トスカーナ 「進行中」 In Corso d'Opera

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2008年 03月 31日

Van Der Graaf Generator 公演の一日

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3月29日土曜日、いよいよ待ちに待ったヴァン・デル・グラーフ・ジェネレーターの一日公演にて、海辺の街、ロズィニャーノ・ソルヴェイに向かった。
まるでこの日を祝福するかのような快晴の春の日差し。
2〜3日前までの悪天候が嘘のようで、この幸運にまずは天に感謝。

電話とメイルにて券は予約してあるのだがなんだか不安が残る。
イタリアのしきたりに長けているアレのアドバイスにてまずはとにかく劇場に早く
向かって状況を把握しよう、というので早々と昼食後に出かけた。車にて130キロほど海辺の街リボルノからさらに南下、有名な夏の避暑地であるカステリオンチェーロ近くのロズィニャーノ・ソルヴェイ。高台のロズィニャーノの街自体はエトルリア時代に起源を持つのだが、その城下の街の由来は20世紀初頭に建てられたベルギーの製薬会社ソルヴェイの名前にある。いわゆるソーダと呼ばれる水酸化ナトリウムや炭酸水素ナトリウムなどの製造の弊害にてこの街の海辺の砂はまるでカリブ海のように白いのである。今では名所となっていて、夏には若者が多く集まる海岸である。幸か不幸か。

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3時半頃にコンサート会場であるテアトロ・ソルヴェイに着いてみると予約の切符は
5時半より支払い、手渡しとのこと。ではその頃にまた戻ろうとソルヴェイ海岸にてやや時間をつぶしてからまた戻ってみると、すでに劇場前に少しだか人だかりができている。当日券も余っているようで予約しそびれたがそれを目当ての人々もまざって5時半までには入り口付近にておせやおせやの人だかり。
予約者も7時までに券を引き取りに来なければ自動的に当日券売りに回すという。
でもこんなこと誰も言っていなかったし、どこにも書いてありませんでしたよ。もちろんメイル連絡などないし。
アレのおかげで早めに来たから良いものの常識に考えて9:30開演に合わせて8:00頃現れた予約者はどうするの?純粋なる疑問である。
アレに言わせるとイタリア人でコンサート券が予約だけの状況でそんなにゆっくり現れる人はいない、というのだが、でもなんだか腑に落ちない。

40分ほどおせやおせやの列でない列の結果やっと券を購入。しかしまた凄いのは
この券は番号がなくまた開場時に早いもの勝ちにて席取り競争となる、という。
いったい、なんのためのコンサート切符配布? あーなんとイタリア。。。
最後には笑いが出てくる。
落ち着かなくてろくに夕食どころではない。海辺にて夕陽を見ながらパニーノにて簡単に夕食を済ませ(コンサート前などお腹などすかないものである)、また7:30頃、会場に戻る。
陽も暮れてやや薄ら寒くもなってきて娘もいるのでどうしようか。
3人でずいずいと会場内の内ドアまで侵入して、そこでまたまたおせやおせやの
人ごみの中、待つこと30分。娘がお手洗いに行きたくなり、それを理由にとりあえず
中まで入る。ここはイタリア人の良さ。子供には寛容親切な国民性である。
とにかく席とり合戦の先頭になること間違いない優越したポジションを確保。
娘に感謝!
だれだかわからないが関係者風の人々の入場の後まず一番に席を取る。
ひとまずやれやれ。やっと座れた。その後、外でともに待っていた人々がどんどんと入ってくるが、当日券の配布にてもめていた若者二人も無事に入っていた。彼らのためにほっと安心した。
ということで開演9:30。サクソフォニスタが不参加にて3人に減ったが音は十分迫力がある。興奮の2時間。ヴァン・デル・グラーフの音楽とピーター・ハミル節を十分に満喫。満悦にてコンサート終了。会場満員のファンは本当のVDGGファンであることがわかる。大好きな曲目もいくつか演奏してくれたのは本当に幸せであった。

VDGGを一度も聞いたことのない観客はたぶんアレと娘だけだっただろう。
ふたりとも楽しんでくれたようで安心した。

夜ふけて1時半に無事帰宅。
大変な一日、幸せな一日、が終了、ちなみに夏時間の開始にて床に着いたのは朝の3:00であった。

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by jamartetrusco | 2008-03-31 04:05 | Musica (音楽)
2008年 03月 26日

美術の飽食、そして亀裂

9日ほどの仕事の旅から戻ったばかりだが、滞在中に見た展覧会の総数14件、訪れた美術館の数10館。一日に多い時は3件の展覧会をみた感じで、最後には消化不良を起こすほどの美術の飽食感を味わった。
種類も幅に富むものである。
ロシア国立所蔵展、クラナッハ展
デュシャン、マン・レイ、ピカビア展 及びスペインの若くして亡くなった彫刻、インスタレーション作家ムニョス展
デンマークの現代陶芸家ボディル・マンツ展
「セザンヌとジャコメッティ」展
「オスカー・ココシュカ」展
「トニー・クラッグとメッサーシュミット」展
アルチンボルド展
「モネからピカソまで」展
マックス・エルンストの挿絵本コラージュ展
「モネ、カンディンスキー、ロスコーとその遺産」
「アートと数学ーデューラーからソルルウィット」展
「マシュー・バーニー」展

その他ベルベデーレ宮殿やレオポルド美術館の精神的苦悩の連続を味わう強烈な心理描写力のあるエゴン・シーレの作品群を堪能した。

ヨーロッパの主要都市にて行われる展覧会の質には毎回脱帽する。
特に最近のロンドンの企画展は主題の多様性と質の高さでは一番である。
ニューヨークやパリを抜いたと言っても過言ではない。
今回ロイヤル・アカデミーとテイトモダンにて観た展覧会以外にまだまだ見残した
展覧会が多くある。テイトブリテンのピーター・ドイグ展やヘイワード・ギャラリーの
ロドチェンコ写真展など。次回の旅まで開催していてほしい。

さてこの中から心に強く残った作品について追って書いていきたいのだが、まずは
消化したあとの作業となるだろう。
心も頭も体も吸収した美術の数々を少しずつ消化し血となり肉となるまで。


ドリス・サルセドの亀裂。テイトモダンのタービンホールのインスタレーションの一貫で、床に生々しい亀裂を創造した。
現代という世界の発展と平衡して存在してきた隠れた暗黒の側面である人種差別や植民地主義の欺瞞を亀裂を通して語るというものである。
下に何があるかわからない裂け目から覗くことは、人間の本能的恐怖心をあおる。
展覧会のために新たにコンクリート素材にてひび割れの空間を作り上げたというのだから大作である。未だにどのように作ったのか、不思議である。終了後はまたもとに
戻すはずであるから。


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by jamartetrusco | 2008-03-26 21:58 | Viaggio(旅)
2008年 03月 15日

Due teste 頭ふたつの男

アレの1990年の作品で好きな絵のひとつである。
この時期に描いていた一連の厚紙に油彩の絵は透明感がある。
86年から本格的に絵を描き始めたのであるから初期の作品と
言える。
ナイープな表現から少しづつ技法が上がってきてそしてまだ
新鮮な驚きのエネルギーに満ちた頃の制作だろうか。
アレの絵が冴えるのは色に透明感があるときである。
本人には言えないけれど不調なときには色が実にどろどろと濁ってくる。
そういうときには素地のつもりで準備したキャンバスの状態で
止めた方が良い。わたしが勝手に完成を余儀なくした絵もいくつかある。

今アレは冬の彫刻制作の時期からキャンバスに向かいたい願望がでてきている。
春の到来を待つかのように。
しかし何を描くかに迷いがあるようだ。
スタジオに白いキャンバスがいくつか、まだかまだかと待機している。
悶々と過ぎて行く日々。
このふたつの頭を持つ男のように迷いと困惑、恐れ、表現の行く末を
見極めようとする魂が頭を渦まいているに違いない。

留守の間に何かが起こっていることを願いつつ。。


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by jamartetrusco | 2008-03-15 02:07 | Arte di Ale(アレのアート)
2008年 03月 11日

アウグストゥスの家

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引き続きローマ時代。大叔父であるユリウス・カエサルを養父とし、ローマ帝国の初代皇帝アウグストゥス・オクタヴィアヌスである。Pax Romana、「ローマの平和」の始まりを飾り、August,8月の名前の由来でもあるその人である。それ以降ローマの皇帝はいずれもカエサル・アウグストゥスの名称をなのる。

70年代から行ってきた修復が終わり、昨日ローマ皇帝アウグストゥスの家が公開された。一度に5人しか入れないというから、どんな列ができることやら。
この素晴らしい遺跡とその宝庫はいつ見ることができるのか。

ラ・レプブリカのサイトからの画像をご覧下さい。
Apre la casa di Augusto

フレスコ壁画の色彩、表現力、意匠の斬新さと美しさ。
キリスト教導入以前のローマに誉れあれ。
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by jamartetrusco | 2008-03-11 20:09 | Storia (歴史)
2008年 03月 06日

ポンペイの赤

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紀元後79年のヴェスヴィオ火山の噴火のおかげで皮肉にもポンペイの遺産が今尚人々の目に触れることができるという運命の不思議。
ポンペイの遺跡から掘り起こされたローマ時代の屋敷の壁のフレスコ画の美しさは世界の絵画史の中でもひときわ際立っている。
昔から今に至まで私の美意識と美への嗜好の中で常に高い位置にあるのが此の時代のフレスコ画である。昔からこのポンペイの赤色を見ると心がうずくのである。まさかこの時代に生きていた誰かの生まれ変わりでもあるまいに。
色彩美、意匠の卓越と自由奔放な表現。
部屋壁を飾る際、黒か赤が好まれたらしい。
特に赤の色は有名で、rosso pompeiano、ポンペイの赤と呼ばれる。

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ニューヨーク、メトロポリタン美術館にもポンペイの火山灰の下に埋もれて20世紀初頭になって堀り起こされた遺跡の屋敷内の壁面の再現が展示されている。夜の部屋ということで寝室。壁面は黒を基調に微妙な色彩の装飾。発掘後にナポリ国立博物館と所蔵を分割したらしい。
ロ−マのテルミニ駅近くの国立博物館、パラッツォ・マッシモの3階にも美しいフレスコ画に見事に装飾された屋敷内の壁面の再現がある。この博物館の3階は必見である。
ローマ時代のモザイクやフレスコ画が多く展示されていて、2000年ほど前の美的表現の超越にただただ驚き感動を覚えるのみである。


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ポンペイの屋敷を飾るフレスコ画は現在ではいわゆる装飾芸術、応用美術というカテゴリーと見なされる美的表現にて、無名の職人的作家の手によるものであろう。
それ故にこのような自由で拘りのない表現が生まれたのかもしれない。
芸術家意識の生まれてくるルネサンス時代から表現は一変してくる。
一見ナイーブにも見えるその表現の高い芸術性と美の極致はその後の有名画家の作品にはない心の琴線に触れてくる何かがある。名の無き芸術。Unknown Craftsman、柳宗悦が英文にて書いた書物を思い起こす。

いみじくも"Rosso Pompeiano"という展覧会が3月30日までローマ国立博物館、パラッツォ・マッシモにて開催中である。ほとんどがナポリ国立博物館所蔵のもので、この時代の美意識を堪能できる展覧会である。
特に素晴らしかったのはCasa del Bracciale d'Oro(黄金の腕輪の家)にあったとされる様々な種類の鳥や植物に満ちあふれる庭風景のフレスコ壁画の再現である。5人ほど人が入れば一杯に感じるような小部屋の四方にこの美しい庭が展開するのである。
文句無しの美しさである。


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by jamartetrusco | 2008-03-06 19:18 | Arte (芸術)
2008年 03月 01日

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影というのは不思議なものである。

本体に付随してのみ存在し得るのにそれ自体が命を持っているようでもある。
実物よりも影の姿の方が美しい場合もある。見えない部分への想像力も
作用するからだろう。
彫刻の影、そこから新たな絵画のイメージも生まれてくる。インスピレーションの
源となり得る影。

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人の影もひとつの神秘的な形象と化す。光がなければ影も生まれない。
光が美しければ美しいほど影も美しくなるのだろう。

昔から影への憧憬は存在した。
Ombra della sera、Ombra degli Etruschi エトルスキの影

陽と陰。宇宙の成り立ちに相関不可欠な二元要素である。

夜、影、暗、水、冬。
昼、光、明、火、夏。

二つがひとつになって宇宙自然の調和が生まれるのであろう。
どちらかが増すとすべての不調律が生まれる。

ここで違うと思うのは白黒の対比である。白黒というのは陰陽ではないように思う。
なぜならこの2分立には善悪の論理が入っているからだ。故に曖昧な灰色が良い、などという逆説も生まれるのである。

陰陽のある、光影のある人となりとなりたい。

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by jamartetrusco | 2008-03-01 20:05 | Vita (人生)