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2009年 02月 25日

友人の個展のご案内

東京のMori Yu Galleryにてローマ在住の友人画家神道知子さんの個展が開催される。
2005年に京都、フィレンツェ姉妹都市提携40周年記念企画の一貫
にて京都のイタリア文化会館にてアレとの2人展を行った時以来の友人である。
その時の展覧会タイトルは"Terra e Aria"「大地と大気」であったが、ふたりの作品を
表す言葉として選ばれたこの2語は当時の館長さんであったアルドゥイーニ氏が
選んだものである。大地=アレに対して大気=知子さん。フィレンツェと京都を
代表するふたりの作家を象徴するになかなか的を得たタイトルであった。

天空の広がりと大気の透明感を感じさせる彼女の作品。
油絵を水彩のタッチにて使いこなすその色彩感覚とカンバスに内包される空間の無限。
かなり大きなカンバスに油絵の繊細かつダイナミニックな作品は彼女の気負いのない
一本芯の通った人柄のままである。

ご案内まで。


神藤知子個展「 足音のない動き 」

Tomoko Jindo solo exhibition「 quiet movement 」
@MORI YU GALLERY TOKYO         
09/02/28 [ sat. ] 〜03/21 [ sat. ]
opening reception : 02/28 [ sat. ] ・18:00〜


京都出身。
京都市立芸術大学、美術学部油画科卒業。
マルチメディアシアターグループ、ダムタイプの活動に数年間参加した後1988年渡伊。
以後イタリアを中心に作家活動を続ける。


MORI YU GALLERY

TOKYO
〒162-0812 東京都新宿区西五軒町3-7 ミナト第三ビル4F
Minato Dai-san Bldg.4F 3-7,Nishi-goken-cho,Shinjuku-ku,Tokyo,162-0812,Japan
tel:03-6906-9556 / fax:03-6906-9557
E-mail: info@moriyu-gallery.com
URL: www.moriyu-gallery.com




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by jamartetrusco | 2009-02-25 02:03 | Arte (芸術)
2009年 02月 22日

I think therefore I am

考える故に存在する。ここのところ唯一口から出る言葉。

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by jamartetrusco | 2009-02-22 23:27 | Vita (人生)
2009年 02月 17日

次世代Arthouseを築くために

旧東ドイツ側のベルリンのユダヤ人街にあるArthaus Tacheles。もともと1907年に建てられたショッピングモールの入り口に位置するデパートであったが1928年に倒産、その後AEGによりその製品のショールームとして使われた。しかし第2次大戦中にはナチ党運営拠点となり、1943〜45年の爆撃にて一部破壊されたが、半分廃墟のような姿にて存続。1989年ベルリンの壁倒壊後、取り壊しが考えらたが、ちょうどその頃から国内外の前衛アーティスト、ボヘミアン達が占拠し始める。今では世界から数多くのアーティストにスタジオを提供し、建物の設備の一部であったコンサートホールも活用され様々な前衛プロジェクトなどが繰り広げられるアートハウスとしてベルリンを訪れる文化人達の名所となっている。ついこの2月13日に19周年目を記念するこのアートハウス。しかしこの地域の状況もこの20年変貌し、建物自体を改装してホテル、アパートなどに改築しようと開発業者と銀行の管轄に渡り、アーティスト達に今年12月末までに立ち退き命令が出された。この記念的建物を渡すものかとアーティスト側もその代弁者を先頭にまだまだ戦う様相である。アーティスト集団に軍配が上がることを望むばかりである。

1989年から20年。
ベルリンの壁崩壊によって大きく変化した世界。冷戦の終焉から生じるエネルギーによって駆り立てられた芸術家達が建物を占拠し、新たな空間を築き上げる。そしてそれがひとつのオーソリティーとなった20年後。グラフィッティだらけの客観的にみても
美しいとは言えないこのアートハウス。このような動きもすでに過去のイデオロギーの
なすものかもしれない。
今また世界が転換期に来ている。今度は壁崩壊どころかすべての経済、金融システムが倒壊しようとしている。社会のシステム、人間の生き方自体が変化を余儀なくされる時期にきている。
20年というかなり短い周期であるがどこか象徴的であるこのアートハウスの発祥と運命。
崩壊時に出来うることを実行するアーティストのパワー。今この新たな崩壊時にどうやって集結したら良いのだろう。イタリアのトスカーナの世界の動きとは関係なく存在するようなこの葡萄畑とオリーブ畑の土地にていったい何ができるのだろう。
アーティストの力がこの世界の一部を占領できないものだろうか。
次世代の姿を変えたArthausを作るために。Artist powerを発揮するために。


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by jamartetrusco | 2009-02-17 20:04 | Arte (芸術)
2009年 02月 14日

工事

我が家の大家さんの要請にて数件の貸家の水道管を交換し、それぞれのアパート
固有の水道メーターをつけることとなった。夏からの水供給問題に始まり、
古い管に水漏れがあることなどに対する解決策である。
本当に解決するのかな、と半信半疑であるものの。

家の前の石畳を掘り起こして古い管を新しいものと交換し、水道局にメーター
の器具をつけてもらうという工事。
毎日電気ドリルで石畳を掘り起こす騒音と削りくずの埃、そして
やっと管を交換した後、再度石畳をもとに位置に戻してセメントで固める。
新たにつめたセメントの色は古い石畳に調和しない。
新しいセメントの暗い灰色が茶褐色の石畳の色とちぐはぐである。
どうでも良いことかもしれないが、これだけ古い町の工事はある程度の配慮
が必要である。
たぶんセメント自体の質が落ちているせいもあろうが、美的景観をそこなうこととなる。
どうも我が大家さんは自分の持ち家の価値がわかっておらず、
家への愛情が感じられないのだが。

だめ押しは我が家の家を通る管を交換するのでアレのスタジオの壁に
穴を開ける作業。数百年経った分厚い石壁に電気ドリルで穴を
開けようというのだからたまらない。
細かい砂埃がそこら中に散るのである。
いい加減な仕事が嫌いなアレであるのでスタジオは穴を開ける壁周辺はすべて
片付けてまわりの家具もろもろにはプラスチックのカバーをかけて保護。
作業人が来る前の日にはすべて整えておかなければならない。
穴開け、管交換、その後の大掃除。
やれやれやっと片付いたかと思ったら今度は湯沸かしの調子がおかしくなり、
お湯が出ない。
そして今日、湯沸かし修理の人に来てもらってすべての工事が終わった。
これでついに水の問題、お湯の問題終了か。

それにしてもイタリアの古い家に住むのにはなんと忍耐のいることか。
今日は久々に熱いシャワーを浴びれそうである。
忍耐力と諦めの気持ちはイタリアに住んで最も学んだことかもしれない。


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by jamartetrusco | 2009-02-14 00:41 | Paese (土地柄)
2009年 02月 06日

静物ーサラミの存在感

一連の肉に関した作品の中で気に入っているこの紙の作品。
サラミという存在を越えてひとつの完結した形となっている。
サラミの形を整えるために使用されるネットの白と肉の赤の
生み出すデザイン性と背景の肌合いのある灰色の色彩との調和
が好きである。
作品を見るまではサラミやプロシュッートを描きたいというアレの
意図がよくわからなかったが、こうやって作品となったサラミは
イタリアの総菜屋やレストラン、肉屋や食卓という存在範囲を越えて
妙に神聖味を帯びてくる。まわりにオーラを従えて果てしない空間
に浮上するようである。
周りに転がる日常の事物を作品の主題とするアレの制作姿勢は常なる
ものである。
これらのなにげない事物の背後に隠れる精神文化や宗教観などへの再考察、
それがこのサラミの存在感を増しているようである。


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by jamartetrusco | 2009-02-06 19:29 | Arte di Ale(アレのアート)
2009年 02月 02日

Teatro del Silenzio ー静寂という劇場

トスカーナのピサ圏内にある小さな町Lajatico-ラヤーティコ。
エトルリアの古代都市として有名なヴォルテッラの近郊であるこの町はある人物が生まれていなければ世界に知られることもなかっただろう。
この町に生まれたのはアンドレア・ボッチェリ。声楽の歌声をポップ音楽に取り込んで一躍有名になったテノール歌手である。日本でも最近声楽家の歌う「千の風になって」がベストヒットとなった記憶も新しい。こういった一連のオペラ歌手が歌うヒットソングの先駆けであるのがこのボッチェリである。94年にイタリアで長く続いているサンレモ音楽祭の若手部門にて優勝して以来、翌年の同音楽祭メイン歌手部門にて歌った"Con te partirò"は4位に留まったものの世界空前のベストセラーとなった。本人はもともとオペラ歌手を目指していたのだが、たまたまイタリアの人気ロック・ミュージシャン、Zuccheroと、今は亡きパバロッティに見いだされポップ音楽の部門でデビューしたのである。その後さまざまな歌曲の舞台でも歌っている。

彼が2005年、自身の生まれた地に貢献する意味もあり提案したのがTeatro del Silenzio、静寂なるシアター・プロジェクト。
イタリアでは近年、ますます劇場の影が薄くなり、イタリア独特の古い佇まいに見合った静けさではなく騒々しい音に満ちた国になりつつあることへの反抗も含めて、小さい頃からの音楽に対する情熱を具現化するために彼自ら企画した野外劇場創設プロジェクトである。

劇場といってもあるのは果てしなく広がるトスカーナの大地。季節ごとに変化する大地の色。半円形の石の座席と緑の中に静かに広がる円形の湖水である。湖水の真ん中には協力者の作家達による彫刻が選ばれ置かれる。去年はマリオ・チェロリ、過去にはアルノルド・ポモドーロ、イゴール・ミトライなどが協力している。

この土曜日久々の快晴にてこの地域を散策していてたまたま遭遇した。
毎年7月にたった一度だけのコンサートを提供する舞台である。
それ以外はただ自然の背景に静かに佇むのみの劇場である。
目の不自由なボッチェリであるからこそ、聞こえてくる静けさである。
それ故生まれた名称に違いない。
この場所の前に立ってトスカーナ独特の美しい丘陵地帯のゆるやかな風景に見とれて
いたが、気がつくと実に静かなのである。人間の出す音、雑音が全く不在である。
毎日の生活がいかに雑音に満ちているかに改めて気がつくこの不思議な空間。
寂とした空気に囲まれてぽつんとある劇場。静寂さの意味と価値を知らせてくれる
場所である。

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by jamartetrusco | 2009-02-02 19:17 | Paese (土地柄)