2014年 06月 07日

Studio Aperto



     6月7日、8日の土日、我が住まいであるモンテフィオラーレにてワイン祭りと同時にオープン・スタジオを開催中。

     これを皮切りに夏場はこの展示場をオープンさせておきたいのが希望である。
                  
           久々の地元での展覧会。
     
     最後に行ったオープン・スタジオは2003年の'Corso d'Opera'。すでに10年以上月日が発ってしまった。
                  
     10年ごとになぜか行動に虫が活発になるのかもしれない。
f0097102_20505410.jpg
                  
f0097102_20503798.jpg







[PR]

# by jamartetrusco | 2014-06-07 21:01 | Arte di Ale(アレのアート)
2014年 05月 25日

Extended

エミリア・ロマーニャの小都市Cesenaを訪れた。
ジェネシスのメンバーだったギタリスト、スティーブ・ハケット率いるバンドのコンサートを
見るため。
ジェネシスはピーター・ガブリエルとスティーブ・ハケットが抜けてからはポップ・バンドに
成り代わり過去の姿は見る影もない。
ステォーブ・ハケットはすでに60歳を過ぎているのにまだまだ若々しいエネルギーに溢れて
いる。去年から開始したGenesis Revisitedのツアーは今に至り、今年からGenesis Extendeedと
命名され、ヨーロッパ、アメリカ、カナダ、日本へと勢力的にコンサートを続けている。
ジェネシスを初めて聴いたのは1973年、中学生の頃、ある日レコード屋に赴いて音楽を
探していた時、背景に流していた音楽がSelling England by the Poundだった。
その音色に魅了され、それからTresspass, Nursery Cryme, Foxtrotと立て続けに購入した。
アイロニーを含んだ、イギリス独特のBlack Humourとヴィクトリア・ゴシックの暗い
イメージが合体されて独特の想像の世界を作り出したいわゆるプログレッシブ・ロック・バンド。
イタリアでは特にVan Der Graaf Generatorと並んでマイナーなバンドがメイジャー的成功を
博した。
そしてスティーブ・ハケットは過去のジェネシスの名曲を再生し、コンサート化した。
人によっては過去の栄光にすがるという批判もあるかもしれない。
しかし現在の完璧にコマーシャル化した音楽マーケットへの反逆とも言える。
良い音楽はクラシックとして再生可能なのである。
以前からのファンが溢れるコンサート会場。ジェネシスの創造した名曲を聴きたいという
願望の元に集まったそれほど若くない観衆とその両親に連れられてきている次世代。
不思議な調和を作り出す、そして例えようのない肯定的エネルギー。
ただただ堪能の言葉のみ。
人生一度生きて死んで行く人間の宿命の中、生きるためのエネルギーとなる芸術。
一度どん底に落ちて今不死鳥のように飛びつつある気分である。
すべてこの「何か」へのお陰、有り難くまだまだ生きていける自信がついた。

Viva Steve Hackett!




[PR]

# by jamartetrusco | 2014-05-25 23:12 | Musica (音楽)
2014年 04月 27日

野生の花束

4月24日の誕生日に合わせて娘が友達と一緒に散歩しながら野生の花束を
作って帰ってきた。
何よりのプレゼント。
野生の花々の美しさにほれぼれとする。
そしてこんなに美しい花束を作った娘達にも感服。
f0097102_00264206.jpg



[PR]

# by jamartetrusco | 2014-04-27 00:27 | Vita (人生)
2014年 04月 18日

わがはからにあらず

今一番心に響く言葉。
わがはからいにあらず。
すべては大きな力によってあるべき方向に向って行くことを信じて。
心が萎えてどこに向って行って良いかわからないこの頃。
存在の無意味と不可能に直面して行き止まりと朦朧とした
道程の霧、暗中模索、今や術無しの気持ち。
不安の心に満ちている今、一番信じられるのは何かわからないが
ある宇宙の力に身を任せること。わがはからいにあらず。
それしか、なし。

f0097102_04480611.jpg

[PR]

# by jamartetrusco | 2014-04-18 04:59 | Vita (人生)
2014年 04月 06日

毎年ながら

毎年この時期になると必ず画像に記録している庭の藤棚。
春の訪れを感じさせるのはこの地では桜の花より藤の花と思う。
今年はいつになく3月初旬から半ばにかけて暖かく、植物がびっくりして
莟を膨らませた。
藤棚の莟もしかり。
サン・ジュゼッペ(キリストの父とされる)にちなんで父の日とされる
3月19日の祝いには揚げ菓子であるフィリッテーレがつきものである
が、我が集落も毎年このフリッテーレ祭りが開催されるがこの時期は決まって
寒かったり、雨、または時には雪がちらつくことまであり、今年のように
好天気に恵まれたのも珍しい。
19日の前の週末に決めたのが功を制したようである。その後の週末
だったら祝いは延ばせどころか、春の嵐ごとくひょうあられ、大風の土日、
祭りどころではなかったから。
春分の日を挟むこの週は冬の寒気に逆戻り、早咲きの藤の花もいったん
硬直。
この週からまた春が戻ってきたので昨日はまさに満開に近づいた。

紫の微妙なグラデーションが実に見事で、またほんのり漂う香りは
格別である。

毎年毎年、こりもせず、小さくても大きい感動を得られる庭の藤棚である。
そしてツバメがアフリカから到来したのもこの数日のことである。
Domenica Pasqua、イースターの日曜日が今年はかなり遅い4月20日。
このまま一気に春となりますように。

f0097102_17574537.jpg

[PR]

# by jamartetrusco | 2014-04-06 18:02 | Natura (自然)
2014年 03月 16日

Artour-oーフィレンツェでのアートイベント




f0097102_05003304.jpg

この週末フィレンツェにてArtour-o と題されるアートイベントが開催中。
もう何回か企画されてきたこのアート展はフィレンツェ内のいくつかの会場にてトスカーナだけでなく
世界からの作家を多数集めて作品展示をする。存在は聞き知っていたが、アレの作品が展示されたのは
初めて。友人の作家から誘われてなんだかわからないまま資料を渡して参加することにしたのは去年
の終わり近かった。
企画の主となるのはジェノバ出の建築家の女性で、PRとスポンサー探しと長けている人物らしい。
とはいえ末端の作家達はいまいちどういう趣旨だかもわからないままプロジェクトを提出してほしい
旨を伝えられ、今までイタリアで発表しなかったサラミ、肉にまつわる作品グループをまとめてみた。
題して「Nudo e Crudo」。「生のまま」というような意味合い。
アレもあれこれ考えながら作品を10点ぐらい用意して展示日に会場に赴いた。
ところがなんとたった1点しか展示するスペースがないということ。すっかりがっかりして帰宅した。
作家の作品を知る上で作品1点だけの展示ではどういう意図で描いたか理解するのは不可である。
ミケランジェロ広場に近い高台の見晴らしだけでも価値のあると言えるVilla La Vedettaという
屋敷を改装してできたホテルのレストラン付近にA Tavola、「テーブルについて」というテーマ
とともに集められた複数の作家による作品の展示。その中にアレの肉の絵も飾られた。

いつも思う。アレの絵は他の作家の作品に比べてプリミティブである。ずっしりと
重心をもった土の塊のような、洒落たデザイン性からほど遠い、土臭い絵である。小器用さからは
無縁な、アートスクールに通った人物の作りだす、技術的な巧さのようなものはない。
毎日の日々から徐々に滲みで来たアレというひととなりが削がれてきたかのような結晶。
噛み締めるほど味がでるような、トスカーナのビステッカのような存在。

誰かこの作品を観てアレのトスカーナの神髄を感じ取ってくれたら良いと思う。
Primordiale、「根源」と改題した。

f0097102_05090191.jpg





[PR]

# by jamartetrusco | 2014-03-16 05:04 | Arte di Ale(アレのアート)
2014年 03月 03日

True Detectiveの面白さ

今はまっているテレビドラマ。True Detective.
アメリカのTVチャネルのHBOにて放映中であるが、かなりの好評判を聞き知って
初めて観てみた。
話はアメリカ、ルイジアナを舞台に性格も人生哲学も全く異なる二人の刑事が連続殺人事件を
追う話を根幹として、17年を経た現在と過去との二つの時間体系を交互に絡めながら
実際に何が起こったのかという真実を追求していくサスペンスものであるが、なんと言ったら
良いだろう。
このシリーズの醸し出す雰囲気は音楽と画像と内容が従来の刑事物の典型をなぞって
いるようでどこか違う。
マシュー・マコノヒーが演じる幾分常人でない刑事がなんとも魅力的だ。
人間の存在自体を自然から逸脱した自己を主張する不必要な存在で手をともにして
消滅の道を行く方がよしとするようなニヒリストである。
真実のみを見つめ、それゆえに常識的な人々の間では変人扱いされている彼。
その彼と対立しながらもパートナーとして事件を追求しくのは一見常識人、家庭を持つ
いわゆる良き夫であり父であるかのようなもうひとりの刑事。しかし彼の生き方は欺瞞で満ちている。
単なる刑事ものでもなく、かと言ってことさらに人間模様を表そうとしている性格ドラマでもない。
淡々とした物語構成、ゆっくりしたペースの中にどんどんと観るものを引き込んでいく何かが
ある。
久々におもしろいテレビドラマを観た思いだ。監督はちなみに日本人を父としスウェーデン人の
母を持つカリー・フクナガ。

さて結末はいかに。



[PR]

# by jamartetrusco | 2014-03-03 05:59 | Cinema (映画)
2014年 02月 03日

初午を控えて

今年も1月が既に過ぎて、はや2月、初午を明日に控える。
午年の2014年の初午はやはりどこか特別な感じがする。
そしていよいよ立春でもある。少しづつ春の気配が感じられる頃か。

イタリアにいるとこういった日本の季節の機微を感じさせるこのような季節行事が
妙に懐かしくなる。
クリスマス、大晦日の祝いを過ぎれば2月末にかけてのカーニバル謝肉祭が
あるのだが、どうも日本人のDNAには訴えてこないのである。
その昔のエトルリアやギリシャ、ローマの多神の宴が姿を変えてカトリックという精神文化の
オブラートに包まれた現在のヨーロッパの祭りは細かな自然の変化を日常に入れ籠んだ
日本の行事とは一寸異なる気がする。
カーニバルの後はイースター復活祭、そして夏へと向っていくイタリア。
京都にいれば初午と時期を同じくして節分、梅も見頃、3月雛祭りの後はお花見、
そして5月の新緑美しい葵祭とその月ごとに自然の色の移ろいをそのまま映したかのような祭りがあるものだ。

雨ばかりのこのごろ、お日様は何処に? 幸い気温はあまり低くないものの枯れた自然の
色と低い灰色の空を見ていると、冬ながらもどこかに自然の神様の存在を脈々と感じる
日本が良い。
やはり私の中には日本の神々がいる。

f0097102_18160223.jpg





[PR]

# by jamartetrusco | 2014-02-03 18:17 | Vita (人生)
2013年 12月 30日

2013年の締めくくり

10月以来投稿しないまま月日がどんどんと経ってしまった。
仕事や雑用や出張など重なったことも理由のひとつだが、言葉での自己
表現にやや疲れを感じ始めたこともある。ブログという形式に目新しさを
感じ、そしてアレの作品の紹介のつもりもあって始めたのははや2006年の
初め、なんともう8年近く続けてきたと思うと時の経過の早さに驚くとともに
自身の心境の変化というのもつくづくと自覚する次第である。

自分の感じること、観た展覧会、好きな画家や好きな映画、自分の家族を
巡る体験や出来事、アレの作品についての感想や紹介など気ままに綴ってきた
今までとこの数ヶ月の心境の変化は言葉にするのはなかなか難しい。
一言で言えば年齢的とも言える自身の存在への危機感、一体今までの人生は
なんだったんだろう、そして今ある世界への幻滅感などが相まって、それらの
感情を言葉で表現することへの限界と拒絶。
さらに今でもこのデジタル、ネット革命の恩恵は被りながらもどこかそこから
自分の心を脱離したいという願望がもやもやと出始めているのである。

芸術に関してもこのごろ何をみてもなかなか感動しない。今のアート界と市場の
仕組みにも賛同できないし、心動く展覧会も稀である。
これは感じる心が鈍くなってきているのか。。今までの情報の蓄積から解放されて
心を無に戻したい。白紙に戻してそこにまた新たな感動を誘導したい。

人生の道程のひとつの分岐点に来ていることだけはわかる。
次のステップに移るために何かの変化を渇望する自分がいることがわかる。

2014年は自身の中のRinascita、再生の年になりますように。

f0097102_1104957.jpg

[PR]

# by jamartetrusco | 2013-12-30 01:12 | Vita (人生)
2013年 10月 06日

ヴェネチア賛

週末から5日泊でヴェネチアに滞在してきた。
2年ごとに開催のビエンナーレ・アレテを見に行くこと、京都からの友人達と
合流してフォルトゥニー美術館で開催のタピエス展を見に行くことを目的に。
いつからかヴェネチア行きは恒例となった。フィレンツェから高速列車で
2時間ほどで行けるようになってからのことでもある。
以前は4時間ぐらいかかったから。
最近では短期滞在のアパートを借りることにしている。ホテルだと3食外食
となり、経済的にも身体的にもきついから。

ヴェネチアの街は今更言う必要もないが、運河に浮かぶ水上の街、
車も自転車も一切通れない世界唯一無二の街である。
水上バスや水上タクシーも利用できるが、たよりになるのは足だけ。狭い
路地を通りながら小さい広場や教会などを散策するのがこの上なく素晴らしい。
観光名所となっているサンマルコ広場はその類いない美しさと裏腹に近頃では
団体観光客のふき溜まりとなってしまい、アクアアルタ(満潮時に水が上がる
こと)のときなど歩くこともままならない人間の大渋滞のようになって
とにかく避けたい場所となる。なんて残念だろう。

ヴェネチアの人たちは車に侵されていないので、人間の根本的な生き方を謳歌
しているように見える。飲酒運転の心配がないこともあり、夕方黄昏れ時となると
一斉に近場のカフェやバー、またレストランで一杯飲みにに入る。買い物帰りの
奥さんから、地元のおじさんから、若者のカップルからあらゆるタイプの人たちが
シュピッツというこの土地独特のカンパリとプロセッコのカクテルを飲むのである。
ゆったりリラックスできるなんとも贅沢なひととき。運河を横に飲むお酒はまた
格別である。この週末は9月終わりと思えないほど暖かく、道ばたを埋め尽くす人々
で一杯。夏の名残りを惜しむように水と空に酔う。

セレニッシマの海運都市として栄耀栄華を謳歌したヴェネチア。東方との関係も
あり古くから国際的な都市として開けていたせいか、街の気質がオープンであるのも
ヴェネチアの最大の魅力である。
国際的な行事である国際映画祭、アートや建築のビエンナーレがこの地で開催される
のもしかるべきことである。

石造りの城塞のようで、閉鎖的なフィレンツェとか対照的な街である。
フィレンツェとヴェネチア、ローマやミラノとならんでイタリアの最強の都市である
が、私はヴェネチアが心から好きだ。イタリアで住みたいと行ったらこの街である。


f0097102_175594.jpg

[PR]

# by jamartetrusco | 2013-10-06 17:06 | Paese (土地柄)