<   2010年 06月 ( 3 )   > この月の画像一覧


2010年 06月 18日

トスカーナ畢竟の地

f0097102_4233059.jpg


イタリア、トスカーナにある修道院。屋根が歴史とともに失われ
空に直につながるその建築の持つ超現実的空間は、人間の作為と
自然のなすがままの姿故に信じられない程の力を持つ。
サン・ガルガーノの修道院に近づくと空気が凛としてくるのが
わかる。
最近では歌劇上演や観光客向けのカフェやら新たに植えられた
取ってつけたような杉並木やらでややその神聖さは失われつつ
あるものの、やはりこの地は独特の宇宙的静寂感を放つ。
交通の便が悪いこともあって訪れる観光客はそうはいない。
アレと知り合って最初に連れていってくれた神秘の場所である。
私のイタリアでの道標である。
その時8月であったが人影もなく時を超越したようなこの空間は
不思議な精神性を持って包み込んでくれた。その美しさは時とともに
失われることはない。
12世紀の聖人、サン・ガルガーノに由来するロマネスク様式の
円型の礼拝堂が高台にある。アーサー王の伝説のような石に刺さった
刀剣があるので有名だが、それよりも丸天上を飾る2色の渦巻き模様
の美しさが圧倒的である。
その後に修道院建築を目指して築かれたのがこのゴシック様式の建物である。
14世紀に入って黒死病やらなにやらで修道院は僧侶の数もたったの
一人となり、じょじょに朽ち果ててしまった。
しかしこの存在感はなんだろう。豪華絢爛なバロック建築やローマ
法王の殿堂サン・ピエトロ、またはフィレンツェの大聖堂もこの草の
中に静かに佇む石造りの存在には叶わないように思う。
その中に立つと声を挙げてはいけないような、沈黙とともに瞑想の領域に
導かれる。自身の存在を見つめるためにあるかのような。
夏の暑さもすーっと過ぎていくような静けさである。
神聖な場所の力である。
タルコフスキーがイタリアに移って制作した「ノスタルギア」(ロシア語で
はそう発音する)の舞台として選んだのは当然であろう。

トスカーナにて数少ない畢竟の地、心の拠り所の聖地である。


f0097102_423492.jpg

[PR]

by jamartetrusco | 2010-06-18 04:26 | Paese (土地柄)
2010年 06月 13日

都市の歳

都市にはその都市に合う歳がある。
ニューヨークはやはり若年が似合う。
空港について人と人との軋轢とそして外に出てからの
タクシーに乗るまでの過程に必要なエネルギーは
若者のそれである。
それを楽しむことのできるものに値する。
空気自体が轟音である。轟音とともに動きだす街である。
故に少しでも疲れているとどう対処して良いのかわからない。
この街は若者の街である。
どんどんと吸収すること、新しいことを欲する者の街である。
空に向かって伸びる建物の街である。
皆が早足で歩く街である。
様々な言葉が行き交う街である。
声高に主張しないと聞いてもらえない。
毎日がまるで戦いのような。
お金と経済を軸にまわる地であるこの街。
以前はそのダイナミズムとエネルギーに惹かれていたが
今では違和感を感じるのは只単に自身の人生の過程のせいかもしれない。
今の自分に合うのはそろそろ疲れてきた渋みのある街。
そして自然のある街である。

f0097102_7415789.jpg

[PR]

by jamartetrusco | 2010-06-13 07:43 | Vita (人生)
2010年 06月 02日

東と西

ヴェネツィアという都市の魅力は只単に水辺のもとに朽ち果てていく美しさを備えているだけでなく何よりも西の世界と東の世界をつなぐエキゾチズムを背負っている故の面白さがある。海港都市として領土拡大と東西貿易などの富みで圧倒的地位にあった13世紀〜15世紀のヴェネツィア。
その円熟期に活躍した画家で唯一オスマントルコ帝国に渡り、スルタン、メフメト2世の肖像を描き、当時のイスラム文化圏の風俗衣装などの貴重なデッサンを残しているのが画家ジェンティーレ・ベリーニである。親子親族画家の家族である。息子は後世ではジェンティーレより著名度が高いジョバンニ・ベリーニ。義兄はアンドレア・マンテーニャがいる。
彼の残したメフメト2世の肖像。ジェンティーレ作とされ、後に上描きされたためにオリジナルの影は少ないと言われているが、それでもその繊細な筆使いや色調はベリーニを始めとするヴェネツィア派独特のものである。イスラム教国では偶像崇拝は禁じられていると聞くからスルタンの肖像画の存在は珍しい。
コンスタンチノーポルの攻略、1453年の東ローマ帝国の崩壊からオスマントルコ帝国支配となりイスタンブールと改名する歴史上重要な瞬間。その時代を生きたヴェネツィアで当時最も偉大とされた画家のジェンティ−レ・ベリーニ。メフメト2世の元に招聘される画家として任命される。只単に画家として出向いたのではなく対オスマントルコとの円滑な関係を保つために送られた外交大使のような役割を持っていたらしい。イタリア美術に興味を持っていてイタリアの画家に肖像画を依頼したいと希望したスルタンであるから、その望みを叶える意味でも肖像画制作は外交に一役買ったに違いない。
歴史の一幕を語る逸話として、東西の交流の一例として、当時のコンスタンティノーポル/イスタンブールの東西融合の華麗なる文化を象徴するかのような一枚の肖像画。

このベリーニの肖像画を題材にした小説がある。イギリスの作家ジェーソン・ゴッドウィン著のBellini Cardである。和訳されているのかわからないが、失われたベリーニ作のスルタンの肖像画をめぐって繰り広げられるサスペンスである。舞台はオーストリア支配下の19世紀ヴェネツィアで,
歴史にからんだ真実も含めながらの小説であるのでなかなか面白い。

一枚の絵の背後に広がる長い歴史物語。異なる文化や国の香りを感じながら生まれた作品としての
重みを持つとともに、画面の静けさの中にスルタンの人と柄への想像が広がる。

f0097102_23362528.jpg

[PR]

by jamartetrusco | 2010-06-02 23:36 | Storia (歴史)