トスカーナ 「進行中」 In Corso d'Opera

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2009年 08月 25日

風景画

風景画というジャンルは現代アートの分野に存在しないかのようである。
まるで日曜画家に残された主題であるかのように。
いつから美術家は風景画から離れだしたのだろう。
19世紀には偉大な画家ウィリアム・ターナーがいた。
セザンヌの山。
クロード・モネもひとつの風景をさまざまな季節や
時間帯にて追求した画家である。
風景に見いだせる色彩追求、自然にある形の抽象性や超現実性。
画家の生まれ育った大地の光と影、空と雲、木々や土の色が
そのままカンバスに移される。
そして作家の気分を素直に投影できるモティーフ。

再び風景画の面白みに目を向ける。




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by jamartetrusco | 2009-08-25 22:36 | Arte di Ale(アレのアート)
2009年 08月 14日

屋外彫刻

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屋外に置かれた彫刻作品というのは大体の場合、彫刻公園、彫刻の森と行った公開入場スペースに
行って観賞する場合が多く、パブリックスペース(公共空間)に忽然と置かれて周りの環境や自然と共鳴している彫刻と出会うことはなかなか難しい。その意味では高層ビルの森林であるニューヨークやシカゴの近代建築の町並みに置かれた彫刻は現代という美意識の切り口に調和した美しい空間を作りだす稀な例である。シカゴで見たアニッシュ・カプールの彫刻などは周りの景色や人々をそのメタルの表面に映し出し作家の意図がなんであれ、公衆の関心を集めることにおいて成功していた。思えば頻繁に訪れるロンドンの町中でそういった彫刻作品に出会った覚えはない。
イタリアの町にも様々な彫刻が広場や川沿いに置かれているが、たいていの場合歴史上の人物で古くからそこに置かれているかもしくは現存の地元の作家の作品で、大体の場合、人の形をしたオブジェである。そしてたいていの場合ない方が良いと思わせるものが多い。
抽象彫刻に出会うことはすくなくともフィレンツェの場合は稀であり、またその効果の善し悪しも
議論の余地を多く残す。

そんな中で自然の中に置かれ、周りの自然を侵さず、そればかりか周囲の自然に力を与えるかのような力強い彫刻作品に出会った。ヴォルテッラへ導く街道の途中、見晴らしの良い高台のカーブに忽然と目に入ってくるマウロ・スタッチョーリの円形の物体である。今年の9月13日から生地であるヴォルテッラの美術館にて回顧展が開かれることもあって今年5月から来年の5月までの1年間、ヴォルテッラ付近の街道に彼の作品が点々と置かれることとなったらしい。これは後で調べてわかったのだが。
この円形のシンプルこの上ない物体はその巨大な内円の中に遠景を取り込んで佇む。
遥か彼方の一点はいったいどこを示すのか?もしかするとそこにも彼の作品が置かれているのかもしれない。この円形は周囲の美しい自然を単なるドライブの背景ではなく一瞬にして切り取られたひとつの宇宙として永遠化するかのようである。
この円形は実はヴォルテッラに入る前(どこから来るかに寄るが我々の町から来ると前になる)に
赤いシンボルとして現れ、そしてヴォルテッラを下った街道のほぼ壊れかけた教会か何かの建物の遺跡の付近に再度現れる。今度はソリッドな円形の塊として。まるで陰と陽のように。

残照として残るこの円形の源はこの土地を知るものには明白である。
ヴォルテッラの大地の多くが麦畑や干し草畑であり、干し草を刈った後に丸めて保存するその
円筒形のイメージである。
夏の枯れた土地にこの形が点々とまるでデザインされたかのように置かれたその風景は私の中の
イタリアの美の一つである。
その美しさのエッセンスをこのヴォルテッラの彫刻家は心底理解しているに違いない。
自身の生まれ育った自然と彫刻の形の調和がいかなるものかを知っているに違いない。
そして愛する土地に力を与えるようなエクストラとしての作品を作りたかったに違いない。
屋外彫刻の意味とはそこにあると思う。

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by jamartetrusco | 2009-08-14 23:33 | Arte (芸術)
2009年 08月 09日

Ponte di Diavolo のあるTorcello島


Torcelloというヴェネチアのラグーナ内にあり、ヴェネチアの母と呼ばれる島がある。
5世紀のフン族、アッティラ王の侵略を逃れてヴェネト人が本土からこの島に移り住んで
以来7世紀頃から栄え始め10世紀には最盛期を迎える。しかし12世紀以降ラグーナが
沼化していきマラリア病が蔓延して住民が島から本土に逃れて15世紀以降はヴェネチアの
影に衰退してしまったという栄枯盛衰を生きた島である。ヴェネチアの源となったという
歴史的に重要なこの島には最盛期には20,000人ほどの住民と10数の教会があったという。
今では数えられるほどの住民しかいない。歩道もフェリーからホテルやレストランのある
一角までをつなぐものだけである。ビザンチンのモザイク壁画が素晴らしい7世紀ロマネスク、
ビザンチン様式の教会、カテドラーレ・ディ・サンタ・マリア・アスンタとその鐘楼がその
最盛期の面影を唯一残す。
ヴェネチアに人々が移っていった際に建築物を築き上げていた石などすべて持っていった
というのであるから、遺跡のようなものも見当たらない。あるのは教会の前にあるいつくかの
石。無造作に置かれた石座はアッティラ王座と呼ばれるが。
島全体にどこかメランコリックな空気が漂う。ここで流れる時間は日常を超越しているかのように。ヘミングウェイがこの島を愛し執筆のため少しの間滞在した。
本土から離れて作家が静かに制作に集中できる、そんな時空間がある島である。

この島にあるラグーナをつなぐ唯一の橋の名前がPonte di Diavoloー悪魔の橋。あいにく修復中でその全姿を見ることはできなかった。
8月6日に修復後のお披露目をしているはず。
この橋はPonte chiodoと同じ欄干のない石を積み上げた橋である。ヴェネチア
ではこの種の橋はこのふたつだけである。その両橋に出会えたことはどこか運命的
だが。
Ponte di Diavoloという名前の由来は?
世界でも数十の同名の橋が点在する。キリスト教圏にだけであるが。
様々な伝説がある。古い逸話によると悪魔と石職人が契約を交わすが、その内容は
悪魔が石橋を造る代わりに初めてその橋を渡る人の魂を彼に譲る、というもの。
結局は悪魔退治をして国は平穏にて終わる、という結末であるが。
要するに悪魔の手を借りたと思わせるほど石だけを積み上げた橋作りの技術がすぐれて
いるということを象徴して生まれた名称であろう。
13世紀に礎が築き上げられたこのトルチェッロの悪魔の橋。
その簡素な姿から悪魔の名前は想像しにくい。

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by jamartetrusco | 2009-08-09 00:13 | Storia (歴史)
2009年 08月 03日

美の無限

ヴェネチアにて現代アートの殿堂とも言えるビエンナーレより見たかった展覧会"In-Finitum"。
Infinitumとはラテン語にて無限の意味を指す。なぜIn-Finitumとハイフンをつけたか。
展覧会の紹介サイトの主旨にもあるように、Finitumである完成、完璧なるものの中にあるIn-Finitum無限なるものという概念を打ち出したかったからである。
Infinitumとは無限であるとともに未完という意味も内包する。芸術家がいかなる理由か未完のまま筆を置くその瞬間。未完にある無限、無限であるからこそ未完という芸術の表裏一体の存在理由を語るかのようである。
目にすることができない芸術のエッセンス。人間の歴史が育んで来た精神世界の三角の三点である
宗教、芸術、科学のうち、その発生の源と美の真義などが複雑に絡み合い、そして無限大に広がる領域を持つものであるのが芸術と思う。宗教も科学も人間の存在の理由を見いだそうとする営みとして人間史とともに発展した。宗教は神による、科学は物理による解答を出そうとする。しかし生と死という概念、自然と宇宙と人間という計り知れない世界をすべて含み広がるのは芸術であろう。一筆で描いた白黒の円形も色彩豊かな風景画も、または一色の抽象画面もひとつの芸術の領域に共通する美学、いや精神世界があるのである。この展覧会の監修者のひとりであり、というより作品の選択はほとんど彼によると思われる古美術商でありデザイナーであるベルギー人のAxel Vervoort氏の美学は実は日本の表現世界にある道に通ずるようである。「空」や「間」という概念にある美の無限はこの展覧会の展示作品のすべてをつなぐ縦糸である。

一階から4階までに渡り繰り広げられる美の神殿はその厳かな最低限の照明のおかげもあり、まるで暗闇に光をともす芸術の無限をそのまま表すかのようである。
2階は特に展覧会の会場であるフォルトゥニー美術館の前の住人である芸術家のフォルトゥニー自身のアトリエをそのまま残した空間であるので美の響宴はさらに厚みを増す。
屋敷も展示作品に劣らず素晴らしい。
この神殿の中で過ごす数時間はなぜか日常から離れた超現実の不思議な時間経過があるようである。太古の記憶を呼び起こさせるような感覚である。
最上階は天井裏であるのか、こつぜんと光と風が通り抜けるような爽やかな開放的な空間である。
そしてその解放された空間の中に置かれたのは「侘び」の間。アクセル氏の協力者である日本の
建築家Tatsuro Miki氏のデザインであると思われる。この茶の湯の庵を思わせる仕切られた空間には
間、空、美の小宇宙が展開する。

古いもの、新しいもの、東洋の美、西洋の美、抽象や具象ー常識による一見した「違い」がIn-finitumという縦緯糸により広大で深淵なひとつの美の綾となるとき。

未完と完結の狭間に危うく存在する無限なる美。


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by jamartetrusco | 2009-08-03 23:37 | Arte (芸術)