあるのみである。

最近では地元の歴史学者であるカルロ・バルディーニ氏がナポレオン・ボナパルテの先祖は此の地にあり、という新論を打ち出している。1279年6月29日にMontegonziにてBonaparteの名前の公証人が起草書に署名をした、という古文書が発見されたという。その後ボナパルテ家はさまざまに変遷して後のフランス皇帝ナポレオンへと繋がっていく。こん歴史学者はグレーベ・イン・キャンティ近辺の土地の起源歴史の権威でその信憑性も確かなものがある。
ナポレオンの先祖がわが町の目の前の地にて生まれたと思うとなんだか不思議であるが。

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このMontegonziはその頂上に登るとモンテフィオラーレが正面に望めるばかりか、空気が透明なときには果てにフィレンツェの頭上、エトルリアに起源を持つ高台の街フィエーゾレも見えるのである。まさに遠くの街との戦略連絡地点として重要な役割を果たしていたことは間違いない。

14年前に移り住んだときには廃墟があったこの丘、初めての散歩の際に廃墟を前にそびえる岩の力強さに感動したものだ。そして廃墟が観光アパートと成り代わった今でも
その岩は以前と変わらず凛と立っていた。

どれほどの歴史の変遷を見てきたのだろうか。

人間の儚さ、歴史の重み、そしてこの岩に象徴される自然の恒久性を身にしみて
感じたのである。神はここにあり。


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by jamartetrusco | 2008-02-21 18:43 | Natura (自然)
2008年 02月 18日

イタリアの底力

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久々に会った友人家族。彼女は日本女性でジュエリー作家。日本の繊細な感性を生かした粋なジュエリーを作る。
彼はもともとシチリア出身であるが、フィレンツェに移り住んで長い。フィレンツェ近郊の街に照明器具のPelliteri デザイン工房を持つ。デザイン発送からモデル作りまですべてその工房兼工場にて行われる。昨日は彼らの新居に遊びにいきがてら彼の工房を初めて覗かせてもらった。
そしてつくづく思ったのである。イタリア人の職人的才、創造性、デザイン性、独創性、そして自身の手を信じる底力を。

工房はCittà del mobili(家具の街)と呼ばれるピストイア圏のQuarrata,クアラータにあり、表通りはまさにその名に恥じず家具、インテリア商品のショールームが軒並み立ち並ぶ。通りを入った裏手の工房はまだショールームとして公開していないのでひっそりとあるのみだが、中に入って驚いた。モダンな照明器具が展示されている他、過去の製品なども処狭しと置いてある。そして何と言っても一番興味をそそられるのは一番奥の工房である。そこは制作者にとって理想的なだだっ広い空間で、そこに照明器具のための原型から、アイデア構想の過程から、作家としての彼の作品とか、とにかくあらゆる形のアイデア源泉のおとしご達がうごめいている。
雑然としてながらひとつひとつが互いに相互作用しながら存在するアイデア品の数々。
彼を含め4人の若い仕事手がこの空間の立役者である。
「ここに入って仕事をしたい場合、何を作りたいかはっきりした考えがないと何も手をつけられないんだ」という彼自身が説明するに足る混沌とした空間である。
プロトタイプの家具や照明はすべて手作り。アイデアをとにかく自身の手で形にしていく。
こうした手技に基づく混沌からこそ、独創的アイデアが生まれ得るのだろう。
そうして完成したフィニッシュ・プロダクトはあーこれか、というような有名なものもあった。例えばシャンペンボトルの栓にするメタルのストッパー。彼がその発明者だったのか。その後似た商品がどんどんと発売されたらしい。
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イタリアのデザイン、職人技の底力を垣間みるとともに、イタリアの文化はこういった個人の才の力に寄るところ多しであると納得した。それも芸術家としての職人の力である。ルネサンス発祥の土地であることは明白である。
今のイタリア、なにかと問題ばかり見えるが、隠れたところにイタリア魂健在なりを再評価することのできた気持ちの良い一日だった。

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by jamartetrusco | 2008-02-18 20:12 | Paese (土地柄)
2008年 02月 14日

三賢猿

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見ざる、聞かざる、言わざる。
「ざる」を文字って猿であるのは言うまでもない。

先日のダーウィンの猿につづいてこの3猿。
猿の偉大。知恵猿。
常に耳にしながらひょんなことからその起源を調べた。
天台宗の教えが源にあると言うが、やはりもとは中国発祥だろうか。
不見、不聞、不言。

しかし英語にも同じ表現がある。
See no evil, hear no evil, speak no evil.
悪を見ず、聞かず、話すべからず。
そしてthree wise monkeysとして知られる。
悪魔のことを話せば悪魔が現れるというSpeak of the Devil(日本語訳では噂をすれば影とやら、か)に近い意味合いの表現。要するに悪いことは見聞き話しするな、というような道徳的な格言であろう。

「ざる」が「猿」となりそして英訳されmonkeysになったのか。
それとも他の国にも知恵猿の伝統がもともとあったのか。その辺も不思議である。


思うにその神髄は「知恵があってないがごとしが知恵あり」ということであり、
「知っていて知らんぷりする方が賢い」などという小賢しい意味合いに取りたくない
格言である。
人間の思考の根本が同一である、ことを知る賢い猿である。
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by jamartetrusco | 2008-02-14 23:37 | Paese (土地柄)
2008年 02月 09日

地蔵信仰について想うこと

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フィレンツェ・マニフィコ・クラブの企画にて4月頭に「地蔵讃歌」展がフィレンツェにて開かれる運びである。代表の福井さんがずっと暖めてきた企画で、念願の展覧会である。ずっと昔のブログの記事にても触れた。日本の地蔵とイタリアのタベルナーコロの文化的、精神的類似点に留意して、イタリアの人々の心に日本の心のあり方を少しでも語ることができれば、という願いである。
地蔵についての解説をイタリア語に訳するにあたって色々調べていてわかった。
地蔵の伝説、地蔵信仰、地蔵の種類。六地蔵について。水子地蔵について。
そして六道について。

この世は六道の輪廻が巡り巡っているという仏教思想。天道(deva)、人道(Manyusa)、阿修羅道(Asura)、畜生道(Tiryagyoni)、餓鬼道(Preta)、地獄道(Naraka)の六道である。生前の行いから転生がこの六道に定まるというもの。そしてこの六道の迷いの世界に悩む生きとし生けるものの苦しみの肩代わりになり、慈悲の心をもって救いの手を延ばすのが地蔵である。この六道のそれぞれについて救済の手を述べる地蔵菩薩であるから六地蔵と呼ばれる、という事実を正直初めて知った。お地蔵様という身近でありながらその何たるものかを詳しく知らなかった今まで。

地蔵に対する草の根的信仰はイタリア、カトリック教の聖母マリア信仰に大変近いものがある。地蔵の蔵が宝を育む処として聖母マリアの母胎と重なってくるイメージがある。大地に根ざす慈悲深い心。まさに聖母マリア信仰のそれである。

このふたつの歴史深い文化をもつ国の現在のあり方を見て考えた。
日本の社会は資本主義の物質文明、お金が頼りという金権主義に陥りながらもなんとか
人間性を失わずに済んでいるのは人々の心のよりどころである神(お寺や神社に宿る)
の存在が威丈高でなく、身近なものだからであろう。人々がお寺や神社にお参りし、
新年の初詣をするのには生きる上の力を授かろうという心からであり、純粋なる宗教信仰からでない。人々の生活に根ざした心の糧である。それでこそ救われるのである。

イタリアの近頃を見ているとそこに問題があるのがわかる。キリスト教という一神教が力を失いつつある現在、人々の心に何かを恐れ敬う心も失いつつあるのである。教会という場が倫理感を育み、人々の土着的文化の拠り所であることを止め、原理主義的信者のみのためとなり、そういった信者でない一般の人々の心の拠り所が曖昧となったのが現在のイタリアであると思う。政治はすさみ、マフィアの問題を抱え、行き場のない不満が充満する現在のイタリア。自然の美しさとエトルリア、ローマ、ルネサンスを経た深い文明の遺産を持ちながら「現在」を生きることのできない不満である。
それの原因のひとつとして草の根信仰がなくなったからだと思うのである。
小さなことへの感謝の気持ち、畏れの気持ちは人間には必須であると思うのである。
道ばたに静かに佇む聖母子のタベルナーコロの色あせたイメージは物悲しい。

Bell Paese、「美しい国」という形容詞がまさに当てはまるこの誉れ高い国に今最も必要なのは一人一人が生きる上での信じる「何か」を持つことであろう。それはエトルリア神への憧憬でもよし、素晴らしい自然や過去の文化への尊敬でも良し、観光客のみを頼りにし、物価が2001年から現在まで40%高という庶民を無視した荒んだ社会の今のイタリアはまさにどん底を着いたと言って良い。これからは上昇するしかないと思うのである。再度解散した議会。次の首相となるのは今のローマ市長のヴェルトローニであってほしい。どうなることか。
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by jamartetrusco | 2008-02-09 23:06 | Paese (土地柄)
2008年 02月 05日

アメリカの現代陶芸界

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純粋なる用のための器を作る作家でなく、オブジェや彫刻的な表現を土にて作る現代陶芸作家、いわゆるceramic artistにとっては自身の表現の領域が「工芸」か「アート」かという位置付けを容赦なく問われるストレスを伴ってきた。

土をメディアにする彫刻家、と自ら確言したくてもやはり陶芸家として見なされ、例えば他のメディアの彫刻家がたまたま土を使った彫刻を作った場合とどこか捉えられ方が異なるという皮肉がある。作品価格もしかり。陶芸作家の作品はどんなに有名になっても他のメディアの作家よりの作品より安い。
日本にも秋山陽のような優れた土のフォルムを制作する作家がいるが彼の作品にしても現代美術館所蔵の扱いではなく工芸館、陶芸美術館の担当分野となっている。

ところがアメリカの陶芸作家は特殊である。土という素材が一つの芸術表現の手段とみなされているのか、また長い焼き物史(アメリカインディアンは別として)がないためか、他の国にては陶芸作家とされる作家が現代アーティストとして成立しているのである。というより成立し始めた。

ニューヨークにて長い間、国内外の現代陶芸を紹介し現代陶芸促進に多大な役割を果たしてきたガース・クラーク・ギャラリーも最近ギャラリーを閉鎖した。閉鎖といっても公に展覧会を企画し、作品を見せる空間を閉鎖しただけでサイトによる販売や本の出版により力を入れると言う。彼によると、もう陶芸は陶芸ギャラリーの紹介する分野でなく現代アートギャラリーが担当するので自分のようなギャラリーの必要性はないのだそうだ。もう十分に今まで陶芸プロモーションに貢献してきたのでこれからは自分の好きなことに集中したい、というのが本音のようである。

事実アメリカの現代陶芸を代表する女性作家ベッティー・ウッドマンはニューヨークの
現代アート・ギャラリーのMax Protetchが代表するれっきとした作家の一人である。
彼女の作品も以前はガース・クラークで紹介していた。


ベッティー・ウッドマンは冬はニューヨーク、季節の良い4月ぐらいから半年はフィレンツェ近郊の田舎家に移住してくる。何度かお宅にお邪魔したが、工房もありオリーブの木に囲まれた素晴らしい隠れがである。
彼女の個展が今月このMax Protetchにて行われる。メトロポリタン美術館にても近年回顧展が行われた。作家として一世を風靡したと言える。

そして近年アメリカ発の動きはデザインと工芸を同一分野として扱う傾向である。
オークションやアートフェアにもこの動きが浸透しつつある。焼き物も建築の室内デザインの一部とし、モダンなインテリアとともに共存する工芸、という切り口である。

すべてがフュージョンするという現代文明の一側面のようだ。
これにつけても日本の工芸界というのはかなり特殊である。
工芸、という言葉自体の存在もその歴史の重みを表している。
アレも陶芸作家だったら日本でもっと作品発表がしやすかったのだろうに、と
思うのは邪道であろうが。

ベティーから展覧会の案内状を受け取ったのにつき頭に思うことを綴ったまでである。
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by jamartetrusco | 2008-02-05 18:12 | Arte (芸術)