トスカーナ 「進行中」 In Corso d'Opera

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2011年 11月 22日

ミイラの肖像画

今まであまり意識しないまま大英博物館とかルーブル美術館とかに並ぶ板に描かれた人物の
肖像画を前に、そのリアリズムと不思議な視線の力強さに常に心を揺さぶられる感動を持って
対面していた。つい最近再びこの同種の肖像画に出くわした。フィレンツェの考古学博物館内の
エジブト美術館の新設ギャラリー内である。
考古学博物館にはすでに2回ほど足を運んだことがあるのだが、以前はギャラリーの
展示室が古く照明も悪くて展示物の魅力が十分に発揮できないのが難点であった。
今でも相変わらず大半がそのような古い展示室なのであるが、ついこの9月にエジプト美術館の
部分に2室のみ新しいギャラリーが完成、公開されたのである。
そしてこの美術館の収蔵品の中でも有名なこの肖像画に再会した。
やはり以前にも出会った彼女である。しかし展示が違うことによってなんと力強く訴えてくれるのだろう。
暗がりの展示室に照明をほのかに浴びて浮かび上がるその高貴な表情に圧倒された。

この肖像画の類は今まで理解していなかったのだが、エジプトがローマ帝国の支配化に入った紀元前
1世紀から始まるビザンチンキリスト教文明の息のかかったコプト文明時代に生まれたミイラにかぶせる
肖像画だということである。
板絵であり、卵を下地としたテンペラ画かもしくはエンカウストという蝋を使った漆喰
画の技術で描かれている。このミイラ肖像画が多く発見された地域はファイユームというナイル川西、
カイロの南辺りであるという。

この肖像画も若い女性なのだろう。生前の彼女をそのまま写したものに違いない黒髪と大きな黒い
目と太い眉。簡単な線で表したにもかかわらず驚くほどリアルである。ギリシャ時代の彫刻などに見られる
ような理想化された女神像とは全く違った血が通った隣人の顔である。そしてその目線の力はすごい。

これらのファイユームのミイラのための肖像画の美しさを初めて西欧で発見したのは17世紀初頭に
活躍したイタリアの探検家のピエトロ・デラ・ヴァッレであるというから、イタリアの当時の航海士や
探検家は実に先見の目があった。その後これらの肖像画を再発見するには19世紀初頭まで待つことになる。
その頃にはエジプト遺跡発掘研究がヨーロッパ中に広がりドイツ、イギリス、フランスの考古学者達が
多く訪れて母国に持ち帰ることになる。ルーブル美術館や大英博物館にある肖像画もそういった経緯で
辿りついたわけである。

もともとミイラにかぶせていたこの美しくリアルな肖像画。
しーんとした展示室でじっと見つめていると不思議な気分となる。
フィレンツェでは人があまり行かないこういった隠れた美術品を見るに限る。
ちなみにフィレンツェのエジプト美術館はイタリアではトリノのエジプト美術館の次と言われている。

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by jamartetrusco | 2011-11-22 02:14 | Arte (芸術)
2011年 11月 16日

サン・マルティーノ伝説

11月11日は聖人サン・マルティーノの日。今年2011年はまたと来ない11.11.11と11が3つ並ぶ特別な日である。これにちなんで皆何か異変が起こるのではといらぬ想像をした向きも多かったようだが、この地ではいたって穏やかな日和、我が家に関しては平穏に終わった。とは言えその翌日にベルルスコーニ首相が辞任、イタリア前代未聞の長い政権に幕を閉じたたという事実は無視できまない。やはり11、11、11の効果か。

さてこの時期をイタリアではEstate di San Martino、文字通りの意味はサン・マルティーノの夏と呼ぶ。
日本で言う小春日和のようなもの。
晩秋になり、一時の冷え込みが一旦緩むのがこのサン・マルティーノの11月11日から10日間ほど、11月20日ぐらいまでの間。日中は日向にいるとぽかぽかする陽気である。それ故に「サン・マルティーノの夏」と呼ばれる。英語国ではインディアンサマーという表現があるが、聖人にちなんでの呼び名はいかにもカトリック国イタリアのお国柄である。まさに現在そんな小春日和が続くトスカーナ。
サン・マルティーノは庶民にも大変好まれた聖人であるが(フランスの子供達の民謡でフレールジャックの調べを知っておられる方はあるだろうか)実は4世紀ローマ帝国領であった現在のハンガリー生まれのローマ軍人でトゥールのサンマルタンとしても親しまれている。彼にまつわる庶民に伝わる「マントの伝説」が残っている。サン・マルティーノはある日アミアンの城門の前で半裸で震える物乞いを見て哀れに思い自分の着てきたマントを半分に切って与える。その慈悲深い心を思い神様が二人を助けるために暖かい空気を送り込んだ、かくしてこの時期の暖かい小春日和をこの聖人にちなんで名付けたわけである。

伝説はさておき、この時期のイタリアを含む地中海地域は高気圧に覆われ寒さが緩むというのは実際に気象庁の1968年から40年間の気圧配置を比べて見てもわかり、11月11日から20日までの間は同様の高気圧に覆われた配置図であることが証明されている。民衆伝説と科学的な気象結果が結局は同様の自然現象を示しているのは、まさに人々の間で長く伝わる自然に関する言い伝えや諺などは実はかなり正確な真実を語ることの証であると思う。
「サン・マルティーノの夏」のこの時期、その年収穫した葡萄酒ができあがり、樽の蓋をあけてヴィーノ・ノーヴォ(新酒)を味わい、収穫された焼き栗を頂く、というのが伝統である。ちなみにイタリアでは葡萄酒の守護聖人でもあるサン・マルティーノである。 言わずもがなか。

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by jamartetrusco | 2011-11-16 04:15 | Paese (土地柄)
2011年 11月 12日

MAXXIかまたはMACROか

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国立現代美術館MAXXI、そして現代美術館のMACROの別館

ローマのフラミニオ地区に昨年開館したばかりの建築とアートのための美術館。名前はMAXXIーMuseo Nazionale delle Arti del 21 secoloー国立21世紀美術館。21世紀美術と建築にコレクションと展示を当てた国立の財団機関で、イタリア初と言える。半分は現代建築に当てられているというのも特徴的である。建物自体がまさに現代建築の集結と言えるような斬新な新建築となっている。設計したのはイギリスで活躍するイラク出身の女性建築家ザハ・ハディド。この建築デザインは開館同年の2010年に王立英国建築家協会により与えられるスターリング賞を受賞している。
プロジェクトは1998年に発足されたということであるから有に10年以上の年月をかけてやっと完成した、といういかにもイタリアらしい展開であるが、その間に何回政府が交代していることやらと思うと開館したこと自体が奇跡のようなものである。
イタリア事情はさておきこの建築空間は途切れることのない空間の広がりの美しさがある。既存の古い建物から派生したような形で設計された新建築部分はザハ・ハディド独特のゆるやかなカーブのある筒、楕円、角形などなどの形体が縦に横に組み合わさりひとつの一体となっているような感じの構造である。上から下まで見下ろせるような高さと広がり。空間の美しさのみを追求するという意味では建築としての効果は最大限に発揮されていると言えるが、いざ美術作品の展示空間となるとやや疑問が残るのも事実である。ひとつずつの部屋が横長に繋がっているため、ひとつの展示ギャラリーから次のギャラリーまでかなりの距離を歩くことになり、下手をすると展示されている作品自体を見過ごしてしまう場合もあるからである。建築家が自分の創造的願望を謳歌するための建築はともするとその中に展示する芸術作品や観客を忘れてしまう恐れも否めない。建物が主かその中に展示される作品が主か、という問題であろう。まあ現代美術は最近では大きさとインスタレーションが主体であるからこういった広々とした空間こそが適していると言えるのであるが。
卵と鶏の構図。建築があり中に収まる作品が決まるのか、それともその逆か。
現代建築の力と弱点。

これに比較して過去は牛の屠殺場だった建物を展覧会空間にしたMACROがある。
この場所はまず「空間ありき」、である。 
芸術のために造られてはない建物である。空間はまた広大である。
ところがその空間が凄い力を発揮しているのである。
屠殺された牛が吊るされていただろうという鉄具もそのまま残されている。
生き物の死がそのまま血の匂いを想像の中に残してただ「在る」。
その生の「在る」姿が妙に新鮮であり、それだけで有効な創造的な空間をなしている。
何も中に展示されていないのになぜこんな力があるのだろう。
作品なき中の美と力。歴史が刻まれているからこその重み。
まるで無に何かを見いだす禅の世界のように。 茶の世界の見立てのように。

建築家の自身の思いの強い美を追求するために
生み出した作為的な空間と、対する屠殺場として生まれた美などとはほど遠い
無作為な空間と。
明の美しさと暗の美しさの違い、

どちらが心に訴えるものがあるのだろう。
私の中では軍配は上がっている。

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by jamartetrusco | 2011-11-12 05:12 | Arte (芸術)
2011年 11月 07日

根付けに関わる家族史

根付けの250以上の数に渡るコレクションを日本に長く住んだ大叔父の死より
受け継いだことをきっかけにそのコレクションにまつわる家族の歴史を解き明かして
行くというやや探偵小説的な面白さを備えるとともに、巨大な富と文化背景を
持ちながら大きな歴史の流れに巻き込まれ悲劇的結末を迎えるユダヤ系ロシア
の家系の雄大な歴史ドキュメンタリーでもある。オリジナルタイトルは
The Hare with Amber Eyes
琥珀色の目を持つウサギ。ウサギの形の根付けの一作品から来た題名である。
著者はイギリスで活躍中の陶芸家のEdmund de Waal
BBCの作家紹介の番組は一見あり。

私も仕事柄会ったこともあり、もの静かな中に不思議な力を潜めたような知性あふれる
好青年である。
小さい頃から焼き物作りに惹かれて親方に師事して学び、焼き物の伝統豊かな
日本にも赴く。そしてその後イギリスの名門大学で学ぶ。文学的才能があるため
焼き物の季刊誌などにしばしば投稿したり。またバーナード・リーチの本を出したり
作家としての頭角も常日頃見せていたのだが、今年4〜5年かけて調査し暖めた
本を今年出版、またたくまに自叙伝としての賞を受賞し、イギリスでベストセラーとなった。
というわけで私もさっそくロンドンにて購入して読んだわけである。
久々に良い本を読んだという感じで、読み始めたら止まらない本である。
話の面白さと歴史や家族史への鋭い観察力と文学的叙述。
とにかく読み応えのある素晴らしい本である。
数奇な運命を歩んだ264個の根付け作品へ思いはどんどん馳せて行く。
日本語に訳されることは時間の問題だろう。イタリア語版もつい先日出版されたばかり。

19世紀半ばのジャポニズムあふれるパリの文化背景、世紀末の文化円熟期のウィーン、
オーストリアハンガリー帝国全盛期から第一次大戦を迎えてのその衰退、ナチス台頭
などなど近現代史がそのままエドムンドの先祖の歴史を通して如実に語られていく。
歴史の重み、家族の重み、そして一人の人間の生き様はその中で弱くまた強いもの
であることをつくづくと実感する本である。

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by jamartetrusco | 2011-11-07 17:16 | Libri (本)