トスカーナ 「進行中」 In Corso d'Opera

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2011年 03月 29日

日本の無数の友に告ぐ

トスカーナに住む彫刻、絵画、焼物を制作する作家、アコーディオンをたった2年で心に響く音色にて弾くことのできる音楽家、味わいある篭作りのできる工芸家、そしてなによりも母であり、有機農場を営む夫のアンドレアを支える協力者であり、 体ごと人間の本来の生き方を実践している素晴らしい4人家族の一員であるマドカさん。同じトスカーナとは言えやや離れており、お互いに田舎暮らしのこともあり、年に一度ぐらいしか会う機会が作れない。お隣さんであったらどんなに嬉しいかと思う大切な友人である。
彼女とはこの大震災後、お宅まで御邪魔してじっくり話す時間をもつことができた。

海外に住み、生きる上の哲学のおかげで金銭的には十分足りるという生活ではなくても、精神的には素晴らしく豊かであり、自然に囲まれた環境にあり、イタリア人の夫を持ち、母であり、そしてなによりも今の日本のおかれている悲劇に心から涙する心情が同じである彼女と私。

いったいこの状況をどうして良い方向に持っていけるだろう、どうしたらこの原発のこれ以上の
悲劇を収束することができるのだろう、語るのはやさしいがいざどうしたら行動に移せるか。

彼女から今日素晴らしいメッセージが届いた。
日本にいる被災したご家族を持つ友人に当てたものであるが、彼女の切実な叫びはなんと力強く私の心にそのままつきささってきたか。私の今の気持ちをそのまま代弁してくれた彼女に感謝するととも
すべての思いを同じくする日本の方々に告げたいメッセージでもあるので彼女の許可をもらいここに紹介したい。

_______________

地震から一週間のあいだ、私は一日中パソコンに張り付いて日本がどうなっているのか何とか知ろうとし、何も手につかず、ニュースを見ては泣いてばかりいました。
ご飯も食べれず、ねむれず、ウトウトすれば恐ろしい夢でとびおきる。
人生のうち半分を海外で暮らしてきて、日本人であることをこんなに自覚する日がくるとは夢にも思っていなかった。海外に住んでいる人たちは皆そうだと思います。


「いま、私はなにができるのか。」
日本中が考えていますね。
募金する、節電する、買い控える、文句たれない。
自転車屋さんは現地でパンクをなおし、床屋さんは避難所で散髪し、中学生はトイレ掃除をする。
店を持つ人は商品を提供し、医師は自腹を切って危険区域に診療に行く。
家を失った人が途方にくれた留学生を助け、家も家族もなにもかも失った人さえが、被災者を励ますための張り紙をする。


なんてことだなんてことだなんてことだ。
日本はこの大災害を通して、自分でも存在さえ忘れていた宝を、物欲消費無関心のチリの下から見つけ出したんだね。
思いやり、とか言葉にするととたんに安っぽくなるんだけど。
みんながみんなを思いやる、いたわりあう。こんな日がくるなんて。
かつてそんなことがあっただろうか?
日本人であることを今、心から誇りに思います。


もしかしたら、いまなら、声が届くかもしれない。


悲しくて仕方がないけど、私たち、泣いている場合じゃありません。
「いま、なにができるのか」のほかに、もうひとつ「いま、なにをしなくてはいけないのか」を考えましょう。

私はずっと、それなりに不自由なく暮らしながらも、心にいつも絶望に近いものをかかえて生きてきました。
子供をもったときからかしら。
これが大人になるってことなのかしらね。

目先の便利さにつられて、私たちはこんなところまできてしまった。
空気も水も土も汚れ、ひとは物欲と自我にこりかたまり、気持ちを通じあわせる努力も忘れ、
奪い合い、殺し合い、飢えて死ぬ子供の存在は知っていても、とりあえず、今日楽しく暮らせればいい。


「終末の予感が社会の随所に見えている。
ホモサピエンスという種の終わりが見えている。
洞窟のいきどまり。「トムソーヤの冒険」のインジャンジョーの死に様のようだ。」
(池澤夏樹「母なる自然のおっぱい」あとがきより)


どうして皆気がつかないの? 
気づかないふりをして生きているの?
私たちの子供のものであるはずの未来に希望はもてず、気持ちを誰かに伝えてみても、言葉は口から出るはしから消えていく。
むなしくてむなしくて、生きるのがいやになる。


暴走する巨大な車輪の上で、わたしたちはやみくもに走ってきました。
そっちに行っちゃいけないってわかってるのに、誰にもとめられない。
少しでも足を止めたらあっという間に下敷きになってしまうから。

だから、世界から眼をそむけて、制作する。
自分の内側へ、内側へと降りていけば、むなしさはとりあえず忘れていられるから。
そうでしょう?
ものづくりの友よ!
今日自分ができることを一つ一つやっていくんだって自分にいいきかせながら来たよね。
だってそうするしかなかったから。
でも、いまはそれじゃあいかんのよ。
作品で表現する?
そんな悠長なことをいっとってはいかんのよ。


3月11日。
暴走する巨大な車輪がとまりました。奇跡です。
世界中が息をつめて見守っています。
今なら、方向を変えられるかもしれない。

いましかない!!
これが、最大で、おそらく最後のチャンスです。


大震災から3週間目に入って、そろそろ政府が今後の見通し、政策を打ち出し始めていますね。
「原発の今後のあり方を・・・」「安全面での強化を・・・」
NHKの発表では、福岡県民へのアンケートで51パーセント(「仕方がない」も含めて)が原発賛成派だとか。
そんなの誰が信じますか?
地震に耐えた?
サダム・フセインやカダフィーのような独裁者が、自身の終わりとともに世界を地獄の道づれにしない、と誰が言い切れますか?
世界が信頼で成り立っていること、それがどれだけもろいものか、9月11日を忘れたのですか?


安全安全ゆっとるひとは、みんな、原発20km以内に住まわせればよい。
「人体に影響ない」んだから、シーベルト野菜を食べ、子供にベクレルミルクを飲ませればいい。ガンになっても保障は出ない。放射能のせいという証拠がでてこないから。


最近ひとつよい講演会をyoutubeでみました。
http://bit.ly/eEjgkR
田中優という準教授が、放射能が食物連鎖によって濃縮されていくシステム、替用エネルギーの具体案をわかりやすく語っています。
前半は気持ちが暗くなるけど、後半は希望に満ち溢れていて救われます。

原発がどれだけ高くつくものか。
世界中の先進国で使われている一線の替用エネルギー技術が、ほとんど日本のものである事実。
各自治体レベルでの、海上風力・波力・地熱・太陽光、それらを併せれば、日本は世界屈指のエネルギー産出国になれると。
田中さんのいうことには齟齬がある、と批判する声もあります。
フツウの人である私には、どうなのかわかりません。
でも、日本の知力と技術を総結集すれば・・・そして、皆が願えば・・・できないことなんてないはずだ、絶対に。


昨日、ドイツ全土で25万人の反原発デモがありました。
東京と名古屋でもあったそうですね、反原発デモ。イタリアの新聞に書いてありましたよ。
数百人規模ってこれほんとですか?
みんなショックからまだ立ち上がってないだけだと信じたい。まさか無関心だなんてはずはないよね。


わたしたちの子供に何を残したいですか?
洗濯物も干せない空気ですか?
食べられない魚、飲めない水、鳥の鳴かない春ですか?


しあわせってなんでしょうね。
干してふくふくになったふとん。
日溜り。そよかぜ。花の香り。雨のにおい。
季節の素材でつくったおいしいごはんを、大事な人と食べること。
見知らぬ人に示される一瞬の好意。
自分のしたことが人に喜ばれるとき。


わたしにとってはこういうものです。
これらとひきかえにしても得たいものっていったいなんですか。


当面の放射能危機をのりこえれば(乗り越えることを心から願いますが)、政府はマスコミを巻き込み、全力で事実を忘れさせようとするでしょう。
丸め込まれたらおしまいです。
車輪が、また回り始める前になんとかしなければ。


提言。
日本は原発を廃止して、替用エネルギーに総力をそそぎます。
さらには原子炉解体技術の開発をして、全世界に提供します。


原子炉解体技術がないなんて、血清をもたずに毒蛇と遊ぶようなものでしょ?
こいつが開発できれば世界の役に立ち、さらにお金も入る!


最初の3年、4年、5年くらいは不自由があるかもしれません。
それがなんだというのでしょう。
日本大改革、やりましょうよ。
日本がかわれば世界がかわります。
民度がどうのって、つまんないことによろこんでいるばあいじゃないでしょう?
20年後30年後、私たちの子供に、そして孫に誇りを持って語れる歴史をつくりましょうよ。
「あの時、あの犠牲があったからこそ、私たちはかわれたんだ。私たちが変えたんだよ。」って言えるように。

それが、亡くなった人たちへの何よりの供養じゃないですか?
そして、これから放射能という十字架を背負って生きていくひとたちへの。


もう人任せはやめましょうよ。
もう時間がない。
私たちが決めるのです。


いま!

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by jamartetrusco | 2011-03-29 22:00 | Vita (人生)
2011年 03月 27日

もうひとつの話し

田中優氏の提案

この話しは単なる原発反対,反対という否定的で暗い話しではなく
肯定的な解決を見いだそうとしている大変良い話しであると思う。
是非多くの方々に聞いて頂きたい。

電力会社の横暴から抜け出してこんな風に日本が変わっていったら理想的だ。
これからの日本の未来を作るために日本国民が今こそ動くべきである。
大震災をきっかけに真の民主化を計ろう。
日本の偉大を世界に示すことのできる真の民主革命、日本ルネサンスと
なることを願って。

追記
日本への原発の導入もすべて冷戦中の米ソ間の日本征服を背景にあるということがよくわかるこの
ブログで紹介されたNHKの1994年放映の番組。
NHK 現代史スクープドキュメント 原発導入のシナリオ ~冷戦下の対日原子力戦略~
一般の国民など全く関係なしに政治の絡繰りにより世界は、歴史は動いていくこと。
なんという無力だろう。
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by jamartetrusco | 2011-03-27 02:51 | Vita (人生)
2011年 03月 26日

チャリティー・コンサート

友人のオペラ歌手の平井ふじこさんがローマにて4月4日(月)と4月6日(水)
All Saints Churchという教会にて様々な友人達の協力を得て日本のこの度の
大震災支援のためのチャリティー・コンサートを企画された。
出し物は4日はプッチ−ニの蝶々夫人、6日は彼女の音楽家友達の協力とともに様々なプログラム。
開演 20:30
All Saints Church
Via del Babuino, 153, Roma

ここで集まった義援金はすべて日本赤十字に送られる。
大震災が起こってすぐ彼女とは電話にて様々な思いを分かち合った。
そして何かできることはないだろうか、と考えてコンサート企画に踏み切った
彼女の音楽家としての心意気と行動力に心より敬意を表する。
この記事は彼女への賛同とエールである。

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by jamartetrusco | 2011-03-26 18:56 | Paese (土地柄)
2011年 03月 26日

現在の暗闇

大震災の悲劇は心にずっしりとのしかかっている。
毎日新たな知識を得てはやや気分が良くなったりまた
どん底に落ちたりの繰り返しである。

「あえて最悪のシナリオとその対処法を考える」


「隠される原子力」

このふたつの動画も大変暗い現実を見つめることになるが、しかししっかり見つめる方が
知らない、または知らないふりをするより良いと思う。
アーティストというのはこういった時期にどこか力強い表現をするというのは
パラドックスであるが本当である。暗い事態、困難があれば創造性を増す、というのは
いままでの芸術史の中でよくある現実である。
私の感じる苦悩がそのままアレに伝わり現在の私にある暗闇をイメ−ジとして実に
生々しく表してくれたと思う。
この暗闇からなんとか脱出したい。
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by jamartetrusco | 2011-03-26 05:19 | Arte di Ale(アレのアート)
2011年 03月 21日

今回の原発の危機を思う

今回の東北関東大震災で起こった原発事故の終息の彼方は未だおぼつかない。
様々な決死の試みがなされ少しずつ良い方向に向かっているように見えるが
被ばくの恐怖はまだ暗く日本を被っている。
日本の政府とマスコミは真実を半分しか述べていない事実もあるようだ。
なるべく心配なことは見たくない、大丈夫と言われたいというのが普通の人間の
本能であろうが、しかし真実を知った上で危機感を持ちながらその上に立った
正しい解決法を大きなヴィジョンを持って探し実行していく、というのが今の
日本の重大な立場に必要なことであると心から思う。
イタリアにいるのでテレビのニュースはオンライン配信しているNHK、そして
最初の1週間配信していたTBSぐらい、その他は私が個人的に信頼感を持つBBCの
大震災ライブニュースを追うぐらいであった。
その中で様々な書き込みも参考になるものである。そのおかげで知ったいくつかの
情報。
中で実情の恐ろしさを熱っぽく語る広瀬隆氏(ニュースの深層という番組でも
話した)の以下のインタビューは説得力がある。

予言されていた原発震災
。やや長いが一聴の価値あり。
もうひとつ明確な解説と論理的で冷静な答えを求めようとする大前研一氏の話しが興味深い。
どこか嫌みな感じはするのは否めないがこのひとを現在のリーダーにしたら良いのではと思えて
しまう。
地震発生から1週間


もちろん一部の意見でありすべてが正しいと言えないかもしれないが、テレビのニュース
を見ていると真実が本当に伝わるのかという疑問は私自身も思うところである。
どこかお茶を濁したような曖昧な説明、御用学者の論説といった印象を受ける。
海外のメディアが原発危機にばかり焦点を合わせてかなりスキャンダラスに扱い、大震災の
被害を全身で受けた人びとの苦悩がその影に隠れているということもあるのだが、
しかし原発の事故は本当に恐ろしいのである。真実をもっと明快に語る必要を迫る海外
メディアの日本政府の対応への不信感は当然と思わざるをないところもある。

本当に日本がこの大変な事態を克服して原発終息する状況になる日を望むばかりだが、
これをきっかけに原発に対する考え方を根本から変える必要があると思う。
原子力の廃棄物自体が汚染として恒久的に残るという恐ろしさを当たり前のように
考えている現在の人間はどうしたのだろう。
こんな恐ろしいエネルギー源が万が一事故になった場合に取り返しがつかないという
状況。要するに事故の対策の解決法すら世界にないという状況。
ただただ冷却するのを待ちコンクリート固めにするしかないということ。
一体20世紀以降、いやたった戦後60年間、一体人間は未来の我々の子孫に何を
残してきたのだろうか。
この100年で行った人間の愚業、金儲けにかかわる悪業、自然の破壊。
過去何千年に渡って後に伝えてきた人類の文明はここに来て破滅の一途を辿ることに
なるのだろうか。

昨晩19日は満月。月が地球に近くなる日というので通常より大きい満月、輝きも
普段より強いような気がした。
この月に向かって心から日本の無事を祈った。

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by jamartetrusco | 2011-03-21 02:14 | Vita (人生)
2011年 03月 18日

FORZA DI POPOLO-民の力

大震災発生以来何も手がつかない。ただオンラインのニュースを見て被害の
大きさと深刻さに愕然としながら、毎日毎日、日本は大丈夫!と信じたい肯定的
精神を持とうと思いつつ、様々な原発危機への不安な情報を聞いてはまた
どっと落ち込んだり。その繰り返しで、いてもたってもいられない不安な気持ちを
抱きながらすでに1週間経った。
被災者の方々の大変な状況を見て悲痛な涙する毎日である。
そして原発の危機。これがまたすべての被害に輪をかけて不穏な原因である。
ヨーロッパにいると原発事故への恐怖と危機が震災の被害より大きく扱われている
のが現状である。
原発の危機を食い止めることがこれからの震災被害の克服の大一歩であるだろう。
それを祈る気持ちが毎日毎晩心身満たしているこの1週間。
ニュースをオンラインで見ながら気がついた唯一の心の救いはTwitterする
人びとの考え方の半分以上が人びとの苦悩をしっかりと見据えている事実である。
テレビなどで流れる様々な情報を濾過して自分たちなりの意見と姿勢を持とうと
していることである。
これらの人びとの姿勢を確認する上で日本はまだまだ沈没しないと信じられる。

Forza Giappone, forza popolo giapponese!

ということを書いてみたものの、またどっと落ち込んだ今。
イタリア時間夜9:15分。
こちらではガダフィ大佐への対抗する砦を守るために攻撃を始めるらしい。

人間はいつになったら学ぶのだろうか。
世界の裏側では大震災による被害で苦しんでいるという事実があるのも
束の間こちらではまた戦争へ突入というのか。

もう政治はすべて信じられない。
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by jamartetrusco | 2011-03-18 21:58 | Vita (人生)
2011年 03月 13日

祈り

この度の日本東北地方太平洋沖地震による大被害、イタリアより無力な気持ちで見守るしかない。
毎日のようにこちらでもまず一番のニュースとして様々な報道番組にて語られるこの大災害。
特に印象に残ったのはTG7。La 7は時事報道に力を入れ、他の国営放送3チャンネルや
ベルルスコーニ首相の設立した民放のメディアセット・グループの3チャンネルとはひと味違った
番組作りを目指しているチャンネルである。
ディレクターであるエンリコ・メンターナ氏はもと民放5チャンネル(Canale5)の報道番組の
ディレクターであったが、次第にベルルスコーニ氏と政治的見解が異なっていき、だいぶ前に
番組を降板していた。この半年ほど前よりLa7の報道番組を担当。
それ以来視聴率をどんどん上げている。

彼が日本の大地震のニュースを受けて、同日の夜特別番組を組んだ。
自国も日本ほどではないにせよ火山国であり、つい最近もローマから遠くない山あいの町
アクィラにて大地震があり、町が未だに復興していないという事実もある。
地震学の専門家をスタジオに呼んでいろいろな説明をしながら、今回の日本の大地震が
アクィラでの地震の1000倍ほどの威力があったこと、またもしこれほどの規模の地震が
イタリアに訪れたらどれほどの被害があったか、など話しながら、日本に滞在するイタリア人
からのメッセージも含めて、日本国の地震対策の技術の素晴らしさ、また人びとの冷静な
対応ぶりなどへの感嘆と敬意の気持ちを力を込めて伝えていた。
そしてイタリアにも原発を作るという案を出しているべルルスコーニ現政府への疑問の問いかけ、
賛否両論を議論した。今更イタリアで原発を作る案など考えられないことである。
普通の道路すら維持ができず、またゴミの処理すらおぼつかない国であるのに一体どこに
原発を作るというのか。

通常は日本についての報道はあまりなく、未だにステレオタイプのイメージとしての日本を語る
傾向にあるイタリアの報道の中で、この地震特別番組はとても正当公平で日本人としても誇りを
感じられるものであった。
1995年の淡路大震災の時には全くなかった報道のレベルである。
イタリアの日本に対する理解が深まっている証拠かもしれない。
または情報がインターネットのさらなる発達により伝わりやすくなっているせいもあろう。
そしてイメージの力。津波による自然の脅威のイメージは世界中にあっという間に広がる。

今回の地震、日本にとっては精神的、物理的大被害の克服と今後の復興の課題の大きさなど
まだまだこれから大変な時期を迎えるだろうが、この悲劇が日本という国の強さ、日本の人びとの
良さと心意気の強さなどを自ら悟り、発揮する機会となり、一日も早い回復へと繋がることを
祈るものである。どこか自信を無くし、意気消沈している今の日本のネガティブ心理をひっくり
返すひとつのきっかけとなってほしい。
日本はこれをバネとしてさらなる飛躍をしてほしい。

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by jamartetrusco | 2011-03-13 05:20 | Vita (人生)
2011年 03月 10日

修復の善し悪し

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去年の11月に初お披露目のあったオンニサンティ教会内に収蔵されている
ジョットの手による5メートルにも及ぶ木製のキリスト磔刑図。
ジョット作と認定されたのはつい最近のことである。それまではジョット自身ではなく
その工房によるものと思われていた作品。故に誰からも注目を集めることなく教会の
片隅に蠟燭にすすけて真っ黒な状態で放置されていた。長年の汚れを落とす修復の
作業が開始されたのは2004年。フィレンツェの名高い修復工房のオピフィチオ・デレ・
ピエトゥレ・ドゥーレ(OPD)が着手した。作業の過程で汚れの下にある見事な色彩と
活き活きした人物の表情などが現れてきたのである。そしてそのスタイルはまさしく
様式化された中世の人間表現を打ち破った14世紀初頭の画家ジョットの手に間違い
ないと鑑定されたのである。
修復家の醍醐味まさにここにありき、だろう。
色彩の復元と言っても生易しいことではなく、まずは外気や煤の汚染を取り除くのが
一仕事であり、汚れをあまりに落としすぎて元々の色彩まで取り除く危険性もあるわけ
で、修復家の腕が必要なのはこの過程であると言う。
顕微鏡を使っての細かな作業であると聞く。その後痛んだ部分などを修復して行く
行程に移る。私も短期間とは言え絵画修復のコースを取ったことがあるのでほんの
少しはわかる。
全修復作業が終了し去年の11月6日に公開された。
先日やっと実物を見に行く機会を得た。週日だったこともあり教会内はしーんと静まり、
凛とした教会独特の薄暗がりを通って進むと祭壇の左側のアーチ型の空間に高々と
設置されていた。
あいにく近くまで行ってみることができないため細部の装飾や筆さばきなど
見ることができないのが残念であるが、色鮮やかなブルーの色と対比した金色が目に眩しい
修復前を見ていないので比較はできないが、色彩の鮮明な美しさは十分理解できるものの、
あまりにも鮮やかすぎるという感しないでもない。以前の記事でもやはりジョットの絵画
について書いたのを思い出した。偶然にもちょうど去年の今頃である。

仏像なども色彩が落ちて寂びた感じが良いというのと同じで、修復で汚れを排除することにより、
年月を経た美術品の歴史と重みも洗い落としてしまう、という印象も受ける。汚れも含めてまた
美術品である。
修復の善し悪し、常に問われる問題である。
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by jamartetrusco | 2011-03-10 17:54 | Arte (芸術)
2011年 03月 06日

ミヌー?

日本に行っている間に我が家の子猫であったミヌーがついにボーイフレンドを
見つけてその後の行く末はいかに、という状態になっている。
どうも盛りがついたのが2月10日前後、その後に雄猫が庭に入り込んで
カップルとなったようである。
私は不在だったので詳しい状況はわからないものの。
もし妊娠してしまったのなら出産は4月のイースター頃か。
飼い猫には雄の場合は領域に記しをするための臭いオシッコに辟易するため、また
雌はさかりがついて妊娠するのを避けるために手術を施すのが常ではあるが
この自然に生きる気高い生物を人間の勝手でまるでおもちゃのように自分の都合の
良いように自然とは逆らう道を強要するというのはあまりにも酷である。
動物も自然の本能、尊厳というものがあるものだ。
生きる上での本能を奪ってしまうと猫はどんどんと太っていく。雄は特に。
ホルモンのメタボリズムを狂わせるのである。いわゆる去勢である。
雌猫も恋を求める時期には食欲がなくなるのであるが、そういう
自然の法則がなくなるので食べることしか興味がなくなり、猫族とは思えないほど
太る。以前出入りしていたビルバは去年の夏以来とんと遠ざかってしまったが
久々に見るその姿の太りぶりには驚いた。
そういうことももろもろ考慮してとにかく一度はミヌーに親となることを味合ってもら
おうかと思っている。
ミヌーが母になるかどうか、あと一週間ほどすればお腹の変化がわかるだろう。
人間と動物との共生、ぺットとして動物を考えるなんていうのは根本的に間違っている。
お互いにかなりの覚悟をしてつきあうしかないのである。

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by jamartetrusco | 2011-03-06 01:45 | Natura (自然)