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2010年 12月 30日

2010年の締めくくり

今年もいよいよ残すこと僅か。この数日、大雪や大雨のせいかどうかわからないが
電話線が不通となり、昨日からはインターネット接続もおぼつかなくなり、やれやれ
今年の終わりはno lineにて、まあそれはそれでコンピューターから解放されて良いか
と思っていたのだが、今日になって全部の回線が開通したようである。
下の町も2日間の麻痺状態で、銀行も郵便局も店も閉鎖しているところが多かった。
要するにひとつテクノロジーが狂うとすべての機能に支障が出るという現代病である。
私もメイルのチェックは欠かさないので一日見ないだけで何か重要な連絡が入って
いるのでは、などと要らぬ心配までする。もう年末だから大体の作業は終わっていると
言うのに。我ながら情けない。
娘はまだ中学2年生だが、このクリスマスのプレゼントにずっと貯めていた貯金箱から
ネットブックをついに購入。せっかく手に入れたPCがネットに繋がらなく不満げであった
娘であるので、回線が直って本当に良かった。我が家では初めてのWindows導入である。
Mac派の私としてはどうもいまいち分かりにくいWindowsであるが、webcamもついて
いたり、初めてskypeにて画像をロンドンにいる姉家族に写すことができた。
顔が映るのはある程度の年齢までは有り難いがそれ以上になるとどうでも良く、そして
あまり酷い身なりもできないので善し悪しである。

ということで今年最後のブログはたわいない話しで締めくくることになりそうだ。
お世話になった方々、拙ブログを読んでくださる方々に心より感謝をこめて。

追記:
下画像は近くの古い教会の中の現代作家Futuroによるキリスト降誕のインスタレーション。
即席の気を抜いた感じの作品であるが、教会の厳かな雰囲気だけは良かった。

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by jamartetrusco | 2010-12-30 21:24 | Vita (人生)
2010年 12月 25日

Buon Natale

Buon Natale!
Happy Christmas

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by jamartetrusco | 2010-12-25 15:25 | Vita (人生)
2010年 12月 23日

女性作家による自画像

フィレンツェのウフィツィ美術館の収蔵品は膨大な数にのぼるので常設できない
作品が数多くある。その中で'I Mai Visti'-「未公開」作品を定期的に展示する
一年に一度の展覧会が開催されてきた。場所はウフィツィ美術館の目の前の
別館。今年は1700に及ぶ自画像の中からその内の7%に過ぎない女性作家に
よる自画像を選んでの展覧会、題して'Autoritratte「女性自画像」。
開催は来年1月30日まで。

今回の展覧会のオープニングに行くことができたのは、フランスより戻って来た
アントネッラがその中の一作家として参加しているからだ。
別件にて展覧会を監修したジョヴァンナ・ジュスティに会った際にアントネッラの
ビデオ映像による自画像を気に入り、急遽展覧会に作品が加わることとなった。
彼女のためにもコレクションに購入されるのであれば良いが。

展覧会は18世紀頃の作品から現代まで。作家も無名有名混じっている。
会場も屋敷の一室を思わせるようなデザインになっており、自画像の展示に
なかなか合っていた。草間弥生の作品も一点。ちょうどアントネッラの作品の下に
飾られていたが、草間作品としてはいまいち。
あっ!と思ったのはアリソン・ワットのひだの絵。
自画像でないのだが何故か選ばれていた。
作家が女性であること以外は自画像となりうる要素はないのだが。
以前彼女について少しブログにて紹介したことがあるが、さまざまな自画像に混じって、このモノクロームな世界の
力強さが一段と目をひいた。ひだを描いているだけなのだが、その陰影に深い見えない世界が
感じられる。具象でありながらそれを越えた抽象的、精神的世界を打ち出すような不思議な
表現だ。

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by jamartetrusco | 2010-12-23 01:06 | Arte (芸術)
2010年 12月 18日

12月の吹雪

昨日のお昼過ぎた頃から突然と降り出した雪。
天気予報がしきりと騒いでいたので予想通りではあるものの
その積もり具合の早さと激しさに驚く。
長く済むトスカーナにてこんな吹雪は初めてである。
まるで雪国を思わせれるような猛烈な降雪。
目の前も真っ白で、遠景も全面、純白と化す。
学校に行っていた娘を早めにひきとろうと車ででた
アレも途中で戻ってきた。降雪が始まって一時間もしない
内に道路は通行不可能な状況だった。すべって前にも後にも
行けないので途中で車を乗り捨てて歩いて帰ってきた。
これは一大事。そのうちそういった車が何台か道路の真ん中
に立ち往生して道まで遮断してしまった。
さて娘はどうやって帰れるやら。最後の手段は人間の足のみ。
自然の前ではやはり生身の人間の足が車より強い。
そうこうしていると市の手配した警察のジープにてじきじき
家まで娘を送り届けてくれた。
小さい町の利点である。
フィレンツェは昨晩大混乱で立ち往生した車の留め場所として
すべての駐車場を無料で明け渡したと聞く。
雪がこんこんと降る真っただ中に我が集落を一周した。

白の美しさ、音の不在の静けさ。感動が体を走る。

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by jamartetrusco | 2010-12-18 23:54 | Natura (自然)
2010年 12月 16日

美と醜の表裏一体

美と醜はときどききわどい一線を画しながら表裏一体の様相を持つ。
アンセルム・キーファーの作品を前にすると常にそういった感慨が生まれる。
彼の作品はとにかく巨大である。ヴォイスを師匠としたことが一目瞭然に理解
できる物体と観念の合体した物質的、物理的作品群。枯れ木から落ち葉から
土から金属から様々な有機物が各々の発言力を持って画面や空間を埋め尽くす。
静けさの中に喧噪が隠れているような表現。その白黒の画面には血のような
赤が点々とする。モノクロームの世界に滴る色。傷口から血を流すかの
ような雪に被われた自然の荒野原。
人間の極致である死を直視するその視線。
美と醜が表裏一体に顕され、人間の本質を見極めようとする。
彼の作品に明るさはない。デューラーのメランコリーが漂う。
同時にドイツ美学に欠かせないフリ−ドリッヒの幻想的ロマンチシズムも潜んでいる。
これだけ大きな彫刻やキャンバスを制作する作家のエネルギーは一体なんだろう。
作品は収まる所を探しているようには思えない。
美術館での展示にすら大きすぎるかに見える作品である。
作家の表現の力が留まるところを知らずに与えられた十分に大きい制作空間を
100%駆使して実現された物質的絵画。箱の数々。
聖書の1ページを開く行為に似た、極めて抽象表現的な作家の心の記念碑。

ニューヨークにて見た彼の最新の作品群。ガゴーシアン・ギャラリーでの個展
あった。

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by jamartetrusco | 2010-12-16 07:15 | Arte (芸術)
2010年 12月 05日

雪に虎

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このところヨーロッパ北部は激しい寒波に見舞われて大雪、空陸とも交通の乱れ、
そしてイタリアでもボローニャ以北は雪、トスカーナはアペニン山脈の壁に守られて
一部の標高の高い地域以外はまだ雪は降っていないが、毎日降り続く雨とひょう、
天気は大荒れである。そして寒い。今日はテラスの雨水まで氷りつき、外は一面氷ついた
滴で真っ白である。

虎年の師走を祝して葛飾北斎の肉筆「雪中虎の図」。
画狂老人期、90歳代の北斎のこの肉筆。
虎がまるで浮遊するがごとく雪に踊るこの姿は幾分の笑いを込めた神々しさが
ある。北斎の天才が息づいている。

The Tiger in Asian Artという展覧会がロンドンのAsia Houseにて来年2月12日まで開催中。虎年である今年の初めに開催されても良かったと思うが、題材として興味をそそられる展覧会である。
この作品も出品されているらしい。

虎の数がここどんどんと減少していると聞く。このアジアにしか生息しない孤高の
気高い動物を皮を目当てに狩ったりする人間達が多いせいである。
人間というのはどこまで救いガタキ生き物なのだろう。
どうか虎が人間という天敵の犠牲にならないように心より祈るばかりである。
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by jamartetrusco | 2010-12-05 19:29 | Vita (人生)