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2012年 08月 28日

ロバート・ヒューズーThe Shock of the New

美術史家、美術評論家のロバート・ヒューズがこの8月6日に亡くなった。
享年74歳。
私がロンドンに移り住み始めた80年代初め、彼が製作し、BBCにて放映された
The Shock of the Newと題されたプログラムはそのタイトルの斬新さも加算して
30年以上経った今でもその精鋭さを失っていない。
同名の著書もある。

亡くなったというニュースを聞いてからまたこの番組が観たくなり、You Tubeを検索したら幸運にも
あるではないか。8回にわたるエピソードすべてを完覧した。そして2004年製作の続編的な
The New Shock of the Newも観ることができた。

美術に生涯をかけようと思ったのは1966年のフィレンツェを襲った大洪水がきっかけと言う。
フィレンツェの貴重な美術品の数々が洪水の被害にて失われる危機に会い、いてもたっても
いられずにフィレンツェに向かった海外からの若者達。
Angelo del Fango、「泥の天使」と通称された美術を救おうという純粋な意図からなんの利益もなく
救出活動に参加したこれらの若者達。故郷オーストラリアからフィレンツェに渡った彼もその一人であった。

イギリスの友人のトスカーナの家に滞在し、その後ローマへ、そして最終目的地であるロンドンに
移り住む。最後にはアメリカの雑誌Timeの美術論評を引き受けた。イギリスの新聞にも数々の
投稿をしてきた。
2001年の9.11のテロもソーホーの自宅から目の当たりにした。
エッフェル塔建設に始まったモダニズムの時代はツウィンタワーの崩壊とともにひとつの幕を閉じた。

The Shock of the Newは20世紀初頭を飾るまさにエッフェル塔に象徴されたモダニズムの台頭から
始まる近現代の美術史、文化史の軌跡を辿るドキュメンタリーである。エピソードごとにひとつのテーマ
の括りの中で語られる美術表現の発生の背景と展開。ある時期を代表する画家数人に焦点を当てて。

ある程度基礎的な美術史の知識があればすべて言わずもがなの美術史の事実ばかりであるものの
彼の明快な説明のもとに再度聞くそれは耳に心地よいし、また自分の知識への再確認ともなる。
またこの分野への知識が浅い人であればひとつの礎となる美術史論であると思う。

彼の美術評論家としての偉大は言葉を操る作家としての技量から来ている。その表現の幅広さ、豊かさ、
ひとつひとつの美の神髄を語る際の言葉の崇高さとその的確さである。
英語がいかに表現豊かで精密な言語であるかを教えてくれる人である。

彼の語る論理はまさに私が今現在の美術世界に感じる疑惑そのものであること。
60年代までの美術は制作者の純粋なる美への追求、ロマンティシズムの踏襲、作家それぞれの真実を
語る前衛であった。ところがアンディー・ウォーホールがマスメディアと広告を利用したファッション性溢れる
ポップアートを製作し始めた頃から芸術、美術の領域がカタカナの「アート」と化した、と私は常に思ってきた、
画家が画家でなくなる時、画家が市場開発家、PR、有名人となる時。
アートがブランド化する時。そして多大なるお金と企業と投資家とが参入する時。
美術館がそれらのスポンサーなしでは運営できなくなる時。
ギャラリーやアートディーラーが自分達の売る作家をプロモーションし、またコレクターが収集する
作家の価値をどんどんと増やすこととでギャラリー共々私腹を肥やしていく時。
これを転機に美術は市場優先の「アート」という得体の知れない表現形態へとなって行ったのであるー
という私の思考を見事に的確な表現にて語ってくれたロバート・ヒューズ。

最後に残るのは「美」「美しい」ということ。人間が無意識に求める「美」という真理を抽出して、
表現する者こそが芸術家である。美とは簡単に把握できるファーストフードのようなインスタントな
ものではなく観るものと作品との一対一の関係、時間をゆっくりかけてじわじわと心に伝わってくる
感動である。
そして作品を通して私と他人、作家と見る者は共有する何かを見いだすのであると思う。

ロバート・ヒューズはそういった美への概念、美の真実、画家とは、芸術家とは、という問いかけに
独断的な言葉であるにせよ、その言葉に賛同する者にはことさら明確に答えを提示してくれる。

Mona Lisa Curseという番組も面白い。

ロバート・ヒューズ。20世紀最後の真の美術評論家。

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by jamartetrusco | 2012-08-28 22:43 | Arte (芸術)
2012年 08月 17日

焦げる

海より戻り、毎日オリンピックの騒ぎが続き、その間の
暑さは連日ますます増すばかりである。

朝の7時前はまだ少し涼しい空気が残っているが、
8時になったらもうカンカン照り。
砂漠のような痛いほど照りつける太陽の熱気で
テラスも家もすべてが熱風に包まれているような感じ。
まるで天火のなかにいるみたい。
なにも手につかない。この熱気のなか翻訳の仕事を
集中して行ったせいか、首ははれるし、じんましんはでるし、
どうも不調のこのごろ。

夜も9時過ぎると暑さも少しやんできてやれやれ、と
一服感。その頃になると夜空を見上げればまだ流星にも
でくわせる。今年のピークは8月12日。その前後かなりの
流れ星をみた。
さて就寝しようと思っても、昼間の熱気が石壁を通しても侵入している
のでただただ寝苦しい。
夢だらけのうたた寝のような毎晩。

中世の石造りの家もさすがに21世紀の異常気候には耐えかねる
ようだ。

海辺のひまわり畑の日射にからからになって黒ずんで
きたひまわりのような気分である。

焦土、焦げた大地と石とに囲まれて。
Venerdi Diciasette,
縁起が悪い日といわれる17日の金曜日は我が家にとっては
そうではない。何か良いエネルギーをもらえますように。

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by jamartetrusco | 2012-08-17 18:59 | Vita (人生)